ワシの中で、価値観が大きく変わったあの311からはや、3ヶ月が経とうとしている。

このブログでも度々登場している 励まし屋 のオッサンとしては歌やステージだけではない「何か」をせねば!と切迫感を感じる毎日である。

物資を集め、実際に被災地に行ったり、歌ったりしている日々ではある。
ReSmileプロジェクトにも参加させていただいて、、、とにかく色々だ。

そして、そのどれもが正解であると思うし、反面もっとやれることがあるとも思っている。

なにより、日を追う毎にだんだんと人々の記憶から薄れてゆく感じが嫌だった。

原発関連のみならず、地震や津波で被災し、今なお苦しい生活を強いられている方々を忘れることなく、今生かされている事に感謝して日々を過ごす「何か」が出来れば・・・

そんな日々の中で、アドベンチャーランナーの高繁勝彦さんと出会えた。

以前より励まし屋の曲をランニングの供としてくれていたランナーの方の縁で、高繁さんが主催している「PeaceRun」のプロジェクトソングを制作して欲しいと依頼を受けた。

高繁さんは元々教員で、平和の大切さや尊さを訴えるために走り始めた一市井のランナーである。2010年に日本縦断3300キロの旅を行っている。その高繁さんがその活動の場を世界五大陸に広げ、アースマラソンに挑戦するために今月20日にアメリカへ旅立った。

高繁さんはなかなかのアイデアマンで、run x 10(ラン・バイ・テン)という運動を始めている。これは全国の市民ランナーに対して「1キロ走る毎に10円を被災地へ向けての義援金としよう」というもの。

ツイッターでは高繁さんを中心にランナーからランナーへと run x 10 の輪は確実に広がりはじめている。(ツイッターでのハッシュタグ #runx10)

それを聞いた励まし屋はすぐさま企画をパクらせてもらい(もちろん、高繁さん承認済み:笑)ランナー達がやるのであれば、歌うたい達も!といったノリで song x 10 (ソング・バイ・テン)を始めたのである。

もうお解りだと思うが、ストリートやライブハウスで1曲歌う毎に10円を募金する、単純なもの。何曲歌ったかを集計して、各アーティストが好きなときに好きな方法で募金すればよいのだ。

あと、一般の方で、単純に歌が好きな方でカラオケなんか行ったときにもOK!
楽器を演奏する方ももちろんOK!

どうでしょう? ミュージシャンの皆さん。そして、歌が好きな、音楽好きの全国の皆さん。やりませんか?

そして広げませんか?この活動。ツイッターでハッシュタグ #songx10 が沢山見れるようになったら楽しいですよ。きっと!

311を、被災地を忘れることなく、そして楽しく健康的に支援出来るのです。

そんなわけで、ワシは励まし屋の一員としてsong x 10は勿論のこと、run x 10も始めてます。

いつまでも311を忘れることなく。である。
気仙沼に行ってきました。

自分たちに出来ることは何か?

渋谷にて出会った仲間達と共に集めた、道行く人による被災地への応援メッセージは1000を超えた。
励まし屋として物資を出来る限り集めて、メッセージの一部を携えて東北に向かった。

渋谷で励まし屋を見て、池袋のストリートライブを見に来てくれた自称「ニート」のコースケくんが現地でのナビゲートを快く引き受けてくれて、気仙沼と大島にお邪魔した。

もちろん余震も怖かった。

それよりも、励まし屋を名乗っているのにも関わらず、こんな時にあまりにも無力な俺たちが、現地で改めて無力さを思い知らされる事が容易に予想されている事実のほうが怖かった。

そんな諸々、腹を括っての気仙沼訪問。

気仙沼の九条というところで大島から避難された、被災者の方の話を聞くことができた。

自分たちの事で大変なはずなのに、快く迎え入れてくれて「沢山の避難所がある中、気仙沼に来てくれて本当にありがとうございます」と言葉を頂く。

ご近所の一般家庭に身を寄せいている被災者の方達と分けてくださいと物資を手渡す。そして近所にある九条小学校にメッセージを渡してもらうことに。

その後、気仙沼大島に向かうべく気仙沼港へ。ある地点から街並みは一変する。がれきの山の間を走る。あたり一面木材がれきの「茶色」の世界だ。言葉を失うとはああ言うことなのだろう。

そして、地盤が約70センチ沈下した港の船着場は満潮時となるとほぼ波と同じ高さとなる。そこで車から物資を降ろし船に積んで大島へ。

爆発して焼けたコンビナートと延焼した船の数々。転覆して海から飛び出した船尾・・・まるで映画のセットである。この世のモノとは思えない。

約20分で大島に到着後、現地のスタッフに迎えに来てもらい荷物と共に避難所へ。

現地のスタッフのみなさんから凄く丁寧に「ありがとう」と御礼を言われる。

避難所の中にお邪魔して物資を手渡す。

子供達やお年寄りに声を掛けながらお菓子や、甘いモノを手渡す。

子供は無邪気だが、お年寄りには先程と同じく丁寧に「ありがとう」と言われる。

その頃から俺は違和感を感じ始めた。

励まし屋のクルスくんに言わせれば「ありがとう」が突き刺さるのである。

こんな楽な生活をしている俺たちに対して「ありがとう」って言ってくれるのだ。

もしかしたら必要ないモノだったかも知れないのに。

もしかしたら好みでないモノだったかも知れないのに。

そして何より、一番に大変な苦労をされているのは被災された皆さんなのに。

人間の温かさ、東北人の暖かさがこもった「ありがとう」に心底感じ入りました。

最後に現地の責任者の方から「ここは本当に魚が美味しいんです。絶対にあの豊かな島に戻りますんでその時は是非とも食べに来てください」

言葉にならない。

支援ってなんだろう?

物資を集めて届けること。正解だろう。
募金をすること、募ること。正解だろう。
世の中に影響力のある人は、炊き出しや、ライブで励ます。間違っていない。

色々な正解がある中で俺は思った。

気仙沼大島が限界かも知れないが、小さな俺たちでも度々訪れて、立ち上がってゆく様を見せてもらって、また会う約束をして、そしてまた会いに行く。

話し相手でも良し。子供達に一斉にボールを投げられてストレス発散の道具にされても良し。
ご要望があれば歌を聴いてもらうのももちろん良し。

俺たちが出来る復興のお手伝いとは、現地の人と信頼関係を築きながら「訪問し続けること」だと思う。幸いにもそれを実行出来るプロジェクトにも出会えた。「ニート」コースケ君、ありがとう!

そう、続けよう!美味しい魚が食べられる日まで。