2
それでも
から
もらった手紙には
たった3枚の紙きれだけど
つまっとって
本当に嬉しくて
涙がとまらんかった。
なんとしても
子供を守ってやろうって
本当に思ったよ。
世間がどう見ようと
うちらの子供には
変わりなくて
うちらが
精一杯愛してあげようって。
堂々と育てて
産まれた時に
産まれてきてくれて
ありがとうって
言えるように
自信持とう!って。
できて
なんとなく
お腹の中で育ててきて
なんとなく産まれてきた
できちゃったは
やっぱりダメやと思う。
でも
こうやって二人で
真剣に考えて
この先不安も
いっぱいあるし
不器用やけど
母親として
父親として
子供をまもってあげたいし
うちらを選んで
奇跡的に授かった
この命を
無駄にはしたくない。
産まれて喜ばれん
命は絶対
あったらダメ。
不安やったけど
周りのツレや
仕事場の人
ツレの親や
家族。
皆喜んで
受け止めてくれて
本当にありがとう。
幸せだねって
お腹の子に
毎日言ってる。
あなたは
皆に祝福されて
見守られて
産まれてきてくれた。
ありがとうって
そして
産もうと決意した
理由がもう一つあります。
産む決意をするまでに
何度か病院へ行きました。
そのたび
妊婦さん意外にも
不妊治療で
こられている人たちも
たくさん見てきました。
女として
やっぱり子供を産みたいって
気持ちはあるもの。
そんな頑張ってる
方々をみて
今回自分が
授かった命は
簡単に得られるものじゃ
ないんだと
強く思って
いろいろ考えさせられました。
だからこそ
この命を大事にしようと。
これから頑張るからね。
1
やっと報告できます
ただいま
お腹の中に
赤ちゃんがいます
まだ安定期じゃないけど
5か月前
いわゆる
できちゃった。
できる前
めっちゃ結婚したいけど
それじゃったら
子供できたほうが
早く結婚できるくね
そんなことを言われた
ことがあって
その時
バカバカしくて
こいつアホかって
呆れたのが一番。
恵理の周りも
彼氏と子供作って
結婚してやろうか!
なんて声も・・・
そのたびに
子供は結婚するための
きっかけや
道具じゃないと
心の中で何回も思った。
そんな気持ちで
子供ができて
育てていこうなんて
簡単じゃないと。
私はあくまでも
順序よく
結婚して
2人で話合って
子供が自然とできるのが
理想だったし、
子供がおっきくなって
あなたができたから
結婚したんだよって
説明はしたくなかった。
それでも
さけていた
できちゃった。
わかった時は
嬉しさもあったけど
自分自身
すごく複雑やった。
あれだけ自分で
言っておいて、、
やっぱり
世間の目を一番に考えた。
できて、今日までに
何回も皆の
知らんところで
いっぱい泣いてきた。
仕事中も
我慢ができんくなるくらい
泣いてきた。
自分の情けなさや
自分の子供に対して
100%喜んで
あげられなかった辛さ
不安や、怖さ、
親に対しての申し訳なさ、
いろんな感情で
子供を産む自信さえなくて
中絶さえ考えた。
わからんくて
初めて病院に行った帰り
よかったな!
頑張ろうな!
じゃなくて
産んでほしい、けど
・・・
だった。
あれだけ
できたほうがって
言っておきながら
ほんまにできたら
困るんじゃん。
って思った。
でもさらに
不安になったのは事実。
それで
話もした。
それでダメなら
中絶しようって。
3.11
3.11
今日で東日本大震災から
1年になりました。
去年ちょうど2時頃から
仕事の休憩に入って
休憩に戻る時に
ニュースが入りました。
その時はまだ
津波もきてなくて
阪神大震災より
大きな地震と聞いていただけで
仕事から帰ると
ニュースで大変なことに
なっていて
唖然としました。
すぐ地方にいっている
ツレに電話しまくって
電話が繋がらなくて
連絡がとれたときは
ほっとしました。
ここ何日か
東日本大震災の特集で
テレビもみましたが
私は申し訳ありませんが
そのすべてを
見ることができず
ショックと残酷さと
不安感で何回もチャンネルを
回してしまいました。
目を反らしてはいけない
現実。
これからも忘れてはいけない
出来事。
日本人皆が
ショックを受けたと
思います。
2時46分
天満屋全館で
黙祷を捧げました。
一番びっくりしたのは
館内放送中
周りのお客さんも
真剣に聞いていたこと。
小さな子供や
小学生
中学生までも
足をとめて
黙祷したこと。
感動したし
日本も捨てたもんじゃないと
思いました。
それと同時に
日本の国民皆が
3.11について
こんなにも真剣に
思っていること。
人の温かさを
本当に実感しました。
何もできない自分ですが
今日1日
いろんなことを
考えさせられました。
心よりご冥福申し上げます。