各位
ご無沙汰しております。
「鉄道本部報」で使用していたgooブログの閉鎖に伴いAmebaブログへ移転しました。
以前の記事はパスワード制で閲覧できるましたが、本ブログでの使い勝手がわからないため草稿状態で未公開扱いとなっています。
時期を見て閲覧可能にしたいと考えていますが、現時点では色々未定です。
忘れた頃に更新するかもしれません。
今後ともよろしくお願いします。
西東京鉄道管理局 鉄道本部報
201系全廃になって、模型と青梅鉄道公園クハ201-1展示が生きる糧。
2025.10.15
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「鉄道本部報」で使用していたgooブログの閉鎖に伴いAmebaブログへ移転しました。
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時期を見て閲覧可能にしたいと考えていますが、現時点では色々未定です。
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西東京鉄道管理局 鉄道本部報
201系全廃になって、模型と青梅鉄道公園クハ201-1展示が生きる糧。
2025.10.15
当ブログを御覧いただきありがとうございます。
先日You Tubeにアップされた動画内に当方が撮影しブログ等に掲載した写真が許可なく使用されていました。
大変遺憾ではありますが当面の間ブログ(鉄道本部報)はパスワード制とさせていただきます。
なおホームページ(西東京鉄道管理局・201系資料館)も順次パス制若しくは閉鎖(データ消去)を検討しております。
※各HPは一時閉鎖(ページ削除)いたしました。2023.4.6追記
ご存知だと思いますが
ホームページ・ブログ・Twitterの写真(画像)の無断使用はおやめください。
もし写真や画像をYou Tube等で使用したい場合はメール若しくはメールフォームでご連絡いただければ対応いたします。(返答に時間がかかる場合があります)
基本的に当サイトの写真や画像の二次使用は基本的にお断りすることにしました。
今後あまりないとは思いますが、商業誌等への執筆や写真掲載のご相談はメール等でお願いいたします。
2023.4.6追記
1:メール:orangedrops201@gmail.com
2:メールフォーム:http://form1.fc2.com/form/?id=181070 ←確認頻度低い
HP:西東京鉄道管理局/201系資料館 他
http://jnr201series.client.jp/
http://jnr201.web.fc2.com/
blog:鉄道本部報
https://blog.goo.ne.jp/jnr201series
Twitter:ORANGE DROPS(@jnr201series)
(当ブログの閲覧パスは201系に関連した4桁数字です)
今年の下半期以降に購入した201系の部品で,ご覧のとおり運転台のマスコンとブレーキ弁の間にあるスイッチ箱です.
今まで入手した201系の部品に関しては可能な限り車両特定をしてきました.最近では販売されている部品自体に取り外した際車両番号を記入しているものも見かけますが,全てがそうではありませんし廃車数が多い時期は皆無でした.
このスイッチ箱も車番こそ記入していませんでしたが特定することが出来ました.左はクハ200-114(京葉線K4+54)で右はクハ201-128(中央線H7)で両者とも中央線と京葉線のどちらも最終編成の車両です.
特定方法としては自分の撮影した写真を基に割り出します.特徴ある部分(ステッカー貼付や目立つ傷)があれば特定は簡単なのですが,全部が全部そうではないのが実情.なので細かい傷や塗装状態を写真から見つけ出して特定をします.
左のスイッチ箱ですが,スイッチの上に「分割編成・サボ変更!」とステッカーが貼付してあります.一目でわかる大きな特徴ですぐに京葉線の車両と判断できます.ただこのステッカーを貼った車両は何両かあってすぐに車番特定とは行きません.
まず京葉線で撮影した運転台の写真を見返してステッカーがあるものを選別,その後細かい部分を見て判断しました.写真を探して最初に見つかったのがクハ201-111でしたがステッカー貼付位置や塗装状態などが異なるので不一致.その後京葉線の最終編成K4+54の6号車であるクハ200-114と断定できました.
先月開催された尾久車両センター公開でNFBパネルのATSスイッチカバーを購入したのですが,これも傷などからクハ200-128と断定できました.
こういった細かい部品一つとっても車両が特定出来たということは非常に嬉しく感じます.特に201系の運転台は大好きなため実車写真を撮影していましたが,この様に後々役に立つとは当初考えてもいませんでした.そのおかげか今まで入手した部品の約半数近く(車番が最初から記入してあるものや切抜文字等含め)は車両が特定できています.普通の人より201系が好きなら当然調べたくなるものです.

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■謎の文字
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京葉線の一部車両に添付されていた「分割編成・サボ変更!」ステッカーをよく見ると右下に小さく「カイロプラクティック」と記してあります. カイロプラクティックって何か意味があるのか?分割とか方向幕に関係するのか? …意味が分からない. ☆追記☆ カイロプラクティックとはJR社内で実施される小集団活動のグループ名らしいとのことでした. |
断続的ではあるが運用に充当されている中央線の201系H7編成.週末は予定通り73T,75Tに充当されたため,再度撮影したかった2個所をメインに数カ所で撮影を行った.
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![]() 写真上:羽村-小作 2010-7-11 各駅停車立川行(974T) 写真左:梁川-鳥沢 2010-7-10 中央特快東京行(1472T) |
10日土曜日は早朝から人身事故が発生したが,H7の運用に支障が出なかったため予定通り中央特快東京行を梁川-鳥沢で.また翌11日は早朝からの青梅線内運用を小作で撮影撮影し上記2枚の撮影を目的通り果たした.
私の周りでも12日の日曜日に終演の差し迫ったEF81が牽引する「北斗星」やEF510牽引の「カシオペア」等を撮影に数名行ったようだが,個人的には201系を差し置いて行くほどの魅力は無いため見向きもしていない.やはり201系に乗ったり撮ったりすることが一番の幸せで充実する.
以下は10日と11日に他の場所で撮影したもの.
■10日
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3枚とも豊田-八王子間
■11日

写真左:774T,写真右:875T 2枚とも拝島にて.

青梅線で土休日に使用される展望電車の四季彩に編成札が取付けられ1月24日から営業運転に使用されている.
(写真左:御嶽~川井 2009-1-24,右:軍畑~沢井 2009-1-25)

編成札は車体色である白にブルーのストライプをあしらったもので,赤字でw1と記される.裏面には「高尾以西運用可能車」などと記される.なお「w1」の「w」は事業車(Working cars)の頭文字と推測出来る.
この編成番号の呼称については以前からあり,同車車内に格納しているKE96ジャンパ線には「w1 Tc201-134」と表記もされている.編成番号が公になったのはJRRが発行する「JR電車編成表’09年冬号」に表記されてからである.
12月4日に京葉線用201系10両貫通編成1本が廃車のため長野総合車両センターへ回送された.同線には京浜東北線に投入されたE233系1000番代により捻出された209系500番代が転属,12月より順次営業運転に充当されたことにより201系が余剰となったためである.なお今年度は201系が4編成廃車されることになっているが,全て分割併合を実施しない編成でありデジタル無線対応工事を実施した分割可能編成4本は当面使用される.また同線には新型車両(E233系)投入の予定も決まっており,209系はそれまでの橋渡し的な役割となるが,山手線から転属した205系初期車についても近いうちに209系により置き換えが計画されている模様.

廃車回送は京葉車両センター最寄りの新習志野から出発し武蔵野線経由で中央線に入線,以降は篠ノ井線を経由して長野まで回送されている.
今回廃車回送された編成は中央線から2007年3月転属したクハ201-56以下10連のケヨ74で,パンタグラフがシングルアーム式のPS35Cを搭載していたため廃車回送に際し特に改造や整備は実施されていないが,避雷器については外形が小さいタイプに交換されており元々取付けていた避雷器がクハ201車内に搭載されていた.余談であるが車外に取付けられる号車札全てと車内の車両番号プレートは中間車については取外された状態であった.
上記写真は上野原を通過中の回9781M.新習志野出発時は回9780Mで運転,八王子到着後乗務員交代を実施し回9981Mで長野まで運転されている.

廃車回送が実施された時間は新習志野を昼過ぎに出発,長野には日付の変わる直前に到着するダイヤが設定された.そのため中央線用廃車回送で撮影可能であった走行写真は大月以遠では難しい時間帯に走行することとなった.左は大月~初狩間を走行中の回9781Mであるが,既に日が山の陰に隠れている.右は甲府停車中.
中央線内の数カ所の駅では数分から2時間近い時間停車する駅があった.

茅野では上り特急と行き違いの為8分程度停車.

下諏訪では2時間弱停車しており今回のダイヤで最長の停車となった.
京葉線は900番代廃車後所属車両が70両になったが,各線区の205系の事故復旧等の関係で中央線から急遽2編成が転属し,結果同センターに80両の201系が所属することになり,中央・青梅線の撤退後はJR東日本で201系最多所属区所になった.2008年11月末現在でJR東日本の201系は豊田車両センター25両,京葉車両センター80両の計105両所属していたが,今回の廃車により100両を割って95両に落ち込んだ.豊田車両センターに留置しているクハ201-1は第2種使用休止車のため実質84両となる.


中央線から直接京葉線用に転用されたのはクハ201-58以下10連とこのクハ201-56以下10連の2編成であると共に,京葉線としては初めてサハを含む貫通編成となった.転用改造は東京総合車両センターで実施されたが,その際モハを同センター所属の編成とあわせるためサハが2両続けて連結され分割編成中間クハの位置(6・7号車)に挿入された.
車内においても京葉線用の仕様にするため幾つか改造されているが,急場しのぎのため改造は必要最低限に抑えられた.
写真左:出場したばかりで美しいスカイブルーが映える.(2007-4-1舞浜付近)
写真右:1年ほど経過したケヨ74は海沿いの過酷な環境下走り続けるためか至近で見るとブルーの退色が激しく,所々中央線時代のオレンジ色が露出しはじめた.(2008-6-7 海浜幕張)

旅客車内においては妻面上部に非常燈入が新設された以外大きな変化は無く,非常通報器の取付は見送られている.乗務員室においては大型の時刻表差し新設と停車駅防止装置が京葉線用に交換された以外大きな変化は無い.運転席左上部にある乗務員間連絡装置も中央線時代のままで交換は見送られている.
中央線時代に取付けられた電照式ヘッドマークは撤去され配線孔は丸い板で塞いでいる.またステップにはボルト固定穴が残ったままである.

2007年にはE233系が投入されるに伴いT30からT130へ編成番号が改番されたが,元々京葉線へ転属する計画ではなかったため他のT編成同様にT130に改番を実施した.しかし急遽転属が持ち上がりすぐに東京総合車両センターへ入場したためT130として運転した期間はきわめて短い.(その後T130の編成番号は同年3月のダイヤ改正実施に伴いH25が引き継いだ)

2007年2月20日撮影のT130.翌日東京総合車両センターへ入場した.

JR東日本が実施している「駅からハイキング」において11月22日は『紅葉の奥多摩むかしみち』のルートが開催され,それにあわせこのルートの起点・終点となる奥多摩駅と立川を結ぶ臨時列車『駅からハイキング四季彩おくたま号』が運転された.
運転区間は立川~奥多摩間で土休日と変わりはないが,往復共立川~青梅間の運転時刻が大幅に異なると共に,同区間にて快速運転を実施している.そのため往路は「快速 奥多摩」,復路は「快速 立川」の行先方向幕を掲出し運転された.なお往路は青梅到着直前に「奥多摩」表示に変更している.

写真上・右下:復路の快速立川行(上:鳩ノ巣,右下:青梅~宮ノ平)
写真左下:青梅を出発する『駅からハイキング四季彩おくたま号』.行先表示を変更し奥多摩へ向かった.
★写真は全て2008-11-22撮影

j-train No.31に掲載した豊田車両センターの空撮写真です.
201系が3編成確認できます.左から青3,H1附属,H4.撮影を敢行したのが今年6月12日,青梅・五日市線用4両+4両の廃車回送実施日でした.
この空撮に至るまで色々とありましたが,とりあえず写真を羅列しますのでご笑覧下さい.空撮の経緯のなどは最後の方に記しておきます.
◆豊田車両センター

豊田車両センター全景.平日の午後,ラッシュ前でそれなりに車両があり留置してあった.

鳥の目線で見た201系.今はもう青3もモハ201・200-1,クハ200-1はいない.
◆日野→立川
E233系を追っかけて立川へ.

右が日野駅側

多摩川の立川(北側)寄り

新奥多摩街道をオーバーパス.写真上部の川は残堀川.
◆国分寺駅

201系が上り副本線に停車している.ここから三鷹まで201系の追跡.
◆国分寺→武蔵小金井

高架線と地上仮線

豊田車両センター武蔵小金井派出所.今やE233系で占められたここは数年前まで201系の聖地だった.
◆武蔵小金井駅

駅前開発中の武蔵小金井を南口側から望む.駅舎の形状や工事状況がよく分かる.
◆東小金井→武蔵境

東小金井付近から武蔵境・三鷹を望む.ちょうど武蔵境に進入する西武多摩川線101系が見え,奥には三鷹車両センターも確認できる.
主な空撮はこの位です.
以下は空撮に至るまでの簡単な経緯です.時間があればどうぞ.
■Episode1 空撮のお誘い
「廃車回送の空撮をしませんか?」
この空撮計画は201系族掲示板管理人のcharm1氏の提案でした.
j-train『さらば中央線快速の覇者201系』の中で豊田車両センター201系廃車回送全掲載を前号のNo.30から開始し,No.31でも青梅・五日市線と残りの中央線車両を掲載することにしていました.その中で空から廃車回送を撮影して掲載すれば凄いインパクトになるのと共に,おそらく初めてであろう鉄道趣味誌の「廃車回送」空撮の掲載という非常に魅力的な企画でした.
charm1氏はフライト当日のプランを事前にパイロットと打ち合わせ,撮影場所とダイヤを私が提示し綿密な計画を立てて頂きました.
■Episode2 無理ですか?
しかし当日は朝から激しい雨.電話で航空会社に連絡するも「フライトは非常に厳しい状況」との判断.それでも我々は一度空港に足を運び今後の天候などを航空会社の方から詳しく説明していただきました.
「飛ばない勇気も必要」
と航空会社の方の言葉.確かに天候回復は厳しい状況で,廃車回送列車の発車時間は刻一刻と近づく.ここ(空港)で粘っていても埒があかないので諦めて急いで車で山梨県へ向かうことにしました.

高速道路を使い一旦大月で降り,長時間停車のある猿橋で撮影.その後先回りし長坂~小淵沢へ向かうことに.移動の車中charm1氏は諦めきれない様子.当の私も楽しみにしていた企画であり気持ちは同じでした.この企画にはもう一人賛同し,同行してくださった現役JR運転士のM氏も一緒で当然M氏も同じ考えでした.
■Episode3 諦めきれない
車を西へ進めるに従って東京ではあれだけ酷かった雨も小淵沢が近づくにつれ青空が覗いてくる….
小淵沢に着くころにはすっかり雨は止んで青空に….
「これなら飛べるか?」
charm1氏は携帯電話で航空会社に連絡し,こちらの天候状況を説明し午後以降に飛べるか交渉.一方私は電話交渉で運転が出来ないcharm1氏に代わり氏の車を運転する.この車,左ハンドルで何度か運転しているが未だに怖い.(色々な意味で)

長坂~小淵沢間廃車回送を撮影後すぐに東京へ戻ることにした我々.フライトを完全に諦め長野県まで追いかける選択しもあったが,僅かな望みに賭け却下した.(長野以遠はげんけいは氏・味醂醤油氏が向かっているので任せた!)
小淵沢は青空でも東に向かうにつれ天候は徐々に悪くなるが「西から確実に回復しているので空港到着前後には雨は止みます」と戻る車内で再び必死に電話交渉をするcharm1氏.おそらく航空会社の方も対応に大変だったでしょう.
■Episode4 廃車回送は無理、でも…
車を走らせ調布空港に到着した我々一行.朝対応していただいた航空会社の方が応対してくださり,Charm1氏は今西の方から戻ってきた時の天候を説明,何とか飛べないか必死に交渉.あわよくば今から廃車回送を追っかけて長野県上空で撮影出来ればと考えていましたが,このとき時間は15時.今から飛んでもかなりの時間を要する事と,今朝の天候状況で飛行機のパイロットは不在だったこともあり,断念するしかない状況でした.
この日対応してくださった航空会社の方はパイロットではあるものの,飛行機ではなくヘリコプターのパイロット.我々の熱心さか若しくは同情心からか,折角なのでヘリを出して飛びましょうという話になりました.
■Episode5 確実に撮れる201系は
最初は普通の遊覧飛行というパイロットの提案でしたが,我々は鉄なので線路の上,あわよくば201系が撮影したいと考えます.そこで現在本線を運転しているのは「H7」1本だけで,これを空撮しようと企てました.朝の運用から考えるとこの時間東京都心を走行中で時刻表から場所を特定しました.しかしこのときサミット開催目前,テロ警戒などで厳しいことから都心を飛ぶのは難しいとパイロットから言われ,考えた結果「豊田車両センターにしましょう.」と私が提案しました.
豊田車両センターはこのときトップナンバーのH1附属と青梅・五日市線青3が廃車回送前で確実にいること.それにデジタル無線取付・要検で出場したばかりのH4もいるはずで201系が確実に撮影出来ると考えました.
目的地を豊田車両センターに決めた後はとんとん拍子で話が進み,パイロットが飛行計画を作成し諸手続を.用意されたヘリは黒いボディーの4人乗りでした.乗り込んでヘッドフォン+マイクを頭に付けて準備を済ませTAKEOFF!

■Episode6 トップナンバーを空から

ヘリは初めての搭乗.フワッと浮いてググッと上昇するのは何とも不思議で癖になりそうな感じでした.
飛び立ってすぐに京王線が目に入ってきます.そして府中本町構内に止まっている武蔵野線205系とその脇を通過する南武線205系をワクワクしながら眺めていたら,あっという間に豊田車両センター上空に到着しました.到着してすぐは雨上がりの空で空気が霞んで視界は良くない状況でしたが,何周か上空を回っている間に霞が取れていくのが実感できました.

眼下にはオレンジ色の車体3本を確認,H1附属,青3,H4の3本.上手い具合に3本纏まっていたので非常に撮りやすかった.僅か10分ほどの時間でしたが豊田車両センター上空を何度か回りながら夢中でシャッターを切りました.
おそらくこの日豊田車両センター付近住民の方は10分もヘリが上空を飛んでいるので何かあったのかと思ったのではないでしょうか.まさか車庫の電車を撮っていたとは誰も思わないでしょう.
この撮影をした次週にはH1附属は編成をバラされクハ201以外の3両は青3と長野総合車両センターへ廃車回送されてしまったので,我々にとってトップナンバー4両最後の姿になりました.
■Episode7
時間的な制約から10分ほどで豊田車両センターを後することになりましたが,パイロットから「中央線を通って行きますか?」と提案が.これには正直驚きました.パイロットには半ば無理にお願いしたような格好でフライトしていただいた状況で,撮影が終わった後は早く帰りたいだろうと思っていたので,中央線を通りながら帰る遠回りなルートにしてくださるとは思ってもいませんでした.
当然この提案に甘えて,「是非お願いします」と二つ返事で.どうやらパイロットも乗り気で,豊田の先で電車を見つけるや否やピッタリと併走して立川まで.出身が立川の私にとって住み慣れた街を上空から見た,しかも電車と併走するなど夢のような時間でした.
■Episode8 幻の201系
パイロットの左側(助手席)にはcharm1氏,後部座席パイロットの後ろに私,その隣にはM氏が座っていて交互に撮影出来るように機体を動かしながら中央線を上って国分寺へ.すると助手席のcharm1氏が「201系がいる!」と騒ぎ,見ると201系が国分寺上り副本線に停車しているのが見えました.本来なら201系は東京都心を走っていている為,ここにいるはずの無い予定だったのでM氏は「幻影でも見て管理人さんとうとうイッちゃったかと思いましたよ」と.
どうやらこの日は運用変更があり201系の上り列車が国分寺に停車中.本当に運が良いとしか言いようのない状況に3人は興奮状態.パイロットも空気を読んだらしく(職業柄さすがです)必死に国分寺から三鷹まで追跡してくださいました.
高架工事真っ最中の豊田車両センター武蔵小金井派出所や武蔵小金井駅など貴重な写真が201系と一緒に撮れたのは言葉に出来ないくらい貴重な体験でした.
■Episode9 次は
201系を見送って調布空港へ進路を.途中で201系を見つけ追跡したため少々時間がオーバーしてしまいましたが,パイロットも我々も満足.聞けばこのパイロットの方は追っかけフライトは何度か実施したことがあるようで,海沿いとか何度も飛んでいる話を聞きました.なるほど,撮影がしやすかったのはその経験値があったからですね.

着陸し最後にヘリをバックに記念撮影しました.その後3人で興奮冷めやらぬ状況で武蔵境の居酒屋で反省会を.普段お酒をあまり飲まないM氏もこの日ばかりはハイテンションで飲んでいました.私とcharm1氏もいつもよりお酒が美味しいので結構飲んでしまいました.
「次回は●●線でやりましょう!」
空撮って癖になるかもしれません.普段と違う緊張感と見慣れぬ目線で見る鉄道はとても新鮮です.
■Episode10 j-trainは関係無い
今回の空撮,j-train No.31を見た方から色々な感想をいただきました.
その中で「空撮は編集部(イカロス出版)で企画・チャーターしたのか」とありましたが,j-train(イカロス出版)は一切関係ありません.ただ企画として廃車回送空撮見開き2ページ掲載を事前に打ち合わせしていました.実際は豊田車両センター見開き2ページになりましたが,j-train『さらば中央線快速の覇者201系』を締めくくるのには最高の写真だったと今は思います.また何かの機会にこういう事が出来ればいいなぁと考えています.
最後まで読んでいただいた方,ありがとうございました.
(2025年12月18日 一部加筆修正)

2008年2月発売のj-train No.29(イカロス出版)から3回にわたって掲載させて頂いた『さらば中央線快速の覇者201系』が先月発売のj-train No.31を以て一連の掲載を終了しました.わざわざ書店まで足を運んで閲覧・購入して頂いた方には深く感謝いたします.
まさか私が201系のことで特集記事を纏めることになるとは夢にも思っていませんでした.はっきり言って最後まで出来るか心配で仕方なかったのですが,皆様の温かい応援や協力で何とか最後まで仕上げることが出来ました.御礼申し上げます.
せっかくなのでこの特集に当たって色々と裏話っぽいことを.
■自分が書くんですか?
j-trainで201系の特集を企画しているという話を聞いたのが昨年11月頃.その頃は丁度『E231/E233HyperDetail』を仕上げている真っ最中.依頼を頂いた中で20ページを超える初めての大きな仕事で,それなりに一生懸命やっていました.
それが大体まとまったころ編集担当者から
編集部:「j-trainで201系の特集を考えているんです」
みたいなことを言われて
自分:「そうなんですかぁ… で,どなたが記事書かれるんですか?」と他人事のように聞き返すと
編集部:「是非石●さんにお願いしたいんですけど…」
自分:「はっ??」
てっきり自分は関係ないと思っていて,写真くらいは使って貰えるかなぁ…くらいに考えていたので面食らいました.
201系の記事となれば大御所と呼ばれる方々沢山いらっしゃって,まさか自分に白羽の矢が立つとは全然考えてもいませんでしたし.
確かに夏頃に鉄道ピクトリアルの『中央線快速電車』の特集で6ページほど“中央線に残る201系の今”として執筆していましたが,あれは当時のあるがままを記しただけで特に大した内容でもないので正直j-trainの特集を受けるのに抵抗がありました.(本当に出来るのかと…)
まぁ,でも折角の依頼ですので出来る限り頑張ってみますみたいなことを言って依頼を受けました.
最初に特集の趣旨として201系は全国的ではないので「第2特集」にするとのこと.これは『売り上げ』に響くので上編の際は第1特集を『蒸気機関車』にして,表紙を201系にする.
こうすることで201系に興味を持っている方は表紙につられて手にする.またそれ以外の人(蒸気機関車目当て)は特集の大きな文字で手に取るといった戦略のようです.「なるほどな」と思いました.
第2特集とすることで一回のページ数は限られるので数回に分けて掲載する事になり,結果自分の負担も軽減し比較的余裕のある(と言っても大変でしたが)ペースで進められました.
■なぜT102なのか
この上編では10両貫通編成の『T102』を 取り上げました.何故マイナーなT102と思った方もいるはずです.答えは簡単…
『予定していた取材の日,H1が運用変更で豊田車両センターにいなかった』
当然の流れとしてトップナンバーの『H1』を取材しましょうかと打合せしていましたが,そういう理由でT102になってしまいました.(豊田車両センターの取材は編集部が実施しており私は直接関与していません)
結果としては他誌では取り上げられることのないであろう比較的地味な存在の『10両貫通編成』を,しかも最後まで残った10両貫通編成という意義のある企画になったのは良かったと思っています.
時期的にも『T102』の廃車回送も掲載出来,色々な意味で『T102』にして良かったとしみじみ思います.
『T102』のモハ201・モハ200の一部には積算電力計が床下に取り付けてありましたが,あえて触れませんでした.j-trainはスタンス的に“広く浅く”の方向で,鉄道ピクトリアルの“狭く深く”と指向性が異なるので床下の些細な差異については突っ込みませんでした.
j-train No.29掲載
■j-trainだから出来たこと ~今までに無いものを!~
◆その1「方向幕全掲載」
時期的に201系の廃車は佳境を迎え,それと同時に廃車から外した部品がイベントなどで売りに出されていました.当然私としても可能な限り入手したいと考え,方向幕を前面と側面を購入しました.それに指令器も.
そこで,良い機会なのでその方向幕を使って「中央線方向幕全種類」掲載をしました.今まで方向幕全てを掲載した雑誌はあまり見なかったので,行先種別が多く非常に興味深い中央線201系をやろうと編集部に提案し上編(No.29)に掲載しました.
実際前面と側面は自分が指令器を使って1コマずつ撮影しました.01~70までと最初と最後の「これ以上巻くな!」も含め全部で150枚ほど.地味に疲れる作業でした.
(その副産物として201系資料館にページを新設しました)
◆その2「廃車回送全掲載」
今まで車両の廃車はひっそりと行われており,雑誌に掲載されるのはその一部だけ.もっとも101系や103系などは廃車期間も長く色々と難しい点も多いと思いますが.
豊田車両センター201系は比較的廃車開始から終焉までが短期間であること,今まで25年以上にわたり中央線を支えてきた功績を全車両同等に称えるため,j-trainの紙面を借りて全掲載することにしました.
幸い一人では難しい廃車回送撮影も協力して頂いた方のお陰で無事完了できました.
◆その3「今まで分からなかったことを」
201系は車両数こそ1000両程度と103系などと比べると少ないですが,その時々,線区によって色々な改造がされました.掲載した減流値増加とかドア弾き金具などがそうですが,一番知りたかったのは『ジェット音』について.
今まで音はすると記されても原因については不明のままで,原因追及をしたい自分にとっては『課題』でもありました.
実際検修OBの方に聞けばあっさりと答えが返ってきました.喉のつかえが取れた瞬間でした.今まで東京総合車両センター公開時に係の方に聞いても「そんな音聞いたことない」と言われたりしていましたが,それも含め原因がはっきりしたのでj-trainやって良かったと本気で思いました.
◆その4「空から」
8月21日に発売した補足編,ご覧になって驚いた方もいたでしょう.
『豊田車両センター空撮』
見開き2ページで豊田車両センターを上空から撮影した写真を掲載しました.
j-train No.31は前号までで上編・下編と一応纏まった形になっていますが,廃車回送の実施時期が6月まであったこと,前回までに掲載する予定の『編成表』などのデータが誌面の都合上掲載出来ないこともあって補足編として補うことにしました.
で,あの写真です.
はっきり言って自分でもどうかしてると思いました.撮った後,撮影でご一緒する方々に言いたくて,またブログに掲載したくて仕方ありませんでしたがグッと2ヶ月以上我慢しました.本を見たとき驚いて貰いたくて.
今回はこの辺でお終いにします.長々と駄文をお読み頂きありがとうございました.近日中にこのブログで空撮の写真を公開したいと考えており現在準備中です.
j-train,3号に渡って購読して頂いた方,改めて御礼申し上げます.今後もj-trainでは何かしらやるかもしれませんのでその際は是非目を通して頂ければ幸いです.