私的ベスト、なので2015年リリースの中ではなく、自分が2015年に入ってから今までの間に最も良く聴いた50曲です。新譜はあまり追ってません、今まで聴いてきた音楽の気付いてなかった良さを再確認したりした1年でした。ヘヴィな音楽あまり聴かず静謐な曲が多い印象、落ち着いてきたということなのかな笑。見てもらえばわかる通り、初来日も印象深いANATHEMA旋風となってますね笑。そしてPay money To my Painギタリスト・PABLOさんがYOUTUBEで公開したソロ2曲に何度も救われて。ソロアルバムリリースして欲しいと願う日々です。
☆印は今年の楽曲
1.Dreaming Light/ANATHEMA
2.Candle/PABLO a.k.a WTF? ☆
3.オルカ/金子ノブアキ
4.A Natural Disaster[live]/ANATHEMA
5.sin and roam/myna
6.Summer Night Horizon/ANATHEMA
7.37.2°/THE NOVEMBERS
8.Lanterns/Birds Of Tokyo
9.Lily/PABLO a.k.a. WTF ☆
10.ANATHEMA/ANATHEMA
11.ワールズエンドスーパーノヴァ/くるり
12.Thin Air/ANATHEMA
13.IPA/GRAPEVINE ☆
14.Night Time/The fin.
15.SHINE/BOOM BOOM SATELLITES ☆
16.A HUNDRED SUNS/BOOM BOOM SATELLITES ☆
17.時の行方~序・春の空~/森山直太朗
18.Messenger/TESSERACT ☆
19.Utopia/TESSERACT ☆
20.A Black Minute-Reprise/Periphery ☆
21.One Of Yours/Black Light Burns
22.ドブと小舟と僕らの神話/菅野よう子 ft.Yuuki Ozaki
23.サクリファイス/GRAPEVINE
24.Happy Song/BRING ME THE HORIZON ☆
25.the swell/myna
26.Lie/Black Light Burns
27.EMBRACE/BOOM BOOM SATELLITES
28.intro-keep it healthy/Warpaint
29.love is to die/Warpaint
30.1st Waltz/Craig Armstrong
31.Coma White/Marylin Manson
32.Only Blood/BOOM BOOM SATELLITES
33.Fade Away/Breaking Benjamin
34.focus/sukekiyo with 三上博史 ☆
35.Fight Song/Marylin Manson
36.Icarus Lives!/Periphery
37.Doom/BRING ME THE HORIZON ☆
38.Untouchable Part1-Part2/ANATHEMA
39.April/TESSERACT
40.Acceptance(Concealing Fate Part1)/TESSERACT
41No Ordinary Love/Sade
42.Walk The Line/Johnny Cash
43.Liberty&Gravity/くるり
44.Daddy”s Car/Eno&Hyde
45.一石を投じる Tokyo midnight sun/UVERworld
46.NEW DAWN FADES/Joy Division
47.Lost/Gary Numan
48.Copy Of A/Nine Inch Nails
49.Angels/The XX
50.Remember me/くるり
・The Mars Volta“FRANCES MUTE”
以前から「とてつもなく刺激が欲しくなったら聴こう」と決めていたバンド。
At the drive-inは既に知っているけど、そのメンバーがやっているバンド・プログレでカオティックだという情報しか知らず、一曲も聴かない状態でレンタル。
これがもうすごかった。未知の生物に遭遇した興奮とはこういう感じかもしれない。
サルサの情熱的なリズムを多用しつつ、時にジャズ・ブルース、そして前バンドで培ったハードコア精神がここぞとばかりに爆発する。前バンドを聴いている時、良い意味でも悪い意味でもセドリックに対して「頭を使わないボーカル」というイメージがあり、ハードなスタイルではそれが良い方向に働いても、プログレバンドで唄えるイメージがなかった。けれどこれを聴いていたら、そんな失礼な雑念も吹き飛んだ。このクレイジーな展開を見せるサウンドの上で見事なパッションを放っている。
幾何学的ギターフレーズと、猛烈な手数のドラムにグルーヴを絶妙に混ぜるベース。
ドラマーのジョン・セオドアQueen Of The Stone Ageでも叩いている、パワフルさとスキルの両方を兼ね備えた敏腕ドラマー(彼が脱退した後の後任はバークリー音楽大出身ドラマーらしい)。またレッチリのフリーがベースではなくトランペットで参加するという贅沢さ。そのベースを弾くホアンはなんと元レーサーX!ジョンフルシアンテもこのバンドのRECに必ず参加している模様。
・マーズヴォルタが独特なのは、そのプログレ具合が「知性あふれる構築性」ではなく「強引な力技」で成り立っている点だと思った。多分他のバンドがこれをやったら「練り切れてない」・「ん?これで成り立ってるのか?」と疑問を覚えてしまうかもしれない。けれど凄まじいテクニックと同時に猛烈なパッションを備えたこのメンバーは、そんな疑問を感じさせる暇もないほど怒濤の音の洪水を浴びせてくる。その目まぐるしさ、わけのわからなさがひたすら快感となる。そしていつのまにか「これも計算だったのか」と納得させられてしまう。
そしてアコギやスライドギターを混ぜたムーディーな曲もあったりで、かと思えば過剰なオルガンやメロトロン風の音も盛り込まれたり、(セドリックが暑苦しいからあまり寒い国のイメージはないけどw)とにかく無国籍感も強い。
いろんな国で断片的にレコーディングを行い、その沢山のパーツをオマーが自分の思うがまま順番を並べ替えるという異色のREC作品とのことだが、それもわかりやすくアルバムのイメージを形作っている。複雑な音楽であるプログレといえど、一応うまく場面が展開していくのが伝わるようにできているもの。しかしこのアルバムはそうした配慮もない。突然テレポートしたように場面が変わっていく。
そしてこの忙しなく、アドレナリン暴発気味のテンションはまるで
紀元前、言葉を持たない人間が音で会話していた頃が思い出せるような、原始的で野性的な空気がある。そしてそこには、言葉を使わなければコミュニケートできない今の人間には味わえない圧倒的なエナジーが溢れている。そんな刺激を味わえる。
ほんととんでもないバンド。これが現世に最近まで存在していたバンドかと思うと、本当幸せな時代を生きていると思う。ちなみにこのアルバムは、パートでわかれているとはいえ、合計25分超えの曲を含む5曲入りアルバムで全米チャート4位を射抜いたそうな...アメリカ人素晴らしい笑
・森山直太朗“あらゆるものの真ん中で”
森山直太朗の才能とスキルの高さ、そして非凡さというものは、世間ではあまり騒がれてないような気がする。そして予感があった。「彼はオリジナルアルバムではもっと好き勝手やっていて、もっとすごい曲があるんじゃないか?」と。“さくら”のような大ヒットソングはなくなっていった時期からのほうが、よりその期待通りの曲がいっぱいに違いない!ということで、わりと近年の作品である2枚をレンタルすることにした。その前者である、このアルバムの冒頭“何処かで誰かが”の時点で、その期待が確信に変わり、興奮でニヤけてしまった。
メロディメイカー・シンガーとしてのスキルの高さは勿論優れている
けれどそれ以上に尊ぶべきは、ユニークで日常的スケールの音や言葉を用いながら、人が忘れているような大切なことを突きつけ、ハッとさせる、彼の思想や理念そのもの。彼もまた、あからさまに夢や希望を安売りするポップスターではない。
優しく温かい声と音、それでいて厳しく力強い言葉。
先述の“何処かで誰かが”、そして締めくくりの“知らないことが多すぎる”
たぶんスケールの大きい2曲で、アルバムのトーンと違うからボーナストラック扱いなのだろうが、名曲“生きてることが辛いなら”と“涙”も納められており、彼のそうした哲学を味わうのにピッタリな一枚をうまくチョイスできたようだ笑
“涙”は松任谷由実の“春よ来い”ばりにメランコリックなコード進行の切ない曲...迸るのはロックとしてのダイナミズム。これはとんでもなく名曲。
これぞ「フォーク」の神秘。日本語の美しい響き。素朴だからこそ浮き彫りに鳴るメロディと言葉の強さ。日本人に現代にこんな才能の音楽家がいることに心底嬉しくなった。
・Joni Mitchell“LADIES OF THE CANYON”
伝説のフォークシンガーソングライター。名前は知っていたけど、羊毛とおはなが“Both Slide Show”をカバーしていたところから曲に初めて触れて、この年代の神秘的なフォークミュージックが以前から気になっていたところでもあり聴いてみた。
“Big Yellow Taxi”がジャネットジャクソンもカバーしていたり、いわゆるロックを語る上で切っても切れない伝説の1969年の翌年発表のアルバムということもあり、このアルバムを選んだ。そこには文字通り“Woodstock”という曲も納められている。なんでもミッチェル自身は他の仕事でウッドストックに足を運んでもいないそうで、当時の恋人から聞いた話を元に作曲がこの曲だそう。楽園に見えた音楽の祭典は人間の光と闇の両方をはっきりと浮き彫りにした、またヒッピー文化の頂点と没落を示したものでもあったという。そのことをはっきりと描き切っている詞と、ミッチェルの歌声は、「自分がフォークシンガーに求める神秘」そのものを体現していた。もっともっと聴きたくなった。
これ以前のアルバムは彼女自身の演奏による、いわゆる「フォークミュージック」然としたスタイルが堪能できるらしく、さらにこの次のアルバム“Blue”は多方面から「名盤」と絶賛されているので、全部集めようと思っていたら、アマゾンでBOXセットが破格の安さで売られている模様。買うしかない。
・Arcade Fire“Funeral”
USインディーロックの金字塔、グラミー賞を獲得し最早ロック・スタンダードに上り詰めている彼らのファースト。多彩な楽器が盛り込まれた、特異な楽器編成が彼らの特徴とはよく言われているものの、このアルバムの時点ではサウンドの基盤がオーソドックスなチェンバーロックの範疇を出てない印象。近頃のダンスロックやインディーポップのサウンドは邦楽にも多いけど、ここから影響を受けているのだろうか。それに見飽きたせいで、どうもこのスタイルは好きになれない苦笑 今のところ特別な真新しさや、発表から10年近く経った今でも古く聴こえない普遍性、といったものは見受けられない。思っていたほどメランコリーという空気も味わえなければ、思っていたほど多彩な楽器の魅力があるわけでもなかった。
しかし“Funeral”というアルバムタイトルに沿うコンセプトどおり、サウンドのメルヘンさと混ざるメランコリーな世界観は、独特のファンタジーな光景を見せる。
特にVo/key担当レジーヌの母親の経験(ハイチ系難民とのこと)を唄った“Haiti”、疾走感のある“Rebellion[lies]”、そしてラストの“In The Backseat”の流れでは顕著で、今後開花されていった彼らのスタイルや世界観が垣間みられる。
これを踏まえて、2nd、そしてグラミー賞を獲得した3rd“Suburbs”を聴くのが楽しみである。
・Antony and the john sons“I Am Bird Now”
イギリス人のアントニーベガティーによる音楽プロジェクトの2nd。
アートワークのイメージ通り、クラシカルなピアノとメロディーにはモノクロの映像が浮かび、常に影がつきまとうが光を探し求めるようなアントニーのボーカルには生命の輝きそのものがつきまとう。
ルー・リードのバッキングコーラスに参加したり、ビョークとデュエットもあったりと、その才能は多くの玄人から認められている模様。
次作“Crying Light”では「自分にとって芸術の親」というほどインスパイアされた日本の舞踏家・大野一雄に捧げた作品であるらしく、今作もそれを踏まえて聴くと、アントニーの曲から受ける「演劇を見ているような感情の響き」や世間的に言われるところの「セクシャルマイノリティ」な世界観は、彼から影響を受けているのも合点がいくところ。
・STEVIE WONDER“Love,Harmony&Eternity”
スティーヴィーワンダーの名曲を本人セレクトで3枚分も聴けちゃうというボリュームたっぷりのお得なベストアルバム。学校の授業で“Overjoyed”を練習することになって、かねてから聴いてみるべき存在だと思っていたところ、このアルバムはかなりありがたい一枚となった。
3枚も聴ける時間なかったので、今後ちょくちょく聴こうと思う笑
・Nick Drake“FIVE LEAVES LEFT”
70年代イギリスの伝説のフォークシンガーソングライター。
3枚のアルバムを遺し、26歳の若さで亡くなったが、後に評価が高まり、彼からの影響を公言するミュージシャンも多いのだそう。(先述のマーズヴォルタも4thアルバムのボーナストラックでニックの曲をカバーしている)
元々はAlly Kerrを聴いた際、「彼はニックドレイクの面影がある」というレビューを見て気になった存在。自分はイギリスの空気を味わえるフォークミュージックを求めてAll Kerrを知ったのだけれど、そもそも「フォーク」という言葉も文化もアメリカ発祥・その後ビートルズでイギリスはロック一色になったため、イギリスに著名なフォークミュージシャンはあまり存在しない(アメリカでいうフォークは、イギリスにとっては民謡と同じ意味になる感じらしい)。実際、自分が音を聴いて「これはイギリス人!」と思っていたフォークミュージシャンはアメリカ人というパターンだらけで、妙にガッカリしたもの。
その中において、ニックはれっきとしたイギリスのフォークミュージシャンとして名高い存在。
実際そこには、自分が求めているあの「イギリスならではの空気」が封じ込められていて、感慨深かった。彼は鬱と闘いながら音楽製作していたという。殺伐とたサウンドでもメロディでもない分、滲むメランコリーが芸術的。
CDを買い直して、じっくり触れていきたい。
またイギリスへ行きたくなった。
・Jack Johnson“In Between Dreams”
アコースティックギターを中心としたオーガニックなサーフミュージックの第一人者である彼。
ハワイでサーファーとして育ったそのバックグランドはその音にもはっきりと表れており、とても豊で優しい太陽と海の心地よさがパッケージされている。
もちろんチャラいお気楽ミュージックとは全然違い(笑)
ひたすらにヒーリング効果をもたらしてくれる純朴で心地よい音楽である。
オーガニックな音だけである意味アンビエント的な聴き心地。
良質なアコースティックサウンドと唄の数々。
睡眠時にもピッタリ。
・U2“The BEST OF 1990-2000”
前期ベストはもう5年前ぐらいに聴いてて、それ以来U2は好きだけど、結局オリジナルアルバムを辿るにもディスコグラフィ多くて、でも後期の曲も気になったのでこれをレンタル。
今のところは、前期ベストほど名曲はないのだな~という印象。
アナログ世代でディレイギターを広めたジ・エッジの名フレーズはこの辺りの世代ではあまり鳴らされていないし、ドラマチックで心を射抜くメロディも少ない。
ただこの頃はボノが本気で世界を変えようと孤軍奮闘していた時期でもある。政治的活動が、「売名行為」と非難されようとも、彼は本気で世界の行く末を案じて活動していった。やはり、その想いを確かめるにはオリジナルアルバムを辿るべきなのかもしれない。
ちなみに元から知っていた“Stay(Faraway, So Close)”がやはり一番印象に残った。それも、知っている所以であるCraig Armstrongのリミックスバージョンの出来が素晴らしすぎて、原曲は少し物足りなかったけど苦笑
・SAOSIN“SAOSIN”
所謂、「エモ・スクリーモ」界隈のサウンドは好物なのではあるものの、そのジャンルとしての“エモ”を味わえるバンドってあんまり見つからなくて、Funeral For A Friendぐらいしかそれを全うしてる存在を知らなかったので、他にいないものか探していたところ、名前だけ知っていて気になっていたSAOSINのファーストが見つかりレンタル。
そのジャンルとしての“エモ”感とは、やはりコード感や単音ギターフレーズは大きいけど、つまるところはボーカルの歌メロと声質が大きい。前半はアッパーな曲が多く、かなりクールでクオリティ高いものの、ポスト・ハードコアには良くある音というぐらいの印象だった。しかし後半はミディアム・スロー曲が多く並んでおり、そういう曲ほど“エモ”が際立つ。そして、それらの楽曲たちは自分の求めるジャンルとしての“エモ”を感じさせてくれた。
大御所であるThe Usedは正直あまりグッとこなかったので
この界隈なら次はFinch, Emarosa, Chiodosが聴いてみたい。
・Mum“Finally We Are No One”
Bjork・Sigur Rosに続いて有名なアイスランドの女性ポストロック・エレクトロニカの2nd。3rdのSummer makes goodはだいぶ昔に聴いて、その時は自分の耳が浅くて印象に残らなかったけど、その3rdとこの2ndが彼女たちの評価を決定づけた重要なアルバムとのこと。昨年出た新作の評判も聞いた限り上々のようで、コンスタントに素晴らしいアルバムを生む安定感がある模様。
今ならこのバンドの高いアート性と親しみやすさを理解できて、そのとてつもないクオリティに感嘆するばかり。エレクトロは過度な装飾をしない程度に絶妙に絡み、メルヘンなサウンドと歌声はとてもお洒落に楽曲を彩る。良い意味でビョークやシガーロスのほどの壮大さやダークさは持たず、かといって軽さはない。それでもポップスのように緊張感なくゆったりと聴けるのがムームの面白いところ。夢見心地で、おとぎ話の世界のような柔らかなサウンドスケープでとても癒される。
・森山直太朗“素敵なサムシング”
先日レンタルしたうちの二枚目。
この2作あたりから、フォークシンガーとして突き進んでいる模様。
自分が思うにフォークソングとは
ソフトで日常的なサウンドや歌の中に「大事なメッセージを押し付けることなくそっと散りばめている」ものなんだけど、この辺りの作品はそれに特化している。
以前のヒット曲のようにドラマチックなコード進行やサウンド、メロディは影を潜め、わかりやすく情熱的にメッセージを発してるフレーズも減っていることから、「駄作」なんて言ってる耳の浅いレビュアーが○マゾンで多数見受けられたのが残念な話。直太朗の才能はむしろ近年になればなるほど爆発しているだろう、っていう笑
最新作“自由の限界”もタイトルからして名盤の匂い!
今年の間にライブ見ておきたいー!
・The Mars Volta“AMPUTECHTURE”
こちらも同時に二枚レンタルした。3rdアルバム。
前作同様、パート別に録音し、ミックス段階でオマーが勝手気ままに並べ替えるスタイルらしい。
前作との目立った違いを感じるのはセドリックのヴォーカルスタイル。
すごく豊富になった印象がある。ただでさえ特徴的な声を持つ彼、2ndではマーズヴォルタのプログレッシヴな音における「テンション」の部分を演出するのに終始していた印象だけど、今作はファルセットの多用も含め、歌に「表情」をつけるスキルが格段に高まっている印象。
こんなにスキルの高い歌唱もできるとは知らなかったし、またそれをやってもテンションは損なわれてない。やはりすごい存在である。
このアルバムを持って、爆裂ドラマー・ジョンセオドアが脱退してしまうそうだが、4th“ゴリアテの大混乱”はボーナストラックにNick DrakeやSugar Cubesのカバーも収録した名盤だそうなので、いずれ手に入れようと思う。というか、なにせこのアルバム2枚も、数回聴いただけじゃ全く何も掴めてないに等しい情報量だから、もうしばらく浸りたい笑
・The BONEZ“Astronaut”
RIZEのJESSEが立ち上げたソロプロジェクトが、
サポートメンバーだったPTPのリズム隊2人と
RIZEの元メンバーであるギタリスト中尾くんと共に
正式に“The BONEZ”というバンドに生まれ変わった
そのまるで映画のような物語がノンフィクションで起きた奇跡、その神秘はしっかりとこのアルバムにパッケージされた。それは全曲から発せられるヴァイヴで誰の耳にも認識できると思う。この上で重要なのはやはり「アナログテープ」でのRECだろう。この歪んで荒々しい音がそのままなのと、微かに混ざるノイズが「音が鳴っている時間にしか生まれない空気」と「生身の人間性」を実感させてくれる。単刀直入に言えば「生きている証」そのもののような音なのだ。
イントロのドラムだけでジワリとくる、壮大なコーラスワークでアンセム“Thread&Needle”で幕を開け、(何度もYOUTUBEで見ていたが、こうしてオーディオで聴くとやはり、さらにグッとくる)
先述のアナログテープによる音があまりにも活き過ぎている...!
そして2曲目“Move”はイントロにブラストビートも登場しつつ、ハードコアで特攻、からのPTPではあまり見受けられなかったTSUYOSHI&ZAXのファンキーなリズムセクション(これがまた絶品。この2人のコンビネーションは本当にすごい)に移行するという豪快な展開で、BONEZの持つ格好良さが炸裂している。
「1曲目が良すぎると、2曲目以降との差が出てアルバムとしてグッと来ない。」というアルバムを何枚も聴いて来たけど、“Moves”によって「あ、もう名盤確定だ笑」と興奮した。
“Breath”でもその熱は失われるどころか、さらに加熱する。
怒濤の2ビートからキャッチーなサビメロ、と来てシンセも交えたヘヴィなパートも設けられている。TSUYOSHIさんのベースかなりの強度で歪んでいる。
“Color of grey”では嵐のようなグルーヴで低音リフが唸り、メインとなるセクションではギターのテンションノートのサイケな響きの上でJESSEがラップをすることで、とても狂気めいた獰猛性が感じられる。
“Aurora”ではスパニッシュなガットギターのストロークで哀愁と情熱が漂い、“Ark”ではエモーショナルなメロディーが突き抜ける。
さらにTSUYOSHI&ZAX最強リズムコンビの腕が鳴り、JESSEのラップと絶妙にシンクロして、「BONEZ」としてど真ん中の魅力を発揮している“Syf”はヴォコーダーなども使っている
・・・とバラエティに富んだ楽曲群。これはRIZEでは披露されていなかったJESSEの新しいボーカル面をも引き出している。PTPは様々なスタイルの曲を聴かせるバンドであったけど、その精神がBONEZでは受け継がれている模様。こういうところたまらない笑
そしてどの楽曲も根幹に「パンク・ハードコア精神」が宿っている
曲調は違えど同じ熱量が味わえる、この一貫性もまた絶妙。
“Zenith”・“Adam&Eve”
と、後半もハードかつエッジ・そして極上のロックグルーヴの連続。
怒濤の勢いでエナジーとテンションに圧倒され、聴き終わればポジティヴな気持ちが溢れている。
ベースマガジンでTSUYOSHIさんが言っていたけど
「PTPはPABLOとKの唄ありきの曲を作っていたし、チューニング的にもC(PTPのチューニング)はベース的に苦労が多かったけど、BONEZはドロップDでしっかり鳴るし、ベーシストそのものとしての自分のスタイルは本来こっちに近い」と言ってた通り、このアルバムでのベースの音の存在感は半端でなく、グイグイ引っ張っていくような迫力があり
ZAXは本当に凄いドラマー、というか彼のドラムが好きだなと、あらためて実感。
これほどドラムの音だけでポジティヴなヴァイヴを感じさせられる人、他にいない。
そしてこの作品を以て脱退することになったZUZUの作曲センスとギターが、このアルバムの多くの曲の元となっている。彼にも最大の賛辞を。
全編英語詞にすることでJESSEは
本来の言語感覚で歌えるようになったことで
メロディやシャウトも今までとは違う感触を見せていて
詞も文学的なタッチとなり、新たな魅力を感じさせる。
(本人は、英語だと年齢相応の歌詞になったと言っていた)
そして最後に優しく唄われる“Sun Forever”は
いわずもがな、Kさんに向けて唄われた曲である。
ただでさえ今作で「歌っている」JESSEが
この曲ではひたすらに歌っている。
そもそも本来のJESSEはラッパーでもあり絶妙なタイム感を持ち、音符に対してキッチリ当て嵌める・或いはあえて前のめりに発音する人である。これだけ歌っているアルバムでも、全曲ににおいて本来のそのJESSEのタイム感は顕著なのに、この曲だけ少しねっとりと、後ろのノリで歌っている。。。これはR&Bの素養もあったKさんのタイム感のそれと同じで、あまりにも彼を思い起こさせる。。。また、会えたような気がした。
イントロから一貫して、カリフォルニアの夕暮れ、穏やかな海の光景が目に浮かぶ。優しい。PTPのHomeの、痛みの部分が眠ったかのような優しさ。あまりにも必然的に最後のメロディに、“Love”というフレーズが乗っている。
これは生きてるってことなんだ
JESSE、TSUYOSHI、ZAXは、前を向いて再び歩き出した。大切な思い出たちを抱きしめ、生きている自分たちの命を輝かせるために。そう、それが乗り越えるとか乗り越えないとか、そういう次元を超えた、「生きること」そのものなんだと思う。その素晴らしさがパッケージされたこの作品、興奮と涙なしでは語れない。
どうしてもPTPと関連づけてみてしまうけど、今回はそういう作品でもあるのは確かだからご了承願う。
でも今後はTSUYOSHIさんがそう言ってたように、「PTPとRIZEのメンバーだから」というワードはいらなくなっていくと思う。それだけこのメンバーのシンクロ具合はスゴい。帰って来たNAKAもまた、すぐに新しい風を交えてくれるだろう。
The BONEZ、どうなるのか要注目な存在。
新年早々から最高の一枚が届いた。
・Periphery“PeripheryⅡ”
モダンメタルスタイル・Djentの第一人者の2ndアルバム。
ファーストアルバムが“Djentの金字塔!”と誉れ高い分、2枚目はあまり評価されてないようだったけど、来日公演に差し当たって購入。そして聴いてみた結果、そうした風潮もどこへやら。圧倒されるままの最後まで聴いてしまい、昨年発売の中の私的ベストアルバムTOP10に放り込みました笑
このアルバムはたしかにDjentを求めて聴くと、Djent要素は減退してるし、ジャンルとして聴く人は評価落とすかもしれない。でもDjentとしてでなく、Peripheryというバンドそのものが好きな人にとってはこのむしろ素晴らしい一枚なのではないだろうか。
ボーカル・スペンサーの技術の向上もあいまって
彼の凄まじいハイトーンによる「唄」をフィーチャーした
キャッチーでエモーショナルな歌モノ要素が強まっている
“Scarlet”などはその典型で
スクリーモバンド(SAOSIN)っぽい単音ギターリフと
哀愁で青くてエモい歌メロとシャウトをやっているけど
それも噛み応えばっちりなものに昇華されていて。
それは「ポップになった」というネガティヴなモノでなく
エモーショナルな表現に磨きをかける結果となった。
そしてそれを活かすためにテクニカルな演奏は用いられ
いわゆるスポーツのような超絶技巧ではない点での
高いテクニックが至るところで披露されている。
もちろんDjentな場面もしっかり登場するしそのクオリティも相変わらず最高、しかし「Djentも自分たちの持ち味の一つ」というモノになっていて、Djentだけに頼らない、多彩でハイクオリティな魅力を発揮している。これがDjentを求める人からはネガティヴな印象になっているのかもしれないけど、自分個人としては「Djentだからすごいんじゃない、Peripheryはロックバンドとして最強」という証明な気がして、とても興奮する。
これだけのテクニックと、シンガロングも可能なキャッチーなメロディーの融合をこんな高次元で果たせてるのはPeripheryをおいて他に早々いないだろう。
このアルバムはエモ・スクリーモを好むような若者から、DREAM THEATERを好むような親父世代にも幅広く受け入れられる、真っ当にヘヴィロック・プログレッシヴメタルバンドとしての名作といえる。
メタルが苦手な人でも、このクリーンな世界観には入りやすいだろうし
かといって能天気に明るいわけでなく泣けるようなメロディばかり。
また全曲がコンパクトなサイズにまとめられているのも聴きやすさに一役買っているかもしれない。Djentに限らず、メタル・プログレには情報量の多さに圧倒され敬遠する人も多いかもしれないが、この洗練された聴きやすさは間口も広いはず。
冒頭の“Muramasa”~中盤の“Ragnarok”~終盤の“Masamune”という3曲は、ゲームのFinal Fantasy
からインスパイアされたといい、同じ歌詞が登場するというコンセプチュアルなものになっており、先述したエモーショナルな唄による破壊力が凄まじいものである。特に来日公演でも一曲目だった“Muramasa”は、あまりにも「オープニング曲然としたドラマ性」に興奮せざるを得ないし、“Ragnarok”の畳み掛けるDjent攻勢の前半から、ドラマチックに感情が高まるクリーンによる後半という二部構成は、自分の求める曲の理想型の1つだった。(ボーカル主旋律ミックスボイスで最高音はhihiF♯というバケモノぶり!w)
その他、DREAM THEATERのペトルーシがギターソロで参加したファンタジックなスローナンバー“Erised”など、ゲストミュージシャンも多数。
ボーナストラックにはSlipknotの“The Heretic Anthem”のカバーまで収録。(まさかのリアレンジなしのほぼ完コピ、こんだけ上手いとただただ笑うしかないw スペンサーのシャウトまでコリィそっくりに仕上がってるw)すさまじい聞き応えです、必聴。
以前から「とてつもなく刺激が欲しくなったら聴こう」と決めていたバンド。
At the drive-inは既に知っているけど、そのメンバーがやっているバンド・プログレでカオティックだという情報しか知らず、一曲も聴かない状態でレンタル。
これがもうすごかった。未知の生物に遭遇した興奮とはこういう感じかもしれない。
サルサの情熱的なリズムを多用しつつ、時にジャズ・ブルース、そして前バンドで培ったハードコア精神がここぞとばかりに爆発する。前バンドを聴いている時、良い意味でも悪い意味でもセドリックに対して「頭を使わないボーカル」というイメージがあり、ハードなスタイルではそれが良い方向に働いても、プログレバンドで唄えるイメージがなかった。けれどこれを聴いていたら、そんな失礼な雑念も吹き飛んだ。このクレイジーな展開を見せるサウンドの上で見事なパッションを放っている。
幾何学的ギターフレーズと、猛烈な手数のドラムにグルーヴを絶妙に混ぜるベース。
ドラマーのジョン・セオドアQueen Of The Stone Ageでも叩いている、パワフルさとスキルの両方を兼ね備えた敏腕ドラマー(彼が脱退した後の後任はバークリー音楽大出身ドラマーらしい)。またレッチリのフリーがベースではなくトランペットで参加するという贅沢さ。そのベースを弾くホアンはなんと元レーサーX!ジョンフルシアンテもこのバンドのRECに必ず参加している模様。
・マーズヴォルタが独特なのは、そのプログレ具合が「知性あふれる構築性」ではなく「強引な力技」で成り立っている点だと思った。多分他のバンドがこれをやったら「練り切れてない」・「ん?これで成り立ってるのか?」と疑問を覚えてしまうかもしれない。けれど凄まじいテクニックと同時に猛烈なパッションを備えたこのメンバーは、そんな疑問を感じさせる暇もないほど怒濤の音の洪水を浴びせてくる。その目まぐるしさ、わけのわからなさがひたすら快感となる。そしていつのまにか「これも計算だったのか」と納得させられてしまう。
そしてアコギやスライドギターを混ぜたムーディーな曲もあったりで、かと思えば過剰なオルガンやメロトロン風の音も盛り込まれたり、(セドリックが暑苦しいからあまり寒い国のイメージはないけどw)とにかく無国籍感も強い。
いろんな国で断片的にレコーディングを行い、その沢山のパーツをオマーが自分の思うがまま順番を並べ替えるという異色のREC作品とのことだが、それもわかりやすくアルバムのイメージを形作っている。複雑な音楽であるプログレといえど、一応うまく場面が展開していくのが伝わるようにできているもの。しかしこのアルバムはそうした配慮もない。突然テレポートしたように場面が変わっていく。
そしてこの忙しなく、アドレナリン暴発気味のテンションはまるで
紀元前、言葉を持たない人間が音で会話していた頃が思い出せるような、原始的で野性的な空気がある。そしてそこには、言葉を使わなければコミュニケートできない今の人間には味わえない圧倒的なエナジーが溢れている。そんな刺激を味わえる。
ほんととんでもないバンド。これが現世に最近まで存在していたバンドかと思うと、本当幸せな時代を生きていると思う。ちなみにこのアルバムは、パートでわかれているとはいえ、合計25分超えの曲を含む5曲入りアルバムで全米チャート4位を射抜いたそうな...アメリカ人素晴らしい笑
・森山直太朗“あらゆるものの真ん中で”
森山直太朗の才能とスキルの高さ、そして非凡さというものは、世間ではあまり騒がれてないような気がする。そして予感があった。「彼はオリジナルアルバムではもっと好き勝手やっていて、もっとすごい曲があるんじゃないか?」と。“さくら”のような大ヒットソングはなくなっていった時期からのほうが、よりその期待通りの曲がいっぱいに違いない!ということで、わりと近年の作品である2枚をレンタルすることにした。その前者である、このアルバムの冒頭“何処かで誰かが”の時点で、その期待が確信に変わり、興奮でニヤけてしまった。
メロディメイカー・シンガーとしてのスキルの高さは勿論優れている
けれどそれ以上に尊ぶべきは、ユニークで日常的スケールの音や言葉を用いながら、人が忘れているような大切なことを突きつけ、ハッとさせる、彼の思想や理念そのもの。彼もまた、あからさまに夢や希望を安売りするポップスターではない。
優しく温かい声と音、それでいて厳しく力強い言葉。
先述の“何処かで誰かが”、そして締めくくりの“知らないことが多すぎる”
たぶんスケールの大きい2曲で、アルバムのトーンと違うからボーナストラック扱いなのだろうが、名曲“生きてることが辛いなら”と“涙”も納められており、彼のそうした哲学を味わうのにピッタリな一枚をうまくチョイスできたようだ笑
“涙”は松任谷由実の“春よ来い”ばりにメランコリックなコード進行の切ない曲...迸るのはロックとしてのダイナミズム。これはとんでもなく名曲。
これぞ「フォーク」の神秘。日本語の美しい響き。素朴だからこそ浮き彫りに鳴るメロディと言葉の強さ。日本人に現代にこんな才能の音楽家がいることに心底嬉しくなった。
・Joni Mitchell“LADIES OF THE CANYON”
伝説のフォークシンガーソングライター。名前は知っていたけど、羊毛とおはなが“Both Slide Show”をカバーしていたところから曲に初めて触れて、この年代の神秘的なフォークミュージックが以前から気になっていたところでもあり聴いてみた。
“Big Yellow Taxi”がジャネットジャクソンもカバーしていたり、いわゆるロックを語る上で切っても切れない伝説の1969年の翌年発表のアルバムということもあり、このアルバムを選んだ。そこには文字通り“Woodstock”という曲も納められている。なんでもミッチェル自身は他の仕事でウッドストックに足を運んでもいないそうで、当時の恋人から聞いた話を元に作曲がこの曲だそう。楽園に見えた音楽の祭典は人間の光と闇の両方をはっきりと浮き彫りにした、またヒッピー文化の頂点と没落を示したものでもあったという。そのことをはっきりと描き切っている詞と、ミッチェルの歌声は、「自分がフォークシンガーに求める神秘」そのものを体現していた。もっともっと聴きたくなった。
これ以前のアルバムは彼女自身の演奏による、いわゆる「フォークミュージック」然としたスタイルが堪能できるらしく、さらにこの次のアルバム“Blue”は多方面から「名盤」と絶賛されているので、全部集めようと思っていたら、アマゾンでBOXセットが破格の安さで売られている模様。買うしかない。
・Arcade Fire“Funeral”
USインディーロックの金字塔、グラミー賞を獲得し最早ロック・スタンダードに上り詰めている彼らのファースト。多彩な楽器が盛り込まれた、特異な楽器編成が彼らの特徴とはよく言われているものの、このアルバムの時点ではサウンドの基盤がオーソドックスなチェンバーロックの範疇を出てない印象。近頃のダンスロックやインディーポップのサウンドは邦楽にも多いけど、ここから影響を受けているのだろうか。それに見飽きたせいで、どうもこのスタイルは好きになれない苦笑 今のところ特別な真新しさや、発表から10年近く経った今でも古く聴こえない普遍性、といったものは見受けられない。思っていたほどメランコリーという空気も味わえなければ、思っていたほど多彩な楽器の魅力があるわけでもなかった。
しかし“Funeral”というアルバムタイトルに沿うコンセプトどおり、サウンドのメルヘンさと混ざるメランコリーな世界観は、独特のファンタジーな光景を見せる。
特にVo/key担当レジーヌの母親の経験(ハイチ系難民とのこと)を唄った“Haiti”、疾走感のある“Rebellion[lies]”、そしてラストの“In The Backseat”の流れでは顕著で、今後開花されていった彼らのスタイルや世界観が垣間みられる。
これを踏まえて、2nd、そしてグラミー賞を獲得した3rd“Suburbs”を聴くのが楽しみである。
・Antony and the john sons“I Am Bird Now”
イギリス人のアントニーベガティーによる音楽プロジェクトの2nd。
アートワークのイメージ通り、クラシカルなピアノとメロディーにはモノクロの映像が浮かび、常に影がつきまとうが光を探し求めるようなアントニーのボーカルには生命の輝きそのものがつきまとう。
ルー・リードのバッキングコーラスに参加したり、ビョークとデュエットもあったりと、その才能は多くの玄人から認められている模様。
次作“Crying Light”では「自分にとって芸術の親」というほどインスパイアされた日本の舞踏家・大野一雄に捧げた作品であるらしく、今作もそれを踏まえて聴くと、アントニーの曲から受ける「演劇を見ているような感情の響き」や世間的に言われるところの「セクシャルマイノリティ」な世界観は、彼から影響を受けているのも合点がいくところ。
・STEVIE WONDER“Love,Harmony&Eternity”
スティーヴィーワンダーの名曲を本人セレクトで3枚分も聴けちゃうというボリュームたっぷりのお得なベストアルバム。学校の授業で“Overjoyed”を練習することになって、かねてから聴いてみるべき存在だと思っていたところ、このアルバムはかなりありがたい一枚となった。
3枚も聴ける時間なかったので、今後ちょくちょく聴こうと思う笑
・Nick Drake“FIVE LEAVES LEFT”
70年代イギリスの伝説のフォークシンガーソングライター。
3枚のアルバムを遺し、26歳の若さで亡くなったが、後に評価が高まり、彼からの影響を公言するミュージシャンも多いのだそう。(先述のマーズヴォルタも4thアルバムのボーナストラックでニックの曲をカバーしている)
元々はAlly Kerrを聴いた際、「彼はニックドレイクの面影がある」というレビューを見て気になった存在。自分はイギリスの空気を味わえるフォークミュージックを求めてAll Kerrを知ったのだけれど、そもそも「フォーク」という言葉も文化もアメリカ発祥・その後ビートルズでイギリスはロック一色になったため、イギリスに著名なフォークミュージシャンはあまり存在しない(アメリカでいうフォークは、イギリスにとっては民謡と同じ意味になる感じらしい)。実際、自分が音を聴いて「これはイギリス人!」と思っていたフォークミュージシャンはアメリカ人というパターンだらけで、妙にガッカリしたもの。
その中において、ニックはれっきとしたイギリスのフォークミュージシャンとして名高い存在。
実際そこには、自分が求めているあの「イギリスならではの空気」が封じ込められていて、感慨深かった。彼は鬱と闘いながら音楽製作していたという。殺伐とたサウンドでもメロディでもない分、滲むメランコリーが芸術的。
CDを買い直して、じっくり触れていきたい。
またイギリスへ行きたくなった。
・Jack Johnson“In Between Dreams”
アコースティックギターを中心としたオーガニックなサーフミュージックの第一人者である彼。
ハワイでサーファーとして育ったそのバックグランドはその音にもはっきりと表れており、とても豊で優しい太陽と海の心地よさがパッケージされている。
もちろんチャラいお気楽ミュージックとは全然違い(笑)
ひたすらにヒーリング効果をもたらしてくれる純朴で心地よい音楽である。
オーガニックな音だけである意味アンビエント的な聴き心地。
良質なアコースティックサウンドと唄の数々。
睡眠時にもピッタリ。
・U2“The BEST OF 1990-2000”
前期ベストはもう5年前ぐらいに聴いてて、それ以来U2は好きだけど、結局オリジナルアルバムを辿るにもディスコグラフィ多くて、でも後期の曲も気になったのでこれをレンタル。
今のところは、前期ベストほど名曲はないのだな~という印象。
アナログ世代でディレイギターを広めたジ・エッジの名フレーズはこの辺りの世代ではあまり鳴らされていないし、ドラマチックで心を射抜くメロディも少ない。
ただこの頃はボノが本気で世界を変えようと孤軍奮闘していた時期でもある。政治的活動が、「売名行為」と非難されようとも、彼は本気で世界の行く末を案じて活動していった。やはり、その想いを確かめるにはオリジナルアルバムを辿るべきなのかもしれない。
ちなみに元から知っていた“Stay(Faraway, So Close)”がやはり一番印象に残った。それも、知っている所以であるCraig Armstrongのリミックスバージョンの出来が素晴らしすぎて、原曲は少し物足りなかったけど苦笑
・SAOSIN“SAOSIN”
所謂、「エモ・スクリーモ」界隈のサウンドは好物なのではあるものの、そのジャンルとしての“エモ”を味わえるバンドってあんまり見つからなくて、Funeral For A Friendぐらいしかそれを全うしてる存在を知らなかったので、他にいないものか探していたところ、名前だけ知っていて気になっていたSAOSINのファーストが見つかりレンタル。
そのジャンルとしての“エモ”感とは、やはりコード感や単音ギターフレーズは大きいけど、つまるところはボーカルの歌メロと声質が大きい。前半はアッパーな曲が多く、かなりクールでクオリティ高いものの、ポスト・ハードコアには良くある音というぐらいの印象だった。しかし後半はミディアム・スロー曲が多く並んでおり、そういう曲ほど“エモ”が際立つ。そして、それらの楽曲たちは自分の求めるジャンルとしての“エモ”を感じさせてくれた。
大御所であるThe Usedは正直あまりグッとこなかったので
この界隈なら次はFinch, Emarosa, Chiodosが聴いてみたい。
・Mum“Finally We Are No One”
Bjork・Sigur Rosに続いて有名なアイスランドの女性ポストロック・エレクトロニカの2nd。3rdのSummer makes goodはだいぶ昔に聴いて、その時は自分の耳が浅くて印象に残らなかったけど、その3rdとこの2ndが彼女たちの評価を決定づけた重要なアルバムとのこと。昨年出た新作の評判も聞いた限り上々のようで、コンスタントに素晴らしいアルバムを生む安定感がある模様。
今ならこのバンドの高いアート性と親しみやすさを理解できて、そのとてつもないクオリティに感嘆するばかり。エレクトロは過度な装飾をしない程度に絶妙に絡み、メルヘンなサウンドと歌声はとてもお洒落に楽曲を彩る。良い意味でビョークやシガーロスのほどの壮大さやダークさは持たず、かといって軽さはない。それでもポップスのように緊張感なくゆったりと聴けるのがムームの面白いところ。夢見心地で、おとぎ話の世界のような柔らかなサウンドスケープでとても癒される。
・森山直太朗“素敵なサムシング”
先日レンタルしたうちの二枚目。
この2作あたりから、フォークシンガーとして突き進んでいる模様。
自分が思うにフォークソングとは
ソフトで日常的なサウンドや歌の中に「大事なメッセージを押し付けることなくそっと散りばめている」ものなんだけど、この辺りの作品はそれに特化している。
以前のヒット曲のようにドラマチックなコード進行やサウンド、メロディは影を潜め、わかりやすく情熱的にメッセージを発してるフレーズも減っていることから、「駄作」なんて言ってる耳の浅いレビュアーが○マゾンで多数見受けられたのが残念な話。直太朗の才能はむしろ近年になればなるほど爆発しているだろう、っていう笑
最新作“自由の限界”もタイトルからして名盤の匂い!
今年の間にライブ見ておきたいー!
・The Mars Volta“AMPUTECHTURE”
こちらも同時に二枚レンタルした。3rdアルバム。
前作同様、パート別に録音し、ミックス段階でオマーが勝手気ままに並べ替えるスタイルらしい。
前作との目立った違いを感じるのはセドリックのヴォーカルスタイル。
すごく豊富になった印象がある。ただでさえ特徴的な声を持つ彼、2ndではマーズヴォルタのプログレッシヴな音における「テンション」の部分を演出するのに終始していた印象だけど、今作はファルセットの多用も含め、歌に「表情」をつけるスキルが格段に高まっている印象。
こんなにスキルの高い歌唱もできるとは知らなかったし、またそれをやってもテンションは損なわれてない。やはりすごい存在である。
このアルバムを持って、爆裂ドラマー・ジョンセオドアが脱退してしまうそうだが、4th“ゴリアテの大混乱”はボーナストラックにNick DrakeやSugar Cubesのカバーも収録した名盤だそうなので、いずれ手に入れようと思う。というか、なにせこのアルバム2枚も、数回聴いただけじゃ全く何も掴めてないに等しい情報量だから、もうしばらく浸りたい笑
・The BONEZ“Astronaut”
RIZEのJESSEが立ち上げたソロプロジェクトが、
サポートメンバーだったPTPのリズム隊2人と
RIZEの元メンバーであるギタリスト中尾くんと共に
正式に“The BONEZ”というバンドに生まれ変わった
そのまるで映画のような物語がノンフィクションで起きた奇跡、その神秘はしっかりとこのアルバムにパッケージされた。それは全曲から発せられるヴァイヴで誰の耳にも認識できると思う。この上で重要なのはやはり「アナログテープ」でのRECだろう。この歪んで荒々しい音がそのままなのと、微かに混ざるノイズが「音が鳴っている時間にしか生まれない空気」と「生身の人間性」を実感させてくれる。単刀直入に言えば「生きている証」そのもののような音なのだ。
イントロのドラムだけでジワリとくる、壮大なコーラスワークでアンセム“Thread&Needle”で幕を開け、(何度もYOUTUBEで見ていたが、こうしてオーディオで聴くとやはり、さらにグッとくる)
先述のアナログテープによる音があまりにも活き過ぎている...!
そして2曲目“Move”はイントロにブラストビートも登場しつつ、ハードコアで特攻、からのPTPではあまり見受けられなかったTSUYOSHI&ZAXのファンキーなリズムセクション(これがまた絶品。この2人のコンビネーションは本当にすごい)に移行するという豪快な展開で、BONEZの持つ格好良さが炸裂している。
「1曲目が良すぎると、2曲目以降との差が出てアルバムとしてグッと来ない。」というアルバムを何枚も聴いて来たけど、“Moves”によって「あ、もう名盤確定だ笑」と興奮した。
“Breath”でもその熱は失われるどころか、さらに加熱する。
怒濤の2ビートからキャッチーなサビメロ、と来てシンセも交えたヘヴィなパートも設けられている。TSUYOSHIさんのベースかなりの強度で歪んでいる。
“Color of grey”では嵐のようなグルーヴで低音リフが唸り、メインとなるセクションではギターのテンションノートのサイケな響きの上でJESSEがラップをすることで、とても狂気めいた獰猛性が感じられる。
“Aurora”ではスパニッシュなガットギターのストロークで哀愁と情熱が漂い、“Ark”ではエモーショナルなメロディーが突き抜ける。
さらにTSUYOSHI&ZAX最強リズムコンビの腕が鳴り、JESSEのラップと絶妙にシンクロして、「BONEZ」としてど真ん中の魅力を発揮している“Syf”はヴォコーダーなども使っている
・・・とバラエティに富んだ楽曲群。これはRIZEでは披露されていなかったJESSEの新しいボーカル面をも引き出している。PTPは様々なスタイルの曲を聴かせるバンドであったけど、その精神がBONEZでは受け継がれている模様。こういうところたまらない笑
そしてどの楽曲も根幹に「パンク・ハードコア精神」が宿っている
曲調は違えど同じ熱量が味わえる、この一貫性もまた絶妙。
“Zenith”・“Adam&Eve”
と、後半もハードかつエッジ・そして極上のロックグルーヴの連続。
怒濤の勢いでエナジーとテンションに圧倒され、聴き終わればポジティヴな気持ちが溢れている。
ベースマガジンでTSUYOSHIさんが言っていたけど
「PTPはPABLOとKの唄ありきの曲を作っていたし、チューニング的にもC(PTPのチューニング)はベース的に苦労が多かったけど、BONEZはドロップDでしっかり鳴るし、ベーシストそのものとしての自分のスタイルは本来こっちに近い」と言ってた通り、このアルバムでのベースの音の存在感は半端でなく、グイグイ引っ張っていくような迫力があり
ZAXは本当に凄いドラマー、というか彼のドラムが好きだなと、あらためて実感。
これほどドラムの音だけでポジティヴなヴァイヴを感じさせられる人、他にいない。
そしてこの作品を以て脱退することになったZUZUの作曲センスとギターが、このアルバムの多くの曲の元となっている。彼にも最大の賛辞を。
全編英語詞にすることでJESSEは
本来の言語感覚で歌えるようになったことで
メロディやシャウトも今までとは違う感触を見せていて
詞も文学的なタッチとなり、新たな魅力を感じさせる。
(本人は、英語だと年齢相応の歌詞になったと言っていた)
そして最後に優しく唄われる“Sun Forever”は
いわずもがな、Kさんに向けて唄われた曲である。
ただでさえ今作で「歌っている」JESSEが
この曲ではひたすらに歌っている。
そもそも本来のJESSEはラッパーでもあり絶妙なタイム感を持ち、音符に対してキッチリ当て嵌める・或いはあえて前のめりに発音する人である。これだけ歌っているアルバムでも、全曲ににおいて本来のそのJESSEのタイム感は顕著なのに、この曲だけ少しねっとりと、後ろのノリで歌っている。。。これはR&Bの素養もあったKさんのタイム感のそれと同じで、あまりにも彼を思い起こさせる。。。また、会えたような気がした。
イントロから一貫して、カリフォルニアの夕暮れ、穏やかな海の光景が目に浮かぶ。優しい。PTPのHomeの、痛みの部分が眠ったかのような優しさ。あまりにも必然的に最後のメロディに、“Love”というフレーズが乗っている。
これは生きてるってことなんだ
JESSE、TSUYOSHI、ZAXは、前を向いて再び歩き出した。大切な思い出たちを抱きしめ、生きている自分たちの命を輝かせるために。そう、それが乗り越えるとか乗り越えないとか、そういう次元を超えた、「生きること」そのものなんだと思う。その素晴らしさがパッケージされたこの作品、興奮と涙なしでは語れない。
どうしてもPTPと関連づけてみてしまうけど、今回はそういう作品でもあるのは確かだからご了承願う。
でも今後はTSUYOSHIさんがそう言ってたように、「PTPとRIZEのメンバーだから」というワードはいらなくなっていくと思う。それだけこのメンバーのシンクロ具合はスゴい。帰って来たNAKAもまた、すぐに新しい風を交えてくれるだろう。
The BONEZ、どうなるのか要注目な存在。
新年早々から最高の一枚が届いた。
・Periphery“PeripheryⅡ”
モダンメタルスタイル・Djentの第一人者の2ndアルバム。
ファーストアルバムが“Djentの金字塔!”と誉れ高い分、2枚目はあまり評価されてないようだったけど、来日公演に差し当たって購入。そして聴いてみた結果、そうした風潮もどこへやら。圧倒されるままの最後まで聴いてしまい、昨年発売の中の私的ベストアルバムTOP10に放り込みました笑
このアルバムはたしかにDjentを求めて聴くと、Djent要素は減退してるし、ジャンルとして聴く人は評価落とすかもしれない。でもDjentとしてでなく、Peripheryというバンドそのものが好きな人にとってはこのむしろ素晴らしい一枚なのではないだろうか。
ボーカル・スペンサーの技術の向上もあいまって
彼の凄まじいハイトーンによる「唄」をフィーチャーした
キャッチーでエモーショナルな歌モノ要素が強まっている
“Scarlet”などはその典型で
スクリーモバンド(SAOSIN)っぽい単音ギターリフと
哀愁で青くてエモい歌メロとシャウトをやっているけど
それも噛み応えばっちりなものに昇華されていて。
それは「ポップになった」というネガティヴなモノでなく
エモーショナルな表現に磨きをかける結果となった。
そしてそれを活かすためにテクニカルな演奏は用いられ
いわゆるスポーツのような超絶技巧ではない点での
高いテクニックが至るところで披露されている。
もちろんDjentな場面もしっかり登場するしそのクオリティも相変わらず最高、しかし「Djentも自分たちの持ち味の一つ」というモノになっていて、Djentだけに頼らない、多彩でハイクオリティな魅力を発揮している。これがDjentを求める人からはネガティヴな印象になっているのかもしれないけど、自分個人としては「Djentだからすごいんじゃない、Peripheryはロックバンドとして最強」という証明な気がして、とても興奮する。
これだけのテクニックと、シンガロングも可能なキャッチーなメロディーの融合をこんな高次元で果たせてるのはPeripheryをおいて他に早々いないだろう。
このアルバムはエモ・スクリーモを好むような若者から、DREAM THEATERを好むような親父世代にも幅広く受け入れられる、真っ当にヘヴィロック・プログレッシヴメタルバンドとしての名作といえる。
メタルが苦手な人でも、このクリーンな世界観には入りやすいだろうし
かといって能天気に明るいわけでなく泣けるようなメロディばかり。
また全曲がコンパクトなサイズにまとめられているのも聴きやすさに一役買っているかもしれない。Djentに限らず、メタル・プログレには情報量の多さに圧倒され敬遠する人も多いかもしれないが、この洗練された聴きやすさは間口も広いはず。
冒頭の“Muramasa”~中盤の“Ragnarok”~終盤の“Masamune”という3曲は、ゲームのFinal Fantasy
からインスパイアされたといい、同じ歌詞が登場するというコンセプチュアルなものになっており、先述したエモーショナルな唄による破壊力が凄まじいものである。特に来日公演でも一曲目だった“Muramasa”は、あまりにも「オープニング曲然としたドラマ性」に興奮せざるを得ないし、“Ragnarok”の畳み掛けるDjent攻勢の前半から、ドラマチックに感情が高まるクリーンによる後半という二部構成は、自分の求める曲の理想型の1つだった。(ボーカル主旋律ミックスボイスで最高音はhihiF♯というバケモノぶり!w)
その他、DREAM THEATERのペトルーシがギターソロで参加したファンタジックなスローナンバー“Erised”など、ゲストミュージシャンも多数。
ボーナストラックにはSlipknotの“The Heretic Anthem”のカバーまで収録。(まさかのリアレンジなしのほぼ完コピ、こんだけ上手いとただただ笑うしかないw スペンサーのシャウトまでコリィそっくりに仕上がってるw)すさまじい聞き応えです、必聴。
6日、誕生日を迎えた。22歳。
まじでうかうかしていられない年齢になったと思う。
最近は誕生日を迎えても、実年齢に比べて自分の子供っぽさに不安になる、段階を越して、もはやただただ実感がない。ピーターパンシンドロームまっしぐらな気がする苦笑
ちなみに遊びにくる予定だった元バンドメンバーがインフルにかかり、ついに誕生日を家族すらいないまさに「お独り様」で過ごすことになろうとはまったく予想がつかなかった笑
翌日は実家帰省予定だったものの、こちらも母親のインフルにより中止。
学校でも自分の誕生日を知るものはおらず、さすがに寂しかったさ。まあ直で会えないとはいえ、一番祝って欲しい人からの言葉はもらえたから、まだ救われたけども。苦笑
7日
DIR EN GREYのファンクラブ限定ライブに3年振りに参加。
もうずっと長いこと、こんなクセの強いやつのツイッターのフォロワーさんで居続けてくれているミネルバさんの計らいで参加できることとなった。感謝。そして会うのはこの日が初めてだった。
これだけ長い間ネットでやり取りしているのに、直で会ったことがない人と会う経験がなかったので幾分緊張していたが、話し始めてしまえばツイッターでの感覚と全く一緒というか昔から知り合いなような気さえした。それだけ話しやすい空気を作ってくれる、元からのイメージ通りの大人なお兄さんであった。しかも、かなり前にチラッと話した「PALMSの国内盤を貸してほしい」という口約束を覚えてくださっていて、この日もってきていただいていて。なんと人情厚い方なんだ...しかもそれ以外にも、自分が最近ハマっているとツイートしていたマーズヴォルタや、チノモレノ参加のTeam Sleep、さらに名前しか知らなかったけどジャケットがとても興味をそそるHope Of The Statesまで同封されていた...自分の趣向をよく理解していただいていて、とても嬉しかった。今度は自分がオススメを押し付けようと思う笑
ライブの模様はまた別に綴ろうかと思う、ファンクラブライブ故のサプライズな内容だったのは言うまでもないけど、「生々しさ」というテーマに立ち返った彼らの動向の現在進行段階が伺えたことにこそ貴重さがある気がした。
10日の朝のバスに乗り東京へ。
前日とてもツイておらず、この日も電車の時間を誤解していて普通ならバスに乗り遅れていた。が、猛ダッシュで間に合い、救われた。
りこさんと合流し新宿をぶらつく。
一応誕生日祝いということで、いつもより予算弾んだご飯を食べた。美味しかった。
渋谷で一泊、Subcietyに行ってPTP・Kさんのブランド・nine microphonesのパーカーを購入。とてもテンションが高まり・かつ身が引き締まる想いがした。これを着ていくに相応しい日々を送りたい。今回はパーカーだけだったけど、シャツやジャケット・パンツも今後少しずつ揃えていきたい。
池尻大橋と渋谷中心から離れたら安くて良いホテルを発見しチェックイン、荷物を預けていざ。
待ち焦がれたPeriphery単独@渋谷asiaへ!
キャパが300にも満たない超プレミアな空間でとても刺激的なライブを見た。感想は長くなるので別記事に書くけど、こんな凄まじいライブは早々見れない。素晴らしかった。
11日
再び新宿。
この日はいいともに生田斗真が出て「マキシマムザホルモン」トークをしていたらしく、タモリもタモリ倶楽部でホルモンメンバーと共演しているだけにどんな模様だったか気になるのに、アルタ前にいてもその模様を知ることは出来ず笑
で、安定のカラオケ。笑
晩ご飯も安定の白木屋。笑
の後、誕生日ケーキということで、アルタ横の地下にある怪しげな喫茶店に突入。
なんとこれが高級コーヒーのお店で、
飲物一杯(最低でも1000円するw)を絶対飲まないといけないというやつ笑
けどその値張るだけの美味しい紅茶とケーキをいただいた。今までの人生になかったくらい、ゆっくりゆっくり飲んで食べて、上品に召し上がった。笑
結果、誕生日感は味わえた笑
そして夜行バスに乗り京都に帰宅。
13日
旅行疲れもあり、半日ずっとゆったり。
BIG CATにCHVRCHES単独公演を見に行った。
ゲストアクトのERRORSもマジカルな音とタイトなリズムを操っていて聞き応え抜群の音を鳴らしていた。すごく音楽に対してマジメな印象が伝わる、丁寧な楽曲たちだった。なかでもドラマーがとてもパワフルなフォームと音をしていて、魅せる面でも魅力があった。
そしてCHVURCHESも勿論素敵なライブだった。
当たり前すぎる感想だがやっぱり言っておく、ローレンちゃんカワい(ry...
こうなるとやっぱりHostess Club Weekenderにいけないのが辛くなる。
特に1日目のメンツで言えば、CHVURCHESでこれだけ見応えあるのに、それ以上に興味大なMOGWAIとDaughterが見れて、加えてこのErrorsとアイスランドのアウスゲイルでしょ?なんて贅沢ななの...当日の模様をツイッターで見る限り、Daughterが相当良かったらしく辛かった笑
16~18日
作曲科の課題提出期限が迫っていた。
追い込まれるのが嫌で前々からトライしていたけど
無理矢理やろうとしても作曲なんてできるもんじゃない
しかもいつ終わるか目処が立たない作業だったり
気力も使うし、課題にされるにはすごく厄介。
やっぱり「作りたい」と思えないんのに「作らなきゃならない」っていうのがわずらわしい。
というか「作れ」って言われると作りたくなくなるし、何より今はアフェプロ最後のライブに向けて唄の練習に集中したい。頭の片隅に他にやらないといけないことを意識しなきゃならない生活はストレスだ。
俺は自分のために曲は作れるようになりたいから、作曲の勉強はしたいけど、誰かに曲を提供して稼ぐ作曲家になる気はさらさらないから、「決められた納期とテーマで曲を作れ!」というのが本当に嫌いだとわかった。俺は曲作る以上は、世に出せるくらい自信持って愛せる曲じゃないとわざわざ作りたくない。でもそういう曲は作ろうと思っていつでも作れるもんじゃない。というかそれができたら学校で学ぶ必要なんかなくて今すぐそれで食えるだろって話で。
結局追い込まれて、2日間朝5時頃まで作業する生活を送った。
(アイディアに火が点くまでパソコン楽器とにらめっこ、で大体出てくるのは日付跨いだ後)
本当こういう風な身の削り方してまでするもんなのかって思う。
結局、提出期限の授業に遅刻はしたけど出席する形で、ギリギリまで練り直して一応自分の愛せる曲にできたから持っていったけど、「期限守れよ」としか言われず、曲に対しては大したリアクションも貰えずで、なんのために頑張ったのかよくわからない。
その18日の夜、先述のインフルで延期になったジンジンが遊びに来た
会うのは1年振り・かつ就職で東京へ行くので、貴重な機会だったのだが
この1年で変化した俺を素直には受け入れてくれなかった。
少々ヘコんだことをツイッターで書いたら、当時のもう一人のメンバーであったルイージから珍しく電話が来て(普段は薄情な面があるのでこうした行動は珍しい笑)いろいろ話が弾んだ
人の繋がりの寂しさと大きさの両方を感じた日だった。
23日
3月2日の在籍ラストライブに向け、アフェプロの練習に行った。
あらためて良い曲たちと、この演奏によってスピリチュアルな体験をしてきたことを実感。そしてあまりにも自然でいるこの場所を離れようとしている実感がまったく感じられなかった。
24~28日
アフェプロで一番新しく、ライブでも最後に演奏予定だった曲の歌詞が、現状の自分とリンクせず練り直すも、糸口掴めず。今自分は何が言いたいのか、ということが自分でもわからず、それゆえに何度考えても納得の行くものに至らない。
気分転換にレンタルしたDragon Ashの新譜“The Faces”を聴いたらすごく気分が晴れて、自分がどうしたいかが見えてきた。すると大方の詞もできあがった。やっぱり音楽によって俺は救われ続ける人生なのかもしれないと、あらためてその力の大きさに感謝した。
因みに27日はDIRの武道館1日目のチケットの受け渡しをしていただいた。
相変わらず初めて会う人への人見知り具合は解消されていない笑
28日、練習後ライブへ向けて京都の実家へ帰宅。
最後の曲の振り返りをする前に
まず決意表明的なことを書きたいと思います。
日付変わって、いよいよ本日。
Affection Propagandistのボーカルとして
最後のライブの日となりました。
さっき最後のリハを終えて帰宅したところですが
何も変わらず自然で、素敵で、辞める実感がないです...
ライブを終えたら途端に実感するかもしれませんし
今後生活していくうちに徐々に知っていくのかもしれません
3年近く通った場所です。いろいろな場面でこのバンドの存在があったから折れずに、社会的に奈落にいたところから、ここまで這い上がってこれました。生活の大きな部分を占めています
でもその寂しさを超えていくような成長ができなければ叶えられない。
それが自分の目指している“夢”というやつなんだと思います。
だからこの場所に対する感謝は、中途半端な未練を残さず
自分の道を邁進することに他ならないと思っています。
だからもっと努力して突き詰めていく日々にします。
その宣誓の意味も込めた、出し惜しみのない振り切った演奏を明日は展開します。
その準備は尽くしました、自分自身がおそらく一番楽しみです。
そして最後に紹介するこの曲はアフェプロ最新の曲でもあります
この曲は、歌詞の内容はおろか曲タイトルも仮状態でしか
メンバーも知らない状態です笑
というのもこれは、
13年末の最後のライブから年始の京都MUSEでのライブまでに
自分が1人でアレンジ含めて急ピッチで作り上げた曲で
メンバーみんなで作った今までの曲とは少し感触が違う部分があります。
しかしながら、メンバーが弾く・叩くことを想定して
違和感なく「アフェプロの曲」として成り立つ実感があったので
迷わず作り上げて演奏してもらいました。
“Aadd9×2→C→D”という
イントロのコード進行は自分の手癖で大好きなもので
それは曲にするようなイメージも発していない、
と思っていたのですが
昨年11月ぐらいにふとオブリとなるアルペジオが浮かんで
そこから曲のイメージが湧いてきました
そこからはみんなで詰めていきたいと思っていましたが
年末はメンバー全員の忙しさが猛烈だったゆえ
自分1人で作りきることになりました。
イントロのコード進行の空気のまま、
徐々に盛り上がっていって気付いたら爆発している
という曲のイメージがあったのですが
それを具現化するのが本当に難しかった...
そのためにはサビのコード進行が
「爆発的でなく、でも暗くもない切なさを孕んだ明るさ」
でないといけませんでした。
このコード進行が見つからず、3・4日同じところを停滞しました。
そして現在のコード進行がどうやって見つかったか覚えていません笑
結果オンコード(ギターのコードとベースのルート音が違う進行をしている)
に活路を見いだしました。
曲構成は決めていたので
このサビが見つかって以降は霧が晴れたようにスムーズに進みました。
基本6/8拍子でいながら4拍子になって疾走するパートあり
ヘヴィなパートあり、サビの前に1セクションのメロディを挟む、
等すべて、サビの見通しがたったことですぐに出来上がりました
そしてバックのサウンドができた年末
大忙しのなか、メンバーみなも急ピッチで練習して
1月4日のライブでなんとか披露に至りました
今考えてもよく頑張ってくれたと感謝しています
そんな感じで順調な曲かと思えば・・・
また難産だったのが歌詞ですね。
この曲のイントロが出来上がった11月頃の空気に沿って
「冷たい季節に生まれる鬱屈した感情」「太陽の持つ救いと残酷な部分」
を基礎テーマに書いたものですが、
これがどうも納得いく形に行かず、身体に馴染まないまま
1月4日のライブを迎えてしまったため
その日のこの曲は酷い出来となってしまいました苦笑
時間に追われるあまり、
この曲が呼んでいる言葉・表している世界・そして自分の伝えたいこと
それらが何なのか、今までの曲のように理解出来なかったのです。
それは今でもあまり変わりません、
多分それは自分1人で作った曲だから
曲の全パートを自分が知り尽くしているというかコントロールしちゃっているゆえなんだろうと思います。
今までの曲はみんなで作ったから
自分の意図してない・知らない魅力が音にあって
それを自分が勝手に解釈することで魔法が生まれて
スピリチュアルに曲とリンクできたんだと思います。
だからこの曲に関してはそういう「スピリチュアル的体験」を求めることをやめました、そして「自分が今伝えたいことを書く」という点で納得がいくように今回のライブに向けて書き直しました。そこに、曲の最初のイメージだった「冷たさと太陽」の世界観を舞台として設定しました。
それもまた、当然のごとく難産となり正直消化仕切れていません。
それでも「今、言いたいこと」を詰め込むことはできました。
その詞で、今日スタジオで皆の音で歌ったら、この曲が本来持つ輝きが実感できた気がします。明日演奏するのが楽しみです。
というわけで、この曲の詞については説明しません、
見れば一目瞭然でしょうし、恥ずかしいほどに裸な内容なので笑
メンバーもまだ知らない、完成形バージョンです笑
-Lyrics-
静寂の部屋
窓辺に射す光は儚く
夢を泡沫に染める
白い肌 切りつけては
理性を喰らい 奪う冷気
植え付けられた 虚無の人格
幸福は 埋葬の記憶
凍結された慈悲の感情
悲劇から逃れる代償
願うことは 叶わない
愛することも 許されない
誇れる翼さえ 手放して
広がる空はただ青すぎて
果てしない未来に呑まれそうで
浅く脆いまま抱えた理想は
冷えた空気に熱を失って
衝動を取り戻せないまま
羽ばたくことさえ 恐れていたんだ
墜落するまま辿り着いた
此処は穏やかで
重なる笑顔が導いてくれた
“影さえも映し出す太陽は
美しいほどに残酷で
その眩しさに怯え
拒んだ無償の愛が伝えてくれる
無数に生まれ消える命に
紡がれていく奇跡を”
消え去ることのない呪縛に
幾度と痛みが繰り返されるとしても
手放してしまった誇りを
取り戻すために もう一度飛び立とう
逃げ惑い続けて
朽ち果てた心は
せせらぐ朝に照らされて
目覚める
I have felt the guilty of praying hope
Now I know that I must have the strength of belief
I'll smile and say goodbye
Thank you dear my fellow
Cu'z I'm not the only one,
I can walk alone to new world!
“此処へ標すは
再生の福音と”
終末を迎えた 青の夢
掛け替えのない宝石に誓いを
暁の鼓動がきこえてる
生まれ変わる 振り返りはしない
産声のような あの泣き声
鳴り止むことのない 覚醒の予感
瞬きすらできないほど眩しい
光の中へ 光の中へ
The show must go on as long as I live
I don't wonder anymore
Suicide is old my friend
When I had lost at all
I realized just one thing
Now and forever
I'm singing here under the sun...
まず決意表明的なことを書きたいと思います。
日付変わって、いよいよ本日。
Affection Propagandistのボーカルとして
最後のライブの日となりました。
さっき最後のリハを終えて帰宅したところですが
何も変わらず自然で、素敵で、辞める実感がないです...
ライブを終えたら途端に実感するかもしれませんし
今後生活していくうちに徐々に知っていくのかもしれません
3年近く通った場所です。いろいろな場面でこのバンドの存在があったから折れずに、社会的に奈落にいたところから、ここまで這い上がってこれました。生活の大きな部分を占めています
でもその寂しさを超えていくような成長ができなければ叶えられない。
それが自分の目指している“夢”というやつなんだと思います。
だからこの場所に対する感謝は、中途半端な未練を残さず
自分の道を邁進することに他ならないと思っています。
だからもっと努力して突き詰めていく日々にします。
その宣誓の意味も込めた、出し惜しみのない振り切った演奏を明日は展開します。
その準備は尽くしました、自分自身がおそらく一番楽しみです。
そして最後に紹介するこの曲はアフェプロ最新の曲でもあります
この曲は、歌詞の内容はおろか曲タイトルも仮状態でしか
メンバーも知らない状態です笑
というのもこれは、
13年末の最後のライブから年始の京都MUSEでのライブまでに
自分が1人でアレンジ含めて急ピッチで作り上げた曲で
メンバーみんなで作った今までの曲とは少し感触が違う部分があります。
しかしながら、メンバーが弾く・叩くことを想定して
違和感なく「アフェプロの曲」として成り立つ実感があったので
迷わず作り上げて演奏してもらいました。
“Aadd9×2→C→D”という
イントロのコード進行は自分の手癖で大好きなもので
それは曲にするようなイメージも発していない、
と思っていたのですが
昨年11月ぐらいにふとオブリとなるアルペジオが浮かんで
そこから曲のイメージが湧いてきました
そこからはみんなで詰めていきたいと思っていましたが
年末はメンバー全員の忙しさが猛烈だったゆえ
自分1人で作りきることになりました。
イントロのコード進行の空気のまま、
徐々に盛り上がっていって気付いたら爆発している
という曲のイメージがあったのですが
それを具現化するのが本当に難しかった...
そのためにはサビのコード進行が
「爆発的でなく、でも暗くもない切なさを孕んだ明るさ」
でないといけませんでした。
このコード進行が見つからず、3・4日同じところを停滞しました。
そして現在のコード進行がどうやって見つかったか覚えていません笑
結果オンコード(ギターのコードとベースのルート音が違う進行をしている)
に活路を見いだしました。
曲構成は決めていたので
このサビが見つかって以降は霧が晴れたようにスムーズに進みました。
基本6/8拍子でいながら4拍子になって疾走するパートあり
ヘヴィなパートあり、サビの前に1セクションのメロディを挟む、
等すべて、サビの見通しがたったことですぐに出来上がりました
そしてバックのサウンドができた年末
大忙しのなか、メンバーみなも急ピッチで練習して
1月4日のライブでなんとか披露に至りました
今考えてもよく頑張ってくれたと感謝しています
そんな感じで順調な曲かと思えば・・・
また難産だったのが歌詞ですね。
この曲のイントロが出来上がった11月頃の空気に沿って
「冷たい季節に生まれる鬱屈した感情」「太陽の持つ救いと残酷な部分」
を基礎テーマに書いたものですが、
これがどうも納得いく形に行かず、身体に馴染まないまま
1月4日のライブを迎えてしまったため
その日のこの曲は酷い出来となってしまいました苦笑
時間に追われるあまり、
この曲が呼んでいる言葉・表している世界・そして自分の伝えたいこと
それらが何なのか、今までの曲のように理解出来なかったのです。
それは今でもあまり変わりません、
多分それは自分1人で作った曲だから
曲の全パートを自分が知り尽くしているというかコントロールしちゃっているゆえなんだろうと思います。
今までの曲はみんなで作ったから
自分の意図してない・知らない魅力が音にあって
それを自分が勝手に解釈することで魔法が生まれて
スピリチュアルに曲とリンクできたんだと思います。
だからこの曲に関してはそういう「スピリチュアル的体験」を求めることをやめました、そして「自分が今伝えたいことを書く」という点で納得がいくように今回のライブに向けて書き直しました。そこに、曲の最初のイメージだった「冷たさと太陽」の世界観を舞台として設定しました。
それもまた、当然のごとく難産となり正直消化仕切れていません。
それでも「今、言いたいこと」を詰め込むことはできました。
その詞で、今日スタジオで皆の音で歌ったら、この曲が本来持つ輝きが実感できた気がします。明日演奏するのが楽しみです。
というわけで、この曲の詞については説明しません、
見れば一目瞭然でしょうし、恥ずかしいほどに裸な内容なので笑
メンバーもまだ知らない、完成形バージョンです笑
-Lyrics-
静寂の部屋
窓辺に射す光は儚く
夢を泡沫に染める
白い肌 切りつけては
理性を喰らい 奪う冷気
植え付けられた 虚無の人格
幸福は 埋葬の記憶
凍結された慈悲の感情
悲劇から逃れる代償
願うことは 叶わない
愛することも 許されない
誇れる翼さえ 手放して
広がる空はただ青すぎて
果てしない未来に呑まれそうで
浅く脆いまま抱えた理想は
冷えた空気に熱を失って
衝動を取り戻せないまま
羽ばたくことさえ 恐れていたんだ
墜落するまま辿り着いた
此処は穏やかで
重なる笑顔が導いてくれた
“影さえも映し出す太陽は
美しいほどに残酷で
その眩しさに怯え
拒んだ無償の愛が伝えてくれる
無数に生まれ消える命に
紡がれていく奇跡を”
消え去ることのない呪縛に
幾度と痛みが繰り返されるとしても
手放してしまった誇りを
取り戻すために もう一度飛び立とう
逃げ惑い続けて
朽ち果てた心は
せせらぐ朝に照らされて
目覚める
I have felt the guilty of praying hope
Now I know that I must have the strength of belief
I'll smile and say goodbye
Thank you dear my fellow
Cu'z I'm not the only one,
I can walk alone to new world!
“此処へ標すは
再生の福音と”
終末を迎えた 青の夢
掛け替えのない宝石に誓いを
暁の鼓動がきこえてる
生まれ変わる 振り返りはしない
産声のような あの泣き声
鳴り止むことのない 覚醒の予感
瞬きすらできないほど眩しい
光の中へ 光の中へ
The show must go on as long as I live
I don't wonder anymore
Suicide is old my friend
When I had lost at all
I realized just one thing
Now and forever
I'm singing here under the sun...
残り2曲、この“Deserted Soul”は
僕個人としてもアフェプロにとっても現在最高の出来の曲だと思っています。
変拍子や7分に渡るプログレ的展開に、妖しく重い世界観。
そしてアフェプロで一番ヘヴィな曲です。
ですがこの曲のチューニングはドロップDです。
アフェプロはA Silent Coastlineを作る前ぐらいから
7弦ギター・5弦ベースに以降したので
基本的には7弦レギュラーのBなのですが
一番暗く重いこの曲はなんとそれよりも高い
6弦ギターのドロップDで作られているんですね。
これは大きな発見でしたね、つまり、
「チューニングを低くするほど重い音が出る」
というわけではない、ということです。
チューニングをダウンすることで変わるのは音圧ではなく
雰囲気だけとうことです。
本当に重い音を出そうものなら、クリアに聴き手に届く
レギュラーorドロップDぐらいのほうが良くて
ようは音作り次第なのだな、と。
現にあれだけ激烈なLamb Of GodがドロップDで
暗く重いOpethがまさかのレギュラーチューニングだと思えば
これも頷けるわけですね。
そしてこの曲の製作は難航しました。
1コーラスはオーソドックスにまとまったので簡単でしたが
皆の中で「プログレ調にする」という目的が決まっていた分
プログレ曲を作ったことがない自分たちにはやり方も知らなければ
足すだけの引き出しもなく。。。
ですがある日、考えるのをやめにして、思うがままインプロでジャムって生まれたフレーズや、成明くんが一人で考えていたフレーズを掛け合わせたものなど、生まれてきたパーツを自分が並べ替えて足し引きした結果、1本の綺麗な展開になった時は快感でしたね!
結果デスメタルパートがあったり
インスト状態に語りが入るパートだったり、変拍子だったりを経て
大サビの歌メロが大団円という、当初入れたかった要素がすべて繋がりました。
様々な曲をバンドでコピーしてきた成果が活きた瞬間でもありました。
途中はむしろいろんなパートが増えすぎて、ごちゃごちゃしてきたのでかなり減らした結果、とても絶妙なバランスに帰結したと思います。
作曲面でかなり大きな壁を乗り越えた、充実の一曲です。
僕個人も様々な歌唱スタイルを一曲の中に盛り込み
かつ「ここぞ」という場面にカッチリ当てはめることができたので
大変満足しています。
歌詞も、今までとはひと味違うモノを書けた自負があります。
まず“A Silent Coastline”の項で書いた、「日本語で書く難しさ」という壁を超えられたことが一つ。
そして、ロックに精通しておられる方が見れば一目瞭然だと思いますが
ところどころに“ニルヴァーナ”の曲の歌詞を引用しています。
というのも、(完全にネタ明かしになりますが)
この詞は「90年代のグランジバンド、その退廃的世界観や、その果てに命を落としてしまった人たちのことを歌ったもの」なのです。
まず成明くんが、イントロの不吉で枯れたアルペジオを聴かせてくれた時
その「グランジ感」、そして自分がグランジに対して抱く退廃的・荒廃した砂漠のようなイメージ
が真っ先に浮かびました。
そしてこの曲を作り始めた頃に
ニルヴァーナの最後のフルアルバム“IN UTERO”が発売から20周年記念として、リマスター盤がリリースされ、当時のことをニルヴァーナのメンバーだったデイヴとクリスが振り返っている記事を目にする機会がありました。その他にも同年代で同シーンを盛り上げたPEARL JAMの特集がWOWOWで流れていたり。
革命と言われた90年代のグランジムーヴメント、
そのサウンドや歌には人間の「生と死」の本質が生々しく描かれているように思えたのです。
もちろんグランジムーヴメントの立役者であり、その死によってグランジそのものも終わってしまったこのストーリーの中心人物・カートコバーンが、この詞の最大のモチーフになっています。
(といってもサウンド自体は、ニルヴァーナというよりアリスインチェインズのほうが近いかなと自分では思います笑 アリスチェインズのレインもまた、この時代の中で命を失ってしまった、グランジを物語る重要人物ですね)
俺が思うに「自殺に踏み切った人=自我を死に奪われて、無意識のうちに行為に及んだ」と考えてます。
そもそも人間として大切な何かが欠落して生きてきたことが
闇への入り口となり、向こうの国では薬物といった危険なものが手に入りやすいことから、道を誤っていき、気付けば「死」という見えないはずのものに、怯える生活を送ることになる。
実際、自分も鬱の時、「死にたい」なんて思ってないのに
「このままじゃやばい。死んでしまう。」という予感で危ない時期がありました。あの時自分には自我を保つ方法があったけど、その方法すら効かないくらい“死の予兆”が増長すれば、自分も命を失っていたかもしれない、と今でも思います。
カートはギターをかき鳴らし、叫び、それに抗っていたのではないかと。そして最後の最後まで戦い尽くし、燃え尽きたところ、ついに“死”に取り込まれた。そういう風に考えます。
だから「自殺した人=弱い人」って言う風潮強いと思うんですけど、自分はあんまりそういう感覚はなくて。一部の人は本当に戦いもせず逃げただけの場合もあるでしょうが、僕はカートのように戦い抜いたのなら、それは「生き抜いた」ことになると思ってます。だからむしろ尊敬していて。
ゆえにとても暗く危険な言葉が並んで見えるん詞ですが
自分はこれに全然ネガティヴさを感じていません。
いや、そもそも自分はどの歌詞もネガティヴな気持ちを書いたつもりは一度もないんですよ(こんな詞書いといてよく言うぜwと思われるでしょうけど)
暗いことを歌う=負と徹底的に向き合い、本物の希望を掴む
つまり究極に前向きな行為だと思うんですね
カートのように死という絶望に追われ続けながら
最後の一滴まで命を燃やし尽くす姿
それは「生の輝き」そのものだと思うのです。
これは去年末、リリースされたPay money To my Pain“gene”からも強く感じられたことでした。
Kさんは自殺したわけではありませんが、鬱という“死の予兆”と戦い続け、最後まで生き抜いたと思うのです。だから僕はあのアルバムも同様に、いくら暗く重い言葉が連なっていても「ネガティヴ」と感じたことはなく、むしろ究極にポジティヴなアルバムだと一聴して実感でき、打ち震えた記憶があります。
またそうした生の果てに向かうにつれ
彼はまた人生の慈悲の側面も理解していたような気がします。
いわゆる「愛」という、目に見えない温かさを。
それは“IN UTERO”の最後に収録された“All Apologies”、
そして亡くなる直前最後のライブの1つである“MTV Unplugged”での彼の声や表情を見ると思うのです。
彼は何か悟っていたのではないかと。
暴力的なサウンドや言葉で、負に抗っていた彼が
持ち合わせていた慈悲の部分。
それが露わになった最後の瞬間に救いがありました
PTPも“gene”はKさん生前最後の曲“Rain”が収録されていますが
それがこの“All Apologies”と重なる部分がある気がしてなりません。
だからこの曲の大サビの前からの詞には
自分としては「救い」が描かれていると思います。
最後でも愛を悟り、自らの過ちを自らの手でもって償って終わらせる。
やけっぱちな発想かもしれませんが、追い込まれた人にとっては自分の始末を自分でつけることも果てしない苦しみかもしれません、でもそれをやり遂げること→華々しく果てることって力強く美しいことなのではないかな、と。
グランジムーヴメントにおけるヒーローたちは
荒れたギターサウンドと叫びに乗せて
そうした「生きている証」を刻んでいたのだと思います。
その刹那的な輝きと哀愁を
この曲にも宿すことができたのではないかと思います。
だから歌っている身としては
この曲が終わった後ってすごく清々しいんですけど
聴き手にとって(まして普段ヘヴィな音楽を敬遠している方には)
「ネガティヴで怖い...」という印象しか抱けない場合もあるでしょう。
この曲の力強さを証明できる演奏を最後にしたいですね。
-Lyrics-
水も枯れた 荒涼の世界で
口ずさむフレーズ 退廃のメロディ
薄汚れた服のまま
シアトルの青年が唄った生命を
“レイプミー
ヘイトミー
アイノウダーティーワード”
打ち棄てられた朽果ての景色が
不吉なオレンジに染まり行く頃
血を啜り求める
赤土の大地で慟哭は響く
気付けば自らの顳かみに
突きつけていた冷たい銃口
“湧き上がる憎しみの奔流に心が喰われそうだ
今夜もまた奪われた意識を取り戻すために独り叫ぶ
誰もが「死」に監視されていながら
それに気が付かないだけ
慈悲が欠落した人間はいつしか
その目の存在に怯えることになる
そうさ、ジャンキー。
俺たちは死の世界を垣間見ることができる
死を以て生の価値を知る
クレイジーなことだとだろう?”
幻惑
幸福
十字架
朽ちる脳
死の予兆
渇望
楔は
虚偽の心臓
奪われそうな理性を 繋ぎ止める日々の果て
残り僅かな命に悟った愛
渇き出した喉で刻み込む
生命の証 残り僅かとしても
声を失っても止めはしない
もう死ぬことを恐れたりはしないから
今迎えの時がきた
覚悟はできてる 咎めを受けよう
さあ終わらせよう
全ての過ちを道連れにして
黒い太陽を背に受けて
ハローハローハロー ハウロー?
否定された流行色
ハローハローハローハウロー?
うたかたの埋葬
僕個人としてもアフェプロにとっても現在最高の出来の曲だと思っています。
変拍子や7分に渡るプログレ的展開に、妖しく重い世界観。
そしてアフェプロで一番ヘヴィな曲です。
ですがこの曲のチューニングはドロップDです。
アフェプロはA Silent Coastlineを作る前ぐらいから
7弦ギター・5弦ベースに以降したので
基本的には7弦レギュラーのBなのですが
一番暗く重いこの曲はなんとそれよりも高い
6弦ギターのドロップDで作られているんですね。
これは大きな発見でしたね、つまり、
「チューニングを低くするほど重い音が出る」
というわけではない、ということです。
チューニングをダウンすることで変わるのは音圧ではなく
雰囲気だけとうことです。
本当に重い音を出そうものなら、クリアに聴き手に届く
レギュラーorドロップDぐらいのほうが良くて
ようは音作り次第なのだな、と。
現にあれだけ激烈なLamb Of GodがドロップDで
暗く重いOpethがまさかのレギュラーチューニングだと思えば
これも頷けるわけですね。
そしてこの曲の製作は難航しました。
1コーラスはオーソドックスにまとまったので簡単でしたが
皆の中で「プログレ調にする」という目的が決まっていた分
プログレ曲を作ったことがない自分たちにはやり方も知らなければ
足すだけの引き出しもなく。。。
ですがある日、考えるのをやめにして、思うがままインプロでジャムって生まれたフレーズや、成明くんが一人で考えていたフレーズを掛け合わせたものなど、生まれてきたパーツを自分が並べ替えて足し引きした結果、1本の綺麗な展開になった時は快感でしたね!
結果デスメタルパートがあったり
インスト状態に語りが入るパートだったり、変拍子だったりを経て
大サビの歌メロが大団円という、当初入れたかった要素がすべて繋がりました。
様々な曲をバンドでコピーしてきた成果が活きた瞬間でもありました。
途中はむしろいろんなパートが増えすぎて、ごちゃごちゃしてきたのでかなり減らした結果、とても絶妙なバランスに帰結したと思います。
作曲面でかなり大きな壁を乗り越えた、充実の一曲です。
僕個人も様々な歌唱スタイルを一曲の中に盛り込み
かつ「ここぞ」という場面にカッチリ当てはめることができたので
大変満足しています。
歌詞も、今までとはひと味違うモノを書けた自負があります。
まず“A Silent Coastline”の項で書いた、「日本語で書く難しさ」という壁を超えられたことが一つ。
そして、ロックに精通しておられる方が見れば一目瞭然だと思いますが
ところどころに“ニルヴァーナ”の曲の歌詞を引用しています。
というのも、(完全にネタ明かしになりますが)
この詞は「90年代のグランジバンド、その退廃的世界観や、その果てに命を落としてしまった人たちのことを歌ったもの」なのです。
まず成明くんが、イントロの不吉で枯れたアルペジオを聴かせてくれた時
その「グランジ感」、そして自分がグランジに対して抱く退廃的・荒廃した砂漠のようなイメージ
が真っ先に浮かびました。
そしてこの曲を作り始めた頃に
ニルヴァーナの最後のフルアルバム“IN UTERO”が発売から20周年記念として、リマスター盤がリリースされ、当時のことをニルヴァーナのメンバーだったデイヴとクリスが振り返っている記事を目にする機会がありました。その他にも同年代で同シーンを盛り上げたPEARL JAMの特集がWOWOWで流れていたり。
革命と言われた90年代のグランジムーヴメント、
そのサウンドや歌には人間の「生と死」の本質が生々しく描かれているように思えたのです。
もちろんグランジムーヴメントの立役者であり、その死によってグランジそのものも終わってしまったこのストーリーの中心人物・カートコバーンが、この詞の最大のモチーフになっています。
(といってもサウンド自体は、ニルヴァーナというよりアリスインチェインズのほうが近いかなと自分では思います笑 アリスチェインズのレインもまた、この時代の中で命を失ってしまった、グランジを物語る重要人物ですね)
俺が思うに「自殺に踏み切った人=自我を死に奪われて、無意識のうちに行為に及んだ」と考えてます。
そもそも人間として大切な何かが欠落して生きてきたことが
闇への入り口となり、向こうの国では薬物といった危険なものが手に入りやすいことから、道を誤っていき、気付けば「死」という見えないはずのものに、怯える生活を送ることになる。
実際、自分も鬱の時、「死にたい」なんて思ってないのに
「このままじゃやばい。死んでしまう。」という予感で危ない時期がありました。あの時自分には自我を保つ方法があったけど、その方法すら効かないくらい“死の予兆”が増長すれば、自分も命を失っていたかもしれない、と今でも思います。
カートはギターをかき鳴らし、叫び、それに抗っていたのではないかと。そして最後の最後まで戦い尽くし、燃え尽きたところ、ついに“死”に取り込まれた。そういう風に考えます。
だから「自殺した人=弱い人」って言う風潮強いと思うんですけど、自分はあんまりそういう感覚はなくて。一部の人は本当に戦いもせず逃げただけの場合もあるでしょうが、僕はカートのように戦い抜いたのなら、それは「生き抜いた」ことになると思ってます。だからむしろ尊敬していて。
ゆえにとても暗く危険な言葉が並んで見えるん詞ですが
自分はこれに全然ネガティヴさを感じていません。
いや、そもそも自分はどの歌詞もネガティヴな気持ちを書いたつもりは一度もないんですよ(こんな詞書いといてよく言うぜwと思われるでしょうけど)
暗いことを歌う=負と徹底的に向き合い、本物の希望を掴む
つまり究極に前向きな行為だと思うんですね
カートのように死という絶望に追われ続けながら
最後の一滴まで命を燃やし尽くす姿
それは「生の輝き」そのものだと思うのです。
これは去年末、リリースされたPay money To my Pain“gene”からも強く感じられたことでした。
Kさんは自殺したわけではありませんが、鬱という“死の予兆”と戦い続け、最後まで生き抜いたと思うのです。だから僕はあのアルバムも同様に、いくら暗く重い言葉が連なっていても「ネガティヴ」と感じたことはなく、むしろ究極にポジティヴなアルバムだと一聴して実感でき、打ち震えた記憶があります。
またそうした生の果てに向かうにつれ
彼はまた人生の慈悲の側面も理解していたような気がします。
いわゆる「愛」という、目に見えない温かさを。
それは“IN UTERO”の最後に収録された“All Apologies”、
そして亡くなる直前最後のライブの1つである“MTV Unplugged”での彼の声や表情を見ると思うのです。
彼は何か悟っていたのではないかと。
暴力的なサウンドや言葉で、負に抗っていた彼が
持ち合わせていた慈悲の部分。
それが露わになった最後の瞬間に救いがありました
PTPも“gene”はKさん生前最後の曲“Rain”が収録されていますが
それがこの“All Apologies”と重なる部分がある気がしてなりません。
だからこの曲の大サビの前からの詞には
自分としては「救い」が描かれていると思います。
最後でも愛を悟り、自らの過ちを自らの手でもって償って終わらせる。
やけっぱちな発想かもしれませんが、追い込まれた人にとっては自分の始末を自分でつけることも果てしない苦しみかもしれません、でもそれをやり遂げること→華々しく果てることって力強く美しいことなのではないかな、と。
グランジムーヴメントにおけるヒーローたちは
荒れたギターサウンドと叫びに乗せて
そうした「生きている証」を刻んでいたのだと思います。
その刹那的な輝きと哀愁を
この曲にも宿すことができたのではないかと思います。
だから歌っている身としては
この曲が終わった後ってすごく清々しいんですけど
聴き手にとって(まして普段ヘヴィな音楽を敬遠している方には)
「ネガティヴで怖い...」という印象しか抱けない場合もあるでしょう。
この曲の力強さを証明できる演奏を最後にしたいですね。
-Lyrics-
水も枯れた 荒涼の世界で
口ずさむフレーズ 退廃のメロディ
薄汚れた服のまま
シアトルの青年が唄った生命を
“レイプミー
ヘイトミー
アイノウダーティーワード”
打ち棄てられた朽果ての景色が
不吉なオレンジに染まり行く頃
血を啜り求める
赤土の大地で慟哭は響く
気付けば自らの顳かみに
突きつけていた冷たい銃口
“湧き上がる憎しみの奔流に心が喰われそうだ
今夜もまた奪われた意識を取り戻すために独り叫ぶ
誰もが「死」に監視されていながら
それに気が付かないだけ
慈悲が欠落した人間はいつしか
その目の存在に怯えることになる
そうさ、ジャンキー。
俺たちは死の世界を垣間見ることができる
死を以て生の価値を知る
クレイジーなことだとだろう?”
幻惑
幸福
十字架
朽ちる脳
死の予兆
渇望
楔は
虚偽の心臓
奪われそうな理性を 繋ぎ止める日々の果て
残り僅かな命に悟った愛
渇き出した喉で刻み込む
生命の証 残り僅かとしても
声を失っても止めはしない
もう死ぬことを恐れたりはしないから
今迎えの時がきた
覚悟はできてる 咎めを受けよう
さあ終わらせよう
全ての過ちを道連れにして
黒い太陽を背に受けて
ハローハローハロー ハウロー?
否定された流行色
ハローハローハローハウロー?
うたかたの埋葬