時間が空いている。掲載も話も。

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「条件がある」

 この言葉に、スミスが予言者の方に顔を向けて微笑みを浮かべた。
「ほら、私の言ったとおりだろ」
「スミス、その言い方は直さなくてはダメよ。あなたの言ったことぐらい誰にでも予言できるのだから」
 予言者はスミスに軽く指を振ってからレオに向き直る。いつの間にか両手の指先でキャンデーの包み紙を開いている。
「食べる?」

「条件がある」レオがもう一度言った。

「ああ、それなら聞かなくてもわかると思うわ」
 銀色に照明を反射する包み紙の中から珈琲色の小さなキャンデーを取り出すとゆっくりと口へ運ぶ。
 しばらくその味を楽しむかのようにほっぺたの左右を膨らませていたが、両の掌で丸めた包み紙を、右の人差し指の先にのせたと思うと、ふっろいきを吹きかける。一瞬にして包み紙が消えた。
「彼女」
「ハン!なんてまぁ、単純な。そもそも彼女の再生を願うなんてあまりに単純、あまりに」予言者の言葉の途中でスミスが一声鼻を鳴らすようにして、声高に言いつのった。
 だが、それは次の瞬間に否応なく閉ざされた。
「スミス、いい加減黙りなさい。自分の分というものをわきまえられるようになったのじゃなかったかしら?」
 
「……イエス、マム。それでは私は機械の方の調子を見てきます」
「それはいいわ。お願いね」

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また断片。
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 再び目覚めた時、また懐かしい感覚に襲われた。
 てっきり見責めはあの繭、粘つく黄褐色の液体が充満したあの子宮かと思っていた。
 だが違っていた。
 薄暗い中に警告灯の瞬き。剥き出しの肋材にいかにも手作りとわかるパッキン。へこんだり傷が付いたりがついたりする補修の後だらけの壁。
 体にぴったりフィットしたベッドだったものが、足元が下がり背中が立ち上がって来るにつれて、座席へと変化していく。せり上がってくるひじかけに両手がうまく載っている。
 目の前にまさに見慣れたコックピットが広がる。ワイヤーやケーブルがのたくった床に薄汚れた操縦席。いくつものディスプレイが並んだ可動式のサブコンソール。今もまさにあの見慣れた緑色のキャラクターが流れている。
 その向こう、無骨な鋲もそのままの窓枠の向こうは真っ黒で何もない。
 枕だったものがヘッドレストになり、心地よいリクライニングの姿勢になったところで動きが止まった。
 かつての記憶どおり、体は固定したまま、じっとしている。
 頭上でメカニカルな作動音。ちらりと視線を上げると、天井から複数のアームが背後に伸びてきているようだった。こつん、という軽い振動。メインコネクター端子が脊椎プラグから引き抜かれた。コネクターニードルを清掃する除菌気体が吹き付けられる音が耳に心地よい。首筋であの冷気を感じる。
 かつてはクルーの手で抜かれていたのだが、今は無人化されていることに関心もし、ふと寂しくもあった。
 体は動かせるようになったはずだが、まだそのままでいる。僅かに首をかしげて見たが、人影はない。
「もう動いても大丈夫でしょ」
「見た目は前とそっくりなのに、」
「でも今回はクルーはほとんどいないから、その分は補わないとね」
「進歩してるってわけだ」
2010/04/20
ぜんぜん粗筋っぽくない粗筋;

”彼女”と捨拾が足を踏み入れたのは、地底のドーム状広場。二人を狙うビームや、木立のむこうに見える戦闘員
達の大半が実は立体擬似映像。
 それでも時々本物が現れるので気が抜けない。
 なんとかしのいで、広場の中にある四阿にたどり着くと、木の柵にあの娘が腰掛けていた。
 ”彼女”と娘の会話。
 あの科学者が作った代替品としてのロボットと、彼の残した遺伝子レシピを元に作られた加齢システムに異常の
ある娘。
 二人ともあの科学者の遺産。
 捨拾はその横で、周囲に気を配っているが、襲撃はぱたりとやんで、静寂が目に見えるよう。
『思ったより早かった、かな?』
『ふん、どうせズルしてショートカットしたに決まってるわ』
『ま、そんなとこね、だって私は彼のことはすべてわかってるんだから』
『代替品』『出来損ない』。言葉の押収。
 柵から飛び降りる娘。イーっと”彼女に顔をしかめてみせる。”

 突如襲い来る戦闘員達。瞬いて消える娘のホロ。

 勝手知ったる我が家のような足取りで走る”彼女”。
 小丘を駆け下り、来たのとは正反対の方向、ドーム空間を横切るように壁に向かって走る。
 まるで壁に貼り付けた黒い壁紙のような開いたままのドアの暗闇に駆け込む2人。通路。曲がりくねり、いつしか
追っ手の射線も届かなくなる。
 いきなり立ち止まる”彼女”。目の前の両開きのドアの合わせ目に指先をこじ入れ、無理矢理開ききる。
 やや小振りな、それでも部屋というのは広いドーム状の空間。林立する機器群。中央にマニピュレーターやヘッド
セットがついた手術用の可変式ベッドがあった。そのベッドに腰掛けている娘。どうやら本物らしい。
 電磁険を手に機器の陰から飛び出すガラリア。捨拾が”彼女”の前に立ちふさがる。一騎打ち。激しくうちあいな
がら部屋を出て行く二人。残された”彼女”と娘。

『あんたが、彼の最後を知っているなんて、私は信じないわ』
『知っているなんて言ったことはないわ。ただ、推測して、それが当たっただけ』
『推測? 彼の時代に生きていたのはもうあんただけなんだから、好きに言えるわよね』
『そう、私が彼の最後の希望だった』
『希望? 代替品の分際で』『遺伝子設計は彼の手にも余ったのよ。いえ、正確には彼の目的には使えなかったとい
うことね。なにしろ、あなたが「氏より育ち」という素晴らしい実例』
『ウソよ。彼は人間を作りたかったんだから』
『底があなたの思い違い。彼が望んだのは永遠の生命。やむことのない、切れ目のない永遠の記憶を彼は望んだ』
『だから、あなたのようにクローンを作ったりはしなかった。』ガラリアのこと。
『機械のくせに』
『私の記憶の多くは彼のもの。記憶は思いそのもの。彼の思いは私と共にある』
『……』
『でも、すべてではないわ』
 遠くでガラリアと捨拾の戦う音が谺している。
『いいことを教えてあげる。あなたも私と同じように、彼の痕跡を探しているようだから。でも』
『でも?』
『300年遅かったわね。私が見つかられる限りのものは見つけて処分したわ』
『まさか』
『いえ、これはほんとう』
『すべてなんて無理に決まっている。第一彼の乗った宇宙船は消息不明で』
『私は見つけたわ』
『!』
『彼はこれ以上はないほどに死んでいた。ただ』
『ただ?』
『愛猫は生きていたの』『やせ細っていたけど、生きていたわ。』
『まさか、あの猫がそうだなんて言うんじゃ』
『そのとおり。あの猫は普通の猫じゃないのよ。彼の遺伝子を結合してあるの。おまけにあなたのと同じ加齢システ
ムの制御をしているし』
『つまり、あの猫が彼ってこと?』
『馬鹿ね。そんなわけないでしょ。ただ、彼の遺伝子はあの猫の中にあるというだけよ』
『信じられない。彼が、そんな遺伝子だけを残したりするはずがない。それは彼の目的じゃない』
『そのとおり。彼はけっきょく成功しなかった。それでおしまい。さぁ、くだらない実験はやめなさい。永遠の命な
んて、追い求めても無駄』
『なんかおかしい、……彼の遺伝子が手に入ったら、おまえが何もしないわけがない』
『ま、それは』
『おまえ。彼を作ったろ? それでそんなに余裕たっぷりなんだな……まさか、あいつ!』
『いい加減にしないと、お仕置きよ!』
『なにそれ?』
”彼女”が動く前に娘が動いた。と、同時に壁が崩れ、ガラリアが飛び込んでくる。その後に捨拾が続く。激しく立ち回ってきたのだろう、捨拾もガラリアも装甲や宇宙服を脱ぎ捨てていて、身軽な戦闘服姿になっていた。その所々が破け切り裂かれて血が滲んでいる。どちらかといえば捨拾の方が傷だらけだった。
 間合いをとったのも一瞬で、すぐまた激しく切り結び始める。ときおり、剣先をそらして組み討ちになる。
 二人が現われるやいなや、“彼女”が後方に跳んだ。いつの間にかバックアップを胸元に抱えていて、着地するや床の上を転がってから膝立ち姿勢になった時には鈍く光るレーザー銃を構えていた。
 少女大統領=クローン元もその場で高く舞い上がっていた。少女らしいフレアスカートが風に舞う。そのスカートの下から取り出したレーザーガンで“彼女”を狙う。
 輝線が激しく交差した。と、激しい火花と共に照明が消えた。暗闇に包まれた室内は埃が輝線を散乱させ、異様な輝きに満ちていた。
 捨拾はガラリアと組み合ったまま、床の上で、その動きを止めていた。いや、動かすことができなかったのだった。ガラリアの頬に鋭い傷跡が走っていた。ゆっくりと鋭角的な顎の線をなぞるように伸びていく赤色の線が、頭上を飛び交うレーザーの灯りで鮮やかに浮かび上がっていた。
 「けっこうやるじゃないか」相手の目を見つめてぼそりとつぶやく。刹那ガラリアが捨拾を射殺さんとばかりの眼力で見返すと、両腕のかいなを、激しく跳ね上げ、横たわったまま捨拾に鋭いキックを繰り出すと、全身をバネにしたような滑らかな一動作で立ち上がった。すぐさま、まだ床に倒れている捨拾にレーザーソードを打ち込んでいく。
 壁や天井のパネルがレーザーに切り裂かれ、大量の埃を枚上げて瓦解していく。
 「ええい! どこにいる!」少女の声が飛んだ。まるで液体のように周囲に舞う埃のせいで、動体センサーも働かなくなっている。ガラリアの振るう切っ先が鈍い音をたてて床をえぐった。反射的に捨拾は背後に空を切って床を離れた。が、着地した足元は瓦礫屑が不安定に積み重なっていた。
 「ああっ」思わずよろける捨拾の声めがけてガラリアが剣先を伸ばして踏み込んだ。
 “彼女”はいつのまにか床の上に小さくしゃがみ込んでいた。レーザーライフルを腿の上に横たえ、焦点の定まらないまなざしで俯いている。つと、立ち上がった。片手にライフルを、反対の手でバックパックをぶら下げて、ゆっくりと闇の中を歩みはじめる。
 捨拾は刹那、ガラリアの剣先を避けていた。ただ、右の耳がきれいに両断されている。そんなことにお構いなしに捨拾はそのままガラリアとの間合いを積めると、その胸元を両の掌で一気に突いた。
「うっ!!」カウンターとなった突きが急所を突いて、僅かなうめき声だけでガラリアはその場にくずおれた。
「やれやれ、装甲服を脱がすのに手間がかかったもんだ。てててっ。」耳を押さえる捨拾。
2010/04/13

目が覚めていたことに気づいた。
 瞬きをして。
 見慣れた天井の配管を見上げている。
 ぶん、と視界が揺れた。配管のそこら中に浮いている錆や液漏れの縞模様、パッキン代わりにねじ込んだボロ切れ。見慣れたように、あった。
 視界の隅、ぎりぎり切れかかった端に数字が明滅したと思ったら、消えていた。
「2.24?」
「目が覚めたようね」声がした。これも天井と同じようにとても聞き慣れた声。
 ゆっくりと声のした方に視界を動かしていく。顔を向けているのだろうが、まだ自分自身が上手く固定できていないような感じだった。
「気分はどう、ネオ?」そう、老婆が言った。
 手入れのされていない半白の髪。まるで絡み合ったバネのようだ。
 その髪の下の柔和な笑顔の視線と、眼があった。そう、彼女は。
「ずいぶん時間をかけたのよ。もう失敗している余裕がないから」
「手遅れかもしれんがね」別の声が言った。
 ぶん、また視界が揺れる。とたんに老婆の姿がモザイクに滲む。が、すぐにまるで潮が引くように視界の下から元に戻ってくる。
 その奧にもうひとりこちらを見ている。
「スミス!」彼の名を叫んでいた。上体を一気に起こしたせいで視界が大きく跳ねた。
 めまいを起こしたように視野が霞んだ。
 ブラックアウト寸前で視界が戻る。
 白色の鈍い灯りを放つプラパネルで覆われた無機質な天井。その視野の中に、”予言者”がのぞき込む。
「急に起きるからよ。今はまだ完全じゃないんだから」
「今はまだ?完全じゃない?」
 首をねじると、彼女の横にスミスが立っていた。いつものまったく特徴のないスーツにサングラス。
「何故スミスがここにいる? そもそもこれはどういう……」
「あなたは再生されたの。」
「再生というよりは復元だな」スミスがベッドの脇に来ると、俺の手を取った。親指と人差し指で掌をつまむようにして持ち上げる。患者用の上着の袖がずり落ちて、腕があらわになった。
 ブロックのイズが一瞬、その腕を走った。その腕を振ってスミスの指から逃れると、ゆっくりと上体を起こす。ゆっくりと体を回転させ、両足をベッドの脇にたらして自分の姿をあらためて確認する。素足にオレンジ色のビニールスリッパ。
「いったいいつだ?」声に出したのかどうか、答えは間髪を入れないものだった。
「あれから」