小説ではありますが・・・ハードボイルドのような分野は自己のアイディンティティーに何か響くものがあります。
最近の「新宿鮫」シリーズを読むにつけ、筆者の警察感には、共鳴しないようになってきていたので、長らく読んでいなかった作者です。
わたしには、筆者の言うような「警察官の外国人出身者登用」は、どうしてもできないものであるから・・・。
なぜならば、それをすると今の小者の外国人犯罪グループの摘発はできると思う、しかしながら、必ず大きな外国人犯罪グループが巨大化し、いっそう危険な濃い闇ができる。そして、その本拠地には新宿などの歓楽街ではなく「スラム」に近いものができることを非常に危惧する。
さて、本書の方は「新宿鮫」にも登場した記憶がある「冬木」登場とあって、なかなか盛り上がった。
しかもこの冬木は、まだ公安のスパイだった時代の設定となっている。
これがなかなか、新宿鮫の冬木より人間くさく、面白みのある人間と感じた。
本書の主題が、コンピューターの騒動を基本としながらも、人の自己意識になっていることも面白かった。
特に「第二次世界大戦で敗戦のショックを受けた世代」と「バブルでチヤホヤされてその破裂にショックを受けた世代」(しかもどちらもその仕組みが分かっていなかった世代という設定)の対比に筆者の人間的な描写に恐れ入った。
が、その二つの世代より私たちの世代はヒロイン佐藤かおるの「でもあの人たちは、学生時代ほとんど勉強もせず、デモだ、学生集会だと浮かれていた。なのに世の中が景気の良かったおかげで就職に苦労することもなく企業に入り、さらにバブルに浮かれたんです。そして今はただしょんぼりしているだけ。それより若い人たちはもっと駄目。自分の身の回りの幸せさえつづけばいいと思っている。芯のある人がぜんぜんいない」
まあ、まあイラッとくるのは後半。前半はその通りの側面もある・・・ただ、その浮かれを律せなかったのはそのころ経営層にいた「主人公」の世代であり、若者が浮かれてた側で、金をグルグルまわしていた世代が一番の主因。
相手にする若者が利己主義で凝り固まり、挑戦的で、金欲の高い人が多いのでしょう。特にメディア関係には多そうだ。
特に多分われわれ「追川」の世代は、バブルで弾けるだけ弾けて、責任なんて何そのって世代も嫌いだ。
かといって、バブルでチヤホヤされた女の子のように現代にそこまで、絶望はもってはなくし、
時代が、もしくは「自分より上の世代が悪い」って考える馬鹿女も嫌い。バブル時代に高校生~大学生ならばある程度の経済知識ももってしかるべき。むしろ、チヤホヤされて「いい時代があった」と思っていいぐらいだ。と思っている。
しかし、深く自分に埋没していくと・・・若者の右傾化というのはやはり違うのではないかと思わされた。
「特定アジア」に反発するのは、歴史闘争という、非正規の手段を使って日本の富を脅かし、軍事的危険を与えられている。だから、「特定アジア」は嫌いだし、かといって欧米も好きではない彼らは自分たちの都合のよいように「平和を唱え」、「正義」を語り、先進国の名誉欲と経済的優位を保っているに過ぎないのだから。
しかし、もうちょっと深く考えると、韓国などは共産圏の防波堤としての役割と、日本という経済大国の隣にあったおかげで、経済発展を遂げたもののこれ以上の発展の見通しがなく、守りとも攻撃とも取れない攻撃性が右傾化と呼ばれ・・・・
中国では、発展に伴い、増長と欲が右傾化となっている。
日本や欧米、先進国の右傾化といわれる攻撃性は、はっきり富の収奪を防ぐ防御。「保護主義的」防衛意識が多く、上の二つほど危険なものはないと思う。
なぜなら彼らは、これ以上自分の生活が、それそれの国家の衰退で脅かされていることの怯えている。実際アメリカを除き、先進国の最大公約数の幸福は脅かされ続けてはいるが、餓死者がでるほどは進まない。
逆に、このまま技術が進めば・・・100年か200年後、食料的な餓えはなくなると予測するからだ、少なくとも貧乏で食べられなくて死ぬ人は激減すると思う。
政情が安定している国ではの話だが・・・政情不安定、インフラを壊してしまうところはやはり別、食料問題よりもそれを受け入れる寛容さがなければ・・・。
だから、先進国では、精神的な餓えが、問題になってくるだろうから。