物見遊山な日 2015/12/02
隅田川にかかる国道6号線(水戸街道)の言問橋の西側のたもとに小公園があります。その一画に・・・・・・・・。


<<1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲の際には、浅草方面の人が「川の向こうに行けば助かる」と思い言問橋を渡ろうとした。しかし反対の岸にいる住浅草方面の人が「川の向こうに行けば助かる」と思い言問橋を渡ろうとした。しかし反対の岸にいる住民(向島・本所地区)も同じ事を考えていたため、両住民が橋の上で合流してしまった。身動きが取れなくなったところで橋の上にも焼夷弾や火災旋風がが容赦なく襲いかかり、耐えかねた人々は次々と欄干から身を躍らせ、死体で埋まった隅田川に落ちていったという。空襲が終わったあと、隅田川は一面死体が浮き、言問橋の上には死体を踏まないと向こう岸へ渡れないほど全面に黒焦げの焼死体が横たわっていた。河川敷にも積み重なった累々たる死体の山が築かれていた。1992年(平成4年)から実施された改修工事で切り出された欄干の基部の縁石(色が黒ずんで変色している)が隅田公園に展示されている。また、江戸東京博物館の屋外通路(横網町公園側)にも取り外された欄干と縁石の一部が保存展示されている。また、江戸東京博物館の屋外通路(横網町公園側)にも取り外された欄干と縁石の一部が保存展示されている。
ただし、橋の親柱は一部未改修のため、現在も東京大空襲の際に橋の上で焼け死んだ人々の血液や脂が焼き付いて残っている。(Wikipediaから)>>
一番の東京スカイツリーの撮影スポットでもあります。(らしい)。


今日はこの辺で。
では。