日本平桜マラソンに挑戦した。9キロの関門を通過できずに、日本平に桜が散った。救護車に乗って、清水側に旧道を下った。清水港を望む風景は絶景だった。来年は走ってその絶景を望みたい。

 自重しすぎた。9キロを通過すればあとは何とかなる。スローペースに体がなれた。上りの途中の平らなところでもスピードが出ない。もう体がいうことをきかない。9キロの関門まで何とかたどり着いたというのが実感だ。作戦ミスである。

 来週の焼津のみなとマラソンは平らなコースと思うのであまり心配はしていない。心配は次の掛川の新茶マラソンだ。これはフルマラソン。距離を踏む練習ができていない。みなとマラソンの前の土曜日しかチャンスはない。

 

 生まればかりの赤ん坊には無限大の可能性がある。0=無限大。

 入社したての新入社員には無限大の可能性がある。0=無限大。

 定年間近の何もしてこなかった古参社員には何の可能性もない。0=0。


 週末にレースを控えているランナーが今日刺激をできなければ完走はない。


 つまり、始めの一歩がなければ、ゴールには至らないのである。


 自分探しのニートは始めの一歩が必要。親の範疇での始めの一歩でもよい。


 でも、この親の世代が団塊の世代なのかな。自分の世代の成功体験を次世代に継承することが必要だ。

 毛布は、布団の上、それとも下。

 毛布の掛け方に二通りあることが分かった。毛布を掛けて、その上に布団を掛ける方法と、その逆で、布団を掛けて、その上に毛布を掛ける方法とだ。

 一番上に、毛布を掛けると暖かくないのではないかと思うが、そのようにする方法もあるというのだ。

 居酒屋談義であるが、どうも寒いところで生まれ育った人たちは、毛布を掛け、一番上に布団を掛けるが当然と思っている。ところが、機密性に優れた都会生活の家庭では、布団の上に、毛布を掛けるのが普通と思っているらしい。あまりにも当然のことと思っているいることなので、今まで論議の対象にならなかったテーマなのだ。夫婦間、友達間でも突き詰め論議がこのテーマはされていない。夫婦間の味噌汁の味以上に触れてはならないテーマなのかも知れない。

 果たして、どちらが正解なのか。