2010年秋に日本を離れ、ドイツはデュッセルドルフにやってきました。
勤務していた会社によるドイツ本社への転籍(当初は期限アリ)でしたが、そこから日本人一人だけのドイツ企業勤務が始まりました。
もともと海外での勤務を希望していたのですが、
ある日突然日本法人の社長から携帯に電話が入り、行き先はドイツだから、と英語で告げられました。
その後、ドイツ本社とのテレビインタビューを経て、労働許可申請に必要な書類を提出。
大学の卒業証明やら、様々な書類をドイツ語翻訳を交えて提出し、約2ヶ月ほどで着任の許可が出たので、最速のフライトを予約して日本を出発しました。
日本企業の駐在員だと、着任後の労働許可申請でいいようですが、ドイツ企業勤務の場合には、許可がないと働いてはいけない(当然ですが)ことが分かりました。
既に秋でしたので、夕方でも真っ暗なデュッセルドルフ空港に到着後、カンパニーカーが支給されるまでの繋ぎとしてのレンタカーを借り、当座の引越し荷物を詰め込んで、会社が指定したホテルに向いましたが、カウンターで”予約はありません”との驚きのコメント。
すでに時間は夜の22時で、会社に電話すれども当然ながら繋がりません。
一室だけ空きはあるが、展示会の期間中なので一泊399ユーロなら、と言われ、通常だと80ユーロの部屋に疲れた体と荷物ごと、文字通り転がり込むことにしました。
翌朝、目を覚ましてメールを受信すると、ドイツの人事担当者から着信があることに気づきます。
”展示会でホテルが高額なので、アパートが決まるまでの宿泊先が、下記のサービスアパートに変更になりました、云々”とフライト出発時間の後で送信されていました。
仕方なく、ホテルをチェックアウトし、サービスアパートに電話連絡、到着時間を告げましたが、オーナーである老夫婦は、昨日何故来なかったのか?とドイツ語で聞いてきます。
コミュニケーションが取れなくなると、英語が出来る娘さんに代わり、意思の疎通を図るのですが、一旦会って話をすると、身振り手振りでなんとかなりそう。
馴染みも土地勘も全くない予想外の場所にあるアパート(一軒家の3階部分を貸している)で、異国での新しい生活が始まりました。
