「働く」と言う事は、シンプルには、労働力を捧げる事によって対価を得る事なんじゃないかなと。

でも、それってあくまで労働者側の働き方であって、経営者側の働き方ではないよね。

経営者側の「働く」って何だろう?


やっぱり、利益を得る為にビジネスの企画や人を集めたり、そういったことじゃないかな。

なんか、この国って労働者になる事しかおしえてくれないよね。




最近、ジョブスの名スピーチと呼ばれる「スタンフォード大学」の卒業式で行われたスピーチを見ました。


□それがコチラ↓




ついでに、このスピーチを見るのはもう3度目になるのですが、毎回見るたびにやる気が出ると言うか、モチベーションが上がると言うか、そんな気分にさせられますな。

確か、大学生の時に始めてこの動画を見て、その時恥ずかしいながら「ドグマ」という言葉の意味を知らなくて調べた事を思い出します。(ドグマという言葉からロックマンのボスしか想像できなかった俺は完全にアレですよね。。)




思い起こせば、俺の大学は非常に生き方に自由な奴が多くて、起業したり海外に行ったり、勿論就職をする奴も大多数いたが、大企業からベンチャーまで様々だった。

特に何がすごいのかと言うと、「会社に就職する」という事が、沢山の選択肢のうちの一つだったという事。

普通、起業や海外の会社へ行くというのは一定数居るであろうが、それはあくまで一部と言うか例外であるだろうが、それらの選択肢が日本の会社へ就職する事と等価であったことが今思えば凄かったなぁ、、って思います。




話題変わって最近、会社の他の方と旅行に行った最中、結婚の事が話題になりました。

ついでに、この時のメンバーの年齢は二十代後半から三十代前半といった感じ。

俺と一つ二つしか変わらない先輩社員がもう婚約をしていたりとか、今後の身の固め方を考えていたりとか、俺もそろそろそんな歳になるのかーっと気づかされました。



でも、なんだろう、確かに結婚して子供生んで幸せな家庭を、というのは素晴らしい人生なんだろうが、逆にそれしか幸せになる選択肢は無いという空気を感じざるを得なかったな。。

まぁ、俺の会社は、所謂"優等生"タイプが多く集まるような会社で、あまり世の中の”考え方”と外れるような生き方をする人は少ないよなぁ。。



また、この結婚のやり取りの中から思った事は、日本人の典型的な生き方の例として、

「そこそこの大学に入り、サラリーマンになって、二十代後半から三十代の前半にかけて結婚し、三十代の後半にはローン組んで一軒家を買い、定年まで同じ会社で働き、退職金でローンを完済し、老後を年金でゆっくりと過ごす」

というのがあり、そのパターンこそが正しい人生、このパターンからはみ出ると幸せになれないとか、そんな考え方があるような気がしてなりませんでした。



でも、俺は敢えてそのようなドグマから傾いて生きていきたい!と思う。

みんなの言う、幸せになんてなれなくて上等!

如何に、クレイジーに生きるか、俺はクレイジーな奴を尊敬します。



そんな訳で、今年の抱負は「クレイジーに生きる」にしますw

おしまい。




何で、FaceBookってあんなにビジネスとして成功したんだろう?って思います。

もし、俺がFaceBookについてザッカーバーグ氏から起業前に相談されたら(絶対にあり得ないですがw)、絶対大きなビジネスとして成功しないって言ってたでしょう。

(俺には、ビジネスの先見性が無いのですかねw)



FaceBookのメリットは、「広告を出す側」に取っては面白いものだと思います。

というのも、通っている(た)学校や会社、もしかしたら交友関係等など、個人の経歴、人脈、住まいの場所まで知る事が出来る事によって、より効率よく広告を出す事が出来るからです。



例えば、今更俺に学習塾のバナーなんて出しても意味ないですけど、転職サイトのバナーを出されればちょっと気になってしまいます。

同様に、高校生にマイホームのバナーを出してもクリックする人は殆ど居ないだろうが、30代の会社員なら高校生よりは打率は高いでしょう。



様は、我々FaceBookは、他のどのサイトよりも広告効率は良いですよ。何せ個人のニーズまで分析して広告を出しますから!って事。




しかし、肝心のユーザーがそんなに多く集まんないんじゃないの?、そして上記の様なビジネスをする為にはかなり多くのユーザーを抱えないと成立しないんじゃないの?そしてそれは無理でしょ?って思うから、俺は成功しないって判断する訳。

だって、確かにネットで遠い人に繋がる事は魅力的だけど、そして一応やっては見ようとは思うけど、定期的に続けようと思う人は居ないんじゃないかな?

そして、定期的に続けるユーザーの割合が少なければ、コンテンツとしての価値が劣化してしまうでしょ。



しかし、俺の考えとは裏腹に、大きな成功をしている訳であります。



何故か?



それは、定期的に続けるユーザーの目的は、疎遠になってしまった人とも空間を飛び越えて繋がる事が目的ではないからだと思います。

むしろ、FaceBookはそれとは別の目的、そう、情報ファッションのようなものとして利用しているのでは無かろうか?


例えば、交友関係の質や数を上げる事(1000人の繫がりとか周りが高学歴一流企業とか)や、飲み会写真、旅行等のリア充アピール、いいね!しているレビューの趣味の良さ等、自分のセルフブランディングの場として利用している人が定期的なユーザーとなっているのではないか?

今までは、バックや洋服、車など物質的なもので自分をセルフブランディングしていた訳だが、FaceBookでは、バーチャルな自分に対して情報投資をしてい、それがFaceBookを動かすモーメントになっているのではないだろうか?




でも、実際、普通に考えて1000人の人と常に交友関係を持っている人っていうのは、よほどすごい人でないと難しいよな?

ましてやそれの質も高いとなると、そんじゅうそこらの人では無理なんじゃない?



まぁ、FaceBookは空間を越えて繋がれるという事の他にも、もっと本質的な人間の原理に基づいて動いているのかもしれませんね。





おしまい







最近、めっぽう冷え込んできましたねぇ~。。
コタツが欲しくなる今日この頃です。

今回の記事は、前から考えていた俺的理論ですが、「建築家」には二種類の人種がいるという事です。


一つはコンセプトをビジネスや何かの問題解決として導きだす「デザイナー」のようなタイプと、自分のセンスや論理から導きだす「アーティスト」のようなタイプ。

もっと簡単に言うと、「他者」から論理を構築するタイプと「自分の中」から論理を構築するタイプだ。



そして、矛盾するようであるが、建築家はデザイナーでもありアーティストでもならなければならないという事だ。






ついでに、自分はこの二つのタイプでどちらかというと、デザイナータイプだと思っている。

特に、こういうのを表現したいとかは無く、プロジェクトが始まって、顧客を分析して初めてこういう事をしよう。というのが見つかるからだ。

デザイナータイプの自分に取ってのプロジェクトの進め方としての理想は、ブロジェクトを綿密にリサーチし、タイトで細部までブレのないロジックを作り出し、建物の部材一つ一つが全てロジックに従う様に配置されている状態だ。


まぁ、実際は、細部までブレのないロジックを作り出しても、それだけでは空間を作る為の根拠は作れないし、結局は自分の感性と言うかそういった引き出しに頼らざるを得ないのだが。






で、最近まで、それがダメな事だと思っていたが、最近はその状態が案外理想的な案配なのではないかと思っている。

だって、極端に言うと、顧客はブレのないロジックでクレバーな提案なんて期待していなくて、単純に良い空間を期待しているでしょ。

でも、同時に今更良い空間を作る為に「アーティスト」になれって言われても多分無理だし、そもそも論で良い空間って何?ってなってしまうし。。



そこで、閃いたのが、提案を作る為にロジックと感性両方使えば良いんじゃね?って事。

自分の場合、ベースとなるのはロジックであるが、全く関係ない所からアイデアを引っ張ってきたり、やりたかった事を無理矢理つなげてみたり、直感でイケるイケないを判断したり等。。

現段階では、ロジック:直感=80:20くらいで提案を作っているが、今後はロジック:直感=55:45くらいに持っていきたいと思っている。





ついでに、「ロジックと感性両方使う事」、「デザイナーでもありアーティストでもならなければならないという事」が正しいという自分の考え方に後押ししてくれたのが、「濱口秀司氏」の記事を見てからだ。


ソレがコチラ→http://matome.naver.jp/odai/2135019215482416301



多くの人は、発想がカオス的かロジカルかどちらかに偏っている。最もイノベーションが生まれやすいのは、発想がカオス的とロジカルのハイブリットにある時だ。






おしまいパー












修論が忙しくて、しばらく更新できませんでした。

しかし、おかげさまで無事修論を書き終える事ができました!!



で、本題ですが、ビジネスデザイナーの濱口秀司さんの面白い記事があったのでリンクをUPします。

http://matome.naver.jp/odai/2135019215482416301


ついでにこの動画も面白かったのでUPします。




別にデザイナーだけが役に立つと言うよりも、むしろビジネスマンの方の方が役に立つ機会が多い気がしますので、一見する価値はあると思います。


修士論文で鋭角な角地に建つ建物を扱っている。

とりあえず薬院1~4丁目と博多1~4丁目の鋭角角地建物を集めた見た所、70以上見つかった。



その内一部がコレ↓↓

お菓子屋@薬院
$デザイン日記

カレー屋@薬院
$デザイン日記

コンビニポプラ@薬院
$デザイン日記

飲食店+集合住宅@薬院
$デザイン日記

薬局@薬院
$デザイン日記

雑貨屋@薬院
$デザイン日記

集合住宅@博多
$デザイン日記

オフィス@博多
$デザイン日記

ホテル@博多
$デザイン日記

集合住宅@博多
$デザイン日記



そもそも鋭角角地は、たいてい地形や計画と計画が重複した非計画的な残余の土地であるが、普通の四角形の敷地に建つ形式的な建物とは違い、建物を敷地形状や周辺環境に"適応"させながらデザインされている物が多く面白いと思った。


その原因として、1つはそもそも敷地形状が建物に取って条件の悪い土地であり形を変形させざるを得ないから、2つ目は敷地にある特性が四角形の敷地とは異なり、歪な敷地形状・角(特異点、ノード)・2つの道路に接道と多様な環境があるからであり、鋭角角地の建物は条件の悪い土地を巧みに利用しながら建物を建てているので、多様で不思議な佇まいをしている。


また、建物をデザインする時は、程度によりけりだが必然的に敷地形状や周辺環境などの先行して存在するものから選択・加工しながら形やプランを作っていき、建物は特定の敷地形状や周辺環境と限定的な対応関係を持って建てられる故、たくさんの環境要素を持つ鋭角角地の建物は多様である。


その時鋭角角地に建つ建物は、その多様で条件が悪く使いにくい敷地に対して如何に適応(その環境に対してあるべき姿となる事)していくか、その敷地形状や周辺環境の選択・加工の仕方を調査していきたいな~って思っている。





ついでに、この論文を始めてから日本に結構角地建築マニアがいることが解った

何年にも渡って角地建築を収集しているせいか、相当数集めている強者が沢山居る。。



また、角地についての論文を書いている人も結構居るorz







こないだ授業で「ポストイットを使って二時間で何か価値を作れ」という課題が出たので、他学科の学生と三人でパラパラ漫画を作ったw



パラパラ漫画の作り方は、仮に三人をA,B,Cとした時に、A→B→C→A→B→C→・・・と言った感じにリレー方式で作ると言う独特の作り方。

最初のページが丸だとすると、Aがそれを見て思いついたものを書き、次にBがAが書いたものから思いついたものを書き、その次にCがBが書いたものから思いついたものを書き、その次にAがCが書いたものから思いついたものを書き、、、っと言った具合に。。



早速それがコレ↓↓




二時間で即興で作ったので決してクオリティーは高くない。

しかし、先行形態を見て意味を読み替え形を作る作業を複数人により繰り返し行う事で、思いもよらない作品が作れる事がやっていてとても面白かった!

特に他の人が「そう来たか!」というようなアイデアを思いついた時なんか盛り上がります!!



で、結局生み出した価値はと言うと、、、

・出来たものがどうこうと言うより、やってみたい!と思わせる価値
・初めて会った人達が数時間で距離を縮められるツールとなる事

といった感じw







ついでなんですが、初めてyoutubeに動画をうpしました。。

どうやら自作の動画ファイルは容量が大きすぎるので、一度youtubeなどの動画共有サイトに上げてからamebaに持ってこないといけないようですねー




この前、情熱大陸で『料理人 中東久人』の回をみた。

ざっと放送内容は (MBSのサイトのコピペ)

 京都の奥座敷、花背の里にたたずむ料亭旅館の美山荘。京都駅から車で一時間半以上、バスは1日3便しかない辺境の地だ。だが、この山里には名だたる著名人が訪れ、歴史作家・司馬遼太郎氏の随筆「街道をゆく」にも登場する。『方丈記』の時代から脈々と受け継がれた山里文化を今に残し、文人たちが愛してやまないこの地で4代目当主として腕をふるうのが料理人・中東久人だ。26歳の時、他界した父の後を継ぎ当主となって17年、官能的なまでの美しさと五感を震わせる味わいで「究極の日本料理」と高い評価を受けるようになった。そんな中東のこだわりは“香り”「花背でしか食べられない料理を提供したい」という想いのもと、知り合いの農家や近隣の山々を精力的に回り、数々の「魅惑の食材」を探し求めてきた。
 番組では紅葉シーズンを迎え美しく色づいた花背の里で、山を愛し地元の旬にこだわり続ける料理人と、その家族が織り成す料亭旅館の舞台裏をお伝えする。




見たときの感想は、料理の奥深さを知るとともに料理人も楽しそうだな~って感じた。


また、ホテルの料理人や中東久人氏のような旅館の料理人は、大抵毎回決まったメニューを出すのではなく、たまたま手に入った食材や季節の食材などからメニューを考えるのだが、改めてその時その場所でしか作れない物を作るというのは良いなぁと感じた。


建築やデザインなどに置き換えると、その土地で取れる材料をそのプロジェクトでその場所で如何なる物を建てるか?というのを考えながら設計をする事になるが、何かその事に可能性を感じた。

よく建築家もこのような事を言っているのを耳にする事があるが、今まではただ優等生的に場所性とか地域性とかとりあえず言ってデザインの論拠をたてているだけだと思っていたが、むしろ和食や日本料理のような『粋なもの』を作る為にこのような事を考え設計する事は良い事だと思った。



最近はデザインを考える時に、粋な物を作る事を忘れていたように感じる。

やはり一人のデザイナーとして、日本人のデザイナーとして『粋なもの』を作れるデザイナーでありたいと感じた次第
そういえばこないだの学祭の出店でチューイ・ネップ・ヌーンこと焼きバナナおにぎりを出した。



デザイン日記


ベトナムへ旅行に行った後輩曰く、「アップルパイのようで激ウマ」らしい。。

本番の前に数回の実験をしたが、正直あんま旨くなかったorz



当日は急遽普通の焼きおにぎりにレシピを変更し、余ったバナナといっしょにバーベキューコンロで焼いた。。




ついでに、、

焼きおにぎり(味噌、醤油味)・・・100円

焼きバナナ・・・50円




ワンコインで買えるお手軽さ、醤油の焦げる臭いをこれ見よがしに出していった事、その横でどす黒く変色する異様なバナナの光景により、予想以上の売り上げだった。






次年度の目標は、バナナおにぎりによりおにぎり界に革命をもたらす事だな。。
昨日の記事に書いたデザイン・シンキングについて少し勉強してきたので記事にしてみた。

大学の授業で触れた事とIDEOの本を読んで勉強した事、自分がデザインを勉強する経験を踏まえ自分のバイアスをかけて勉強の結果を文章にしてみただけなので、間違いがあるかもしれんがその辺は勘弁を。。


①まず、そもそもデザイン・シンキングとは何か?

自分も一応デザインを専攻していているので少なくとも少しはデザイン・シンキングをしているはず?なのだが、改めてデザインの思考法について書くのは難しい。。


とりあえず、デザインシンキングについて一言で簡単に纏めてみると統合する思考法という言葉がしっくりくる。。


そう言えばナショジオで「日本刀」についてやっているのを見たのだが、日本刀は固いが折れやすい玉鋼と柔らかいが変形しやすい鉄を錬成する事によって、固く柔軟である相容れない要素を持ち合わせた剣を生み出したといった感じの事をやっていたのを覚えています。


日本刀の場合、職人さんの経験と技によりそのようなものを生み出したのだが、デザイン・シンキングはまさに玉鉄と鉄により刀が生まれたように様々な要素を統合する思考法ように思います。


故にデザインシンキングの思考法とは「如何に統合するか」という方法論という事になるんじゃないかと。






②デザインシンキングはどんな方法で行われるのか?

デザインシンキングを先ほどの定義に乗っ取ると「統合する思考法」なので、ロジカルシンキングの所謂MECEの概念の真逆の概念で、あらゆるフェーズの要素を統合し部分と全体を一つの物にする重なり合いのデザインという事でしょうか。

故に様々な専門性を持つ方の知見や、着想から製造、営業など多岐にわたるフェーズを統合するようなコンセプトやアイデアの作り方という事になります。

で、早速その統合の方法ですが


1,反復的なアプローチ

建築設計やデザインをする時にアイデアと形を行ったり来たりする事は良くあるんじゃないかと思いますが、反復的なアプローチとは正に行ったり来たりする事で、その事によって上流のコンセプトから下流の形のデザインまで部分と全体を一致させる事。

ついでに本に書いてある図式だと、「着想→発案→実現」を何度も行ったり来たりする事で部分と全体の統合を計るといった事が書かれていました。

自分がデザインをする時も、段階的・線形的にアイデアをdevelopできたら楽だな~と思って実践したがうまく行かず、結局行ったり来たりでdevelopしていく方法をとっています。

2,異分野連携のチーム

デザインシンキングが統合の方法ならば、着想や発案の段階であらゆる顧客を含めた専門性を持つチームにより、統合による化学反応を起こし良いアイデアを出すという考え方でこのようなチームを組む事が好ましいようです。

IDEOの理念で「如何なる個人よりも全員の方が賢い」というのがあるのも正にこの為のような気がします。

そーいえば、前の記事で書いた「足し算、引き算、かけ算、抽出」の方法も色んな専門の方(音響や画像、webなどのデザイナー)とのチームで行ったので、自分が気付かないような多様なアプローチにより案出しを行えたのを覚えています。

3,系を変える(突然変異を起こさせる)

カエルのような両生類は魚が水から陸へ上がった為に突然変異を起こしたように、"系"を変える事によりアイデアに突然変異を起こす方法。

例えば、デザイナーの自分が建物を設計した物を全く分野の異なるビジネスの専門家に引き継ぐとする。

その建物は全く違う専門性により系が変わるので、形や意味、コンセプトも変化し突然変異が起きる。

もしかしたら建築デザインの発想が全く異分野の例えば金融の業務効率化のアイデアに役に立ち突然変異を起こさせるかもしれない。

2の異分野連携のチームも突然変異の確率をアップさせる手段なのかも知れませんね。







③デザインシンキングの理念

ところで何故デザインシンキングの考え方が生まれたかについて自分なりに仮説を立ててみたが、それはより個人のニーズに合わせたサービスが求められるようになったからだと思います。

その時に如何に顧客との距離を縮めるか、ユーザー(人間)中心のデザインのあり方が求められるのではないかと。

「機能を超えた何か」を如何にデザインするか?

この時に経営から商品やサービスが個人の手に届き運営されるまでの様々なフェーズ全てを統合した思考法が必要になり、デザインシンキングのあり方が重要になりつつあるような気がします。






とりあえず、一日勉強しただけのアウトプットなので陳腐な記事になってしまったかもしれないが、今後もデザインシンキングについては考えていきたいと思います。

では。