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飲み鉄日記

2010年から始めた、飲み鉄記録を綴ります。








巡礼日 2016/01/09



【伊勢若松(いせわかまつ)】


近鉄鈴鹿線の起点駅であると共に近鉄名古屋線起点近鉄名古屋駅から29駅目、48.3キロにある島式ホーム二面四線の地上駅です。


所在地 鈴鹿市若松西四丁目17-8
平均乗車人員 データ得られず(Wikipedia)


ホーム端から名古屋方。
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振り返ってホームの松阪方。
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跨線橋から名古屋本線の名古屋方。
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振り返って名古屋線の松阪方。
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鈴鹿線のホーム端から遥か彼方の車止め方。
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駅名標です。
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今は使われていない鈴鹿線の構内踏切。
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改札口です。
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駅舎です。
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跨線橋から鈴鹿線のホームと車輌を。
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振り返って名古屋線の松阪方。
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駅前には大黒屋光大夫の銅像が。
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<<大黒屋 光太夫(だいこくや こうだゆう、宝暦元年(1751年) - 文政11年4月15日(1828年5月28日))は、江戸時代後期の伊勢国白子(現三重県鈴鹿市)の港を拠点とした回船(運輸船)の船頭。
天明2年(1782年)、嵐のため江戸へ向かう回船が漂流し、アリューシャン列島(当時はロシア領アラスカの一部)のアムチトカ島に漂着。ロシア帝国の帝都サンクトペテルブルクで女帝エカチェリーナ2世に謁見して帰国を願い出、漂流から約9年半後の寛政4年(1792年)に根室港入りして帰国した。 (Wikipediaから)>>


名古屋行きの特急が通過。
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反対方向からは「あー憧れのしまかぜ♪」。
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初めて見ました。


にしてもシャッター早すぎ(笑)。


どうせガラケーさ!(フン)








今日はこの辺で。









では。