早速ご無沙汰してしまいました。

毎日更新してるブロガーの方、本当に尊敬します。

何かコツはあるのでしょうか?

是非教えていただきたいです(*´꒳`*)


さて、今日は指導教員のもとで

卒業論文の指導を受けてきました。


とは言っても、私の学科では必修ではないので

かなりユルいものですが。笑

論文構成のアドバイスとその他雑談をして参りました。

先生の邪魔しかしてませんね( ^ω^ )


一応論文の方針は明らかになったので

それに向けて、これから控える個人発表の準備に

取りかかっていきたいと思っています。


ブログの更新もその発表の準備に合わせて

整理のために投稿していこうかな、と思います。


読んでくれてる人はいないと思いますが、笑

一応現状報告でした。



ゆとり

今日は『魔女狩り』(浜林・井上著)で紹介されている

 

終息論についてまとめようかなと思っていたのですが……。

 

 

95%くらい完成した瞬間に

 

IEのトラブルですべて吹っ飛んでしまいました。:゚(。ノω\。)゚・。 ウワァーン

 

 

もう、いいや。笑

 

ということで、終息論はまた別の日に書きたいと思います。

 

 

とりあえず、今日はこの辺で。

 

 

 

ゆとり

「魔女狩りは啓蒙の裏返しである」

というのが、教授の一般認識なのか、

別分野の教授からも聞いたことがあります。


「何故ですか?」と聞くのもみっともないので

一応これを研究テーマに定めていますが、

先日、恋人にある問題提起をされまして。


「啓蒙の原因はなにか?」

テーマをただひっくり返したようなものですが

盲点でした……というか、答えられない。^^;


魔女狩り研究にシフトする前は

カント哲学に片足突っ込んでいましたが、

カントの時代はすでに啓蒙時代が広まっていたので

この問いに答えられるような知識ではありません。


啓蒙の概説書も読まなくてはいけませんね。

いくつかアタリつけていますので

読んだらまたブックレビューを書こうかな。


ところで、ブックレビューなんですが

実は初めての試みで、試行錯誤しているところです。

拙い文章ですが、少しでも上達できるよう頑張ります。


それでは、今日はこの辺で。



ゆとり

今日は夕方から夜までバイトなので
午前中に更新しちゃいます。

「魔女狩り」と調べると結構出てくる
現代の魔女狩りとやら。
見ると少しだけ複雑な思いがあります。笑

浜林・井上の『魔女狩り』を読んでからは
魔女狩りとはスケープゴートだ!とか
プロパガンダだ!とか
一言で言い表せなくなってしまいました。
(横文字は嫌いですが、あえて使ってみました)

スケープゴート(身代わり、生贄)は概説書などによく書かれていますが
そういう側面はあっても、一概にそうとは言えない気がします。
なんてったって、魔女は実在していたんですから!(当時の人にとって、ですが)
魔女を生贄にした、というよりは
素直に魔女の罪を裁いていたんじゃないかな?

プロパガンダ(特定の思想を押し付けるための宣伝)だって
もちろん知識層にはそういう活用法があったとしても
魔女狩りの主役は民衆で、キリスト教宗派の違いは関係ない。
キリスト教の異端を排除、という思いよりも
自分(達)に降りかかった災難を再発防止!という思いが浮かび上がります。

そんな、様々な側面を持った魔女狩りが
都合よく解釈されている気がするのが
「現代の魔女狩り」という言葉なんです。

これはなにを意味するのか?と思えば、
どうやら「権力者や多数派が異なる考えを異端として排除する」という
魔女狩りの始まりを指し示すそうで。
(iPhoneの辞書です)

それって、異端狩り(異端審問)じゃないか?とか
思ってしまうわけです。

魔女は少数派とか思想の違いとか以前に
(彼らにとっては)犯罪者ですからねえ……。

異端審問と魔女裁判の繋がりも
いつかちゃんと書きたいですね。

とりあえず今回はこの辺で。


ゆとり

先日、教授から聞いた言葉、

「パラダイムシフト」 について軽く調べておこうと思います。

本格的な研究に入る前の下調べのようなものですので、

根拠のある内容ではないことを予めご了承ください。

 

パラダイムシフト: paradigm shift)とは、その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいう。パラダイムチェンジともいう。

科学史家トーマス・クーン科学革命で提唱したパラダイム概念の説明で用いられたものが拡大解釈されて一般化したものである。

パラダイムシフトは、狭義では科学革命と同義である。

 

――「パラダイムシフト」 wikipediaより引用

 

研究においてウィキペディアなんて論外なのはわかっていますが、

概要つかむには、やっぱり便利です。笑

あとでちゃんと調べ直すので、何卒ご容赦を。

 

Wikipedia先生によれば、一般に知られるような「パラダイムシフト」というものは、

最初の提唱者、トーマス・クーンの意図した範疇ではないようで。

自分の想定した以上の範囲で使われるようになってしまい、

「パラダイム」という概念は撤回までしたそうな。

 

まずトーマス・クーンが提唱した「パラダイム」というのは、

自然科学における業績のことを指します。

 

ただの業績ではありません。以下の二つの特徴を持っています。

 

  1. その業績は、「他の対立競争する科学研究活動を棄てて、それを支持しようとする特に熱心なグループを集めるほど、前例のないユニークさを持って」いる。
  2. 「その業績を中心として再構成された研究グループに解決すべきあらゆる種類の問題を提示してくれる」

――「パラダイム♯パラダイム概念の周辺」 wikipediaより引用

 

この言葉は20世紀に登場した、科学史の特別用語ですが、

当時の科学とは、「17世紀科学革命」以後に成立した、

「実証性」という特徴をもつ知識の様式となっていたようです。

(余談ですが、ここからオーギュスト・コントは実証主義なる哲学にまで発展したようで)

 

Wikipedia先生を読んでいる限りでは、

恐らく地動説とか、ケプラーの法則とか

そういったものがパラダイムと呼ばれるものではないかな?

 

さて、これが拡大解釈されると

「考え方」とか「常識」とかになってしまいました。

 

パラダイムシフトとは、

「それまでの常識が覆され、新しい常識が生まれること」

といった社会の枠組みの変化を表すことまでできるようになってしまいます。

 

前のと比べると、あながち間違ってもないような気もしますが、

かなり広義になってしまっていますね。

 

そんな中で、この「パラダイムシフト」がここで挙げられるかというと、

魔女狩りの終息が広義の「パラダイムシフト」によるものと考えられるのでは?

という指摘を教授からいただいたからです。

 

前回ブックレビューを記した『魔女狩り』(浜林、井上)の中で、

魔女狩りの終焉原因を3つ挙げていました。

  • 科学と魔術が明確に区別されるようになった
  • ヒューマニズムが広がりつつあった
  • 中世から近代への過渡期が終了した

それぞれの詳細は本書に委ね、追々書けるようになればいいなと思うこととして、

この1番目と3番目が「ごちゃまぜのものが整理されている」と

解釈できるのではと考えています。

(本当は、書かれた情報が「本当か?」という眼差しが大事なんですが

私にはまだまだそれがわかるまでの知識や覚悟がありません)

 

それを考えるにあたって、

「中世から近世へのパラダイムシフトが起こった際の混乱」が

魔女狩りと言えるのではないかという指摘でした。ふむ、なるほど。

 

先生はさらに「魔女狩りが一種の革命のような出来事かもしれない」ともおっしゃいました。

 

曰く、思考の枠組みが変化するときには二つの方法があって、

枠組み自体をとっかえてしまうことと、

中のパーツの変化に伴って変わらなければならないこととが

考えられるようです。

 

魔女狩りに伴う変化は前者であり、

革命的な事象の反動が魔女狩りともいえるのかもしれないということです。

 

魔女狩り自体を「事象」と考えていて、それが穏やかに終わったことに注目していた私にとって

「革命的」というキーワードには大変ショックを受けました。笑

 

そんなわけで「パラダイムシフト」という考え方を用いて

魔女狩りについて考えることもできる道を与えられたので

おとなしく、そっちも頭の片隅に入れておこうと思います。

 

不毛な戯言でした。

 

 

ゆとり