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日群の社』という漢字、よ~く覚えてから下の内容を読むと、不比等の悪事がよ~く解ります。

       

日牟禮八幡宮

ウィキべディアより引用。元記事は→こちら
伝承によれば、131年、成務天皇高穴穂の宮に即位の時、武内宿禰に命じてこの地に大嶋大神を祀ったのが草創とされている(この大嶋大神を祀ったのが、現在の大嶋神社奥津嶋神社なのか、境内社の大嶋神社なのかは定かではない)。275年、応神天皇奥津嶋神社から還幸の時、社の近辺に御座所が設けられ休憩した。その後、その仮屋跡に日輪の形を2つ見るという不思議な現象があり、祠を建て、日群之社八幡宮と名付けられたという。 



691年、藤原不比等が参拝し、詠んだ和歌に因んで比牟禮社と改められたと云われる(「天降りの 神の誕生の八幡かも ひむれの杜に なびく白雲」)。

991年(正暦 2年)、一条天皇の勅願により、八幡山(法華峰)上に社を建立し、宇佐八幡宮を勧請して、上の八幡宮を祀った。さらに、1005年(寛弘 2年)、遥拝社を山麓に建立し下の社と名付ける(現在の社殿は下の社に相当)。


~引用以上~


何気なく漢字をすり替えて居ます。



日群の社』→『比牟禮社』禮は礼の旧漢字です


これを分析すると全然違う意味にされている事がわかります。


【以下の漢字の説明はすべてコトバンクからの引用です】

『日群』は

ひ 【日】
(「陽」とも書く)
太陽。日輪。おひさま

太陽の光線。日ざし。日光

ぐん 【群】
群がること。集団。「―をなす」


つまり・・・。


太陽もしくは日輪が集団、つまりは複数という意味になりますよね?


ところがです・・・・


『比牟禮』は

デジタル大辞泉より

1.くらべる ころ たぐい

2. 二つのものをくらべた割合

3. 同列に並べる。並ぶ。「比肩・比翼/櫛比(しっぴ ..

4. 同等に扱われること。同列におかれること。たぐい

ニコニコ大百科より

意味

ウシの鳴き声、大きい、増やす、倍、(冒と通じて)取る、奪う、(侔と通じて)ひとしい。

礼〔禮〕goo辞書より

レイ(漢) ライ(呉) [訓]いや うや
[学習漢字]3年
〈レイ〉
社会生活上守るべき行動の形式。規範となる作法。また、儀式・制度など
敬って拝すること。おじぎ
感謝の意の表明。おれい
〈ライ〉
敬って拝すること。

これだと並んで奪うものを拝すると言う意味になりますよね?

はい(*^^)vそうなんです・・・・。

実はこれ【日食】という意味にとって変わられて居ます。

その後・・・

1876年(明治9年)に郷社、1916年(大正5年)には県社に列せられる。1966年(昭和41年)、神社本庁別表神社に加列し、神社名を日牟禮八幡宮と改称する。


つまり神社本庁さんは、『日群』ではなく・・『比牟禮』の方から名前を付けてしまっていると思うのです。

日輪が二つはあり得ないから皆日食の事だと錯覚させられてるのですよ・・・。

なのでもう一度写真を出します。


はい(*^^)vこの現象・・・・。
でも先に書いた様に・・・・。

応神天皇様の言動を見て下さい。


「3世紀のその昔、誉田別尊(応神天皇)が、二つの日輪を見た、という奇端があり、祠を建てて 「日群之社八幡宮」と名付けらた」

※きずい【奇瑞】めでたいことの前兆として起こる不思議な現象。瑞相(ずいそう)。吉兆。



そして・・・・


龍宮神示の予言
三千年の梅の花、一度に開くその時に、共に潰(つい)ゆる難を避け、ノアの方舟、モーゼが、いよいよまことに現はるる。

 神が口かり文字をかり、予言されたる数々の、真実(まこと)となりて現はるる。

 主神は下生したまへり、三つの巴は火を散らし、波あららげて五つの島、七つの海はゆれゆれて、日輪二つ大空に、輝く世をば三元の、長き歴史の幕をとづ。
(『天の巻』「主神下生」)


つまり・・・・三次元が終わりを告げると、とても吉兆だという事ですよ!


・・・・つまりはそいう事だと思いますヽ(^。^)ノ

因みにノアの箱舟とは・・・『太陽船』の事だとタカチホは考えて居ます。

だって実際目撃しましたので。アメンバーさんには御紹介の通りです。

実在します。

ただ・・・あれを物質化するのには、色々な条件がいりそうです。

早く整うとよいですね。




おしまい