美―――美という奴は恐ろしいおっかないもんだよ!つまり、杓子定規に決める事が出来ないから、それで恐ろしいのだ。なぜって、神様は人間に謎ばかりかけていらっしゃるもんなあ。
美の中では両方の岸が一つに出合って、すべての矛盾が一緒に住んでいるのだ。俺は無教育だけれど、この事は随分考え抜いたものだ。実に神秘は無限だなあ!
この地球の上では、ずいぶん沢山の謎が人間を苦しめているよ。この謎が解けたら、それは濡れずに水の中から出てくるようなものだ。ああ美か!その上俺がどうしても我慢できないのは、美しい心と優れた理性を持った立派な人間までが、往々聖母(マドンナ)の理想を抱いて踏み出しながら、結局悪行(ソドム)の理想を持って終わるという事なんだ。いや、まだまだ恐ろしい事がある。
つまり悪行(ソドム)の理想を心に懐いている人間が、同時に聖母(マドンナ)の理想をも否定しないで、まるで純潔な青年時代のように、真底から美しい理想の憧憬を心に燃やしているのだ。いや、実に人間の心は広い、あまりに広すぎるくらいだ。俺は出来ることなら少し縮めてみたいよ。
ええ、畜生、何が何だかわかりゃしない、本当に!理性の目で汚辱と見えるものが、感情の目には立派な美と見えるんだからなあ。一体、悪行(ソドム)の中に美があるのかしらん?・・・・
・・・しかし、人間て奴は自分の痛いことばかり話したがるものだよ。