1985/12/26号の雑誌「週刊ザ・プロレス」に1985/12/12に行われた試合に関する記事がありましたので引用します。
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ブル、貫禄の全日本防衛
この一年間で、極悪同盟No.2の地位を不動のものにしたブルが、ライバルだった小倉に対して実力の開きをはっきりと思いしらせた。
前半こそ、小倉の空中殺法に苦しめられたが、中盤から極悪殺法を爆発。ヌンチャクで全身をメッ夕打ちにして場外でフェンスに直撃。体格を利して高さのあるブレーンバスターで投げ捨て、ボディースラムで叩きつける。
王座奪取に燃える小倉は得意のジャンピングヒザ爆弾で反撃、バックドロップを見舞ったが、このピンチもブルはヌンチャク攻撃ですぐに攻守一転。空中人間爆弾から高さのあるバックドロップで小倉の頭を真っ逆さまにマットに埋没させてピンフォール。初Vに成功するとともに同期の小倉、小松、永友に大差をつけた。
新人王は坂本
85年度の新人王は、ダークホースの坂本あけみ!
有望新人12人、かつてないスケールで行われた新人王決定トーナメント。優勝候補の一角、西脇を撃破、まず坂本が決勝進出を決
めた。もう一人は・・・。12.11日立大会で仲前、宇野が時間切れドロー。急拠、この日の大田大会で再戦が行われたがこれも時間切れ。
やむを得ず、植田コミッショナーの裁定で宇野が優勝戦に進出。坂本と激突した。優勝候補筆頭の仲前を破って勢いに乗る宇野は、フライングボィーアタック、ドロップキックを連発、空中殺法で坂本を痛めつけた。だが、2試合連続のために疲労の色が濃く、スタミナ切れが目立ってきたところで坂本がラッシュ。84キロの体重を乗せたカウンターのヒジ打ちを胸板に二発叩き込んでKO、新人王に輝いた。「優勝できるなんて思っていなかった。ラッキーです」と極悪らしからぬ正直さで喜びを語った。
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12.12大田決戦では、WWWAのデビルvsダンプのほかにも、ブルvs小倉の全日本王座、そして新人王決定戦も行われました。
まずブルvs小倉は、小倉の空中殺法に対してブルはヌンチャクを使った反則技も繰り出し、終始試合を優位に進めた模様。この頃クラッシュと連戦していたブルが力の差を見せつけました。
85年に一番伸びた選手はおそらくブル中野でしょう。1月の時点ではダンプのパートナーとして全く不十分な実力でしたが、クレーンのレフェリー転向以後は、毎試合メインに近いところで試合をして実力を伸ばすことができました。ご本人の血のにじむような努力もあり、終盤にはヒールレスラーとしては初めてのジャーマンまで繰り出しました。
続いて坂本ですが、極悪同盟としては中野に続き2人目の新人王です。実力的には宇野だったと思いますが、仲前と前日にドローがあり、当日も決勝戦前に仲前とドローという実力の拮抗した試合だったようです。連戦+坂本との体重差で宇野もさすがに勝てなかったようです。ある意味、坂本にとってはラッキーというか、半分は仲前の援護(極悪同盟同士)と言ってもよいかもしれません。
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