真面目な話です
猫は出てきません💦
ここ数年、心に残る事件がある
まずは詩梨ちゃん虐待死事件
ネグレクト等により幼い命が失われた事件だ
もし、母親が男と出会わなければどうなっていたのか
実母の近くで生活保護を受け続けていたのか
男と出会っていなくても引っ越してススキノで働いていたのか
男の存在が何を変えたのか
子育てや自分の境遇に関してもっと相談できる人がいたら違っていたのか
報道の情報だけではわからないが
仮に社会環境が整っていたとしても
そこに辿り着くことは容易ではないと思われる
この事件では
職場の先輩の中に多少話をできる人がいたらしいが
解決というところには至っていない
男とは別れた方がいいと話していたらしいが
結局、実行できなかった
それ以外に社会との繋がりがないので
周りも手を差し伸べることができない
という根本的なことがあったが
児相や警察には唯一、詩梨ちゃんを救い出す機会があった
しかし
虐待の当事者は事実を隠すもの
聞かれて素直にネグレクト中です、暴行しています、なんて言うことはあり得ない
そこを強制的に捜査する権限が、児相や警察にはない
事実確認ができて初めて強制執行できる
張り込んで実態を掴む?
そのためには人が足りない
児相が叩かれた事件だったが、まぁ仕方ないのであろう
事件になることを防ぐのが仕事だから
考えれば考えるほど根深いと思う
育った家庭環境、貧困、社会環境、、、
そして、我々大人は無力である、、、
もう一つ
先日の、小樽在住の女子大生の遺体が発見された事件
我が子と同世代であり、とても心に残った
SNSの恐ろしさを感じずにはいられない
実際、子供の周りの人の中には、マッチングアプリを使って会っているという話も聞いたことがある
さて
死人に口なしとはよく言ったもので、嘱託殺人のような報道があるが真実はわからない
確認のしようがない
警察は状況証拠を集めているところなのだろう
大学3年生時は優秀な生徒だったようだ
それがなぜ留年したのか
これも憶測の域を出ない報道があるが
背景には貧困がある様子
大学進学時に奨学金を借りていたかも知れない
実家の生活が苦しく、学びながら働かなければならない事情もあったようだ
そして、憶測の報道による友人関係
これ、マスコミは当事者の心理状態を考えているのか?
まるで休学の原因は友人にあるみたいな報道だ
それによって当事者が心理的にダメージを負う二次的な被害もあり得る
本当かどうか、本人からは聞けないし
周りを巻き込んでいくマスコミの怖さを感じた
閑話休題
本人は3年生の冬に登校しなくなり、留年→休学?の流れのよう
もし奨学金を受けていたら
留年すると出なくなってしまうらしい
そうなると大学で学び続けることはできなくなる
もし本当にそうなら
根本的には貧困や家庭環境が背景にあり、その他諸々の残念な展開が重なったと考えられる
そして
やはり相談できる相手がいなかった様子
将来を嘱望されていた大学生が、こうも追い込まれてしまうのか
報道の情報だけではわからないが、この場合、金銭的な救済は公的機関には存在しない
学生では銀行で教育ローンを借りることもできない
そもそも
奨学金を借りて返済中の知人が言っていたが
「大学を卒業した時点で500万近くの借金を背負っている」
「新社会人なのにマイナススタート」
「働いていても借金の現実は重い」
ということである。
仕事を辞めたら借金だけが残ってしまうので、辛いことがあっても逃げられない、結果、追い込まれることもある、と話していたのが印象的だった
亡くなった女子大生に戻ると
家庭の事情も抱え、自分のことも抱えきれなくなってしまったのだろうか
まだ社会に出ていない女の子には重すぎる現実
頑張っても頑張っても、、、という心境になるのもやむを得ない
なかなか根深い、と感じるばかりである
そして、大人は無力である、、、
だからといって嘱託殺人が許されるわけではない
逮捕された男も生活保護で暮らす精神障害者という報道があった
何とも言葉が出ない
いや、飲み込んでいるという方が合っているかな
この両方の事件
社会からの孤立がとても残念だ
昭和の時代のお節介なご近所さんはもういない
情報が溢れるほどあって、誰でも入手できる時代だから自己責任なのか?
違うよなぁ
追い込まれると通常考えられることも考えられなくなる
自分も今年は仕事の環境や人間関係が変わり、かなりメンタルにダメージを受け、ダウン寸前だったから考えられなくなる感じはわかる
こんな時代だからこそ、昭和のお節介なオッサンがいてもいいのでは、と思うところもあるが
個人情報やら、余計なお世話やら、ストーカー扱いされそうとか、簡単にはお節介すらできない時代でもある
ダラダラと書いてきたが
結論はありません
問題が大きすぎて、自分にはキャパオーバー
とにかく
生きづらくて
難しい世の中になった
と思うのである