いつも読んでくださっている方々、
大変なご無沙汰申し訳ありません。
初めて読んで下さった方、
お立ち寄り有難うございます。
本日は少し重い話になりますが、
1月2月は自分にとって
生と死について考えさせられる時期なので、
少しおつきあい頂けますと幸いです。
1月17日、阪神大震災の日は、
自分の誕生日です。
2月は、今生きている親友の誕生日と、
亡くなった親友の命日が巡ってきます。
ここ数年の間、SNS友が
突然最愛のご家族を亡くしたり、
また別の日に、同時に3人の人が、
兄弟を事故で喪ったり、
家族のように大事にしていたペットを亡くしたり、
SNS友が亡くなったこともありました。
なぜか、知人の自死や病死も相次いだ年。
去年は、フィギュアスケートメダリストの
デニス・テン選手が突然路上で刺されて死去。
画面越しでしか観たことが無いのに、
涙が止まらない程のダメージに打ちのめされました。
17年前、親友を助けられなかった、
望む優しさを手渡せなかった、悔いの記憶。
どんなに願っても、もう2度と届かない声。
会いに行こうと思えばできたはずなのに、
それが出来ないまま突然、
旅立ってしまった人達。
それでも、そうした
死を巡るダメージが自分の地雷なのだと
改めて気づいた去年から、
再度グリーフワーク(喪失ケア)
に向き合う中で、少しずつ
贖いでない生を生きられるようになって、
少なからずのことに気づかされました。
「あの時の自分はもっとこう出来たはず。
なんでそれが出来なかったんだ」
と思うことすらが傲慢で、
その時の自分はそうとしかできなくて、
自分なりの精一杯は尽くして来て、
手渡せなかったせいではなく
それはそのひとの天命で、
歩んできた先で振り返ると、
見送られ見守られていたんだと。
だから、いま
できるうちに伝えられるうちに
伝えておこうと思います。
生きている親友にも
亡くなった親友にも、
ありったけの想いを込めて伝えたい。
有難う。
出会ってくれて、
一緒に時を過ごしてくれて、
ずっと見守ってくれて、
別離も出会いも込みの人生を教えてくれて。
ずっとずっと大好きだよ。
2月1日、いま生きている親友の誕生日に
メールでそのことを伝えたとき、
贈ってくれた言葉を書き記しておきます。
「消えない思いならば、
抱えたまま共に生きればいい。
何かに救われながら生きていくのを選ぶのも、
ひとつの生き方かもしれないね」
ホントにそうだ、と思いました。
痛みを抱えているのも
全部ひっくるめて自分で、
何かに救われながら生きること
その境地を知って、
その先を見るために
生きて来たのかもしれない、と。
多分、最後は自分自身で
引き受けていくしかないことで。
引きちぎられるような痛みを知ったからこそ
振り絞るように
書いたり描いたりしたことが
誰かに届いた時、
生きてることを赦されると感じていました。
そうやって生きていった先に
繋がることが出来た人と一緒に、
歩んでいく途を探したいと思います。
ココで繋がって下さって、
本当に有難うございます。
もしも貴方が喪失の痛みを抱えているのなら、
どうかそれが和らぐ日が訪れますように。
喪失の悲しみに沈む人が身近にいるのなら、
どうか可能な範囲で寄り添う道がありますように。
BGM
「明日の風」 by山崎まさよし

byしゅくらむ
「しゅくらむ」は、アラビア語で「ありがとう」を意味しています。
ココでの出会いと、ここまで読んで下さったことに、感謝をこめて。
シュックラム!!
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