マーラーの交響曲第5番 | ほんわかミュージック・ダイアリー♪

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先日、NHKでマーラーの第5が流れていた。

学生の頃はよく聴いたものだ。

コンサートにも行った。

N響では聴けなかったがこの曲には深い思い入れがある。

映画のサウンドトラックに第4楽章のアダージョが使用され、メジャーになった。かくいう私もそこから入った口ではある。

やはり映像とのメディアミックスは実に効果的である。

しかし一つ苦言を呈すれば、なんでもかんでもBGMを使う風潮があるように思われるのは私だけか。せっかくの場面に全く見当違いの音楽が使用されたりしたら、その作品は台無しになると思われる。

かえってBGMのない静かさの中に人の心を動かす場面もある。

そう考えるに、使われる音楽は一流なものでなければ意味がない。

それで、私は、過日聴いたマーラーが聴きたくて、うずうずして、第五をいろいろな指揮者による表現力、楽曲の持つ機微、等々に興味を抱きマーラーの第五だけで数十枚もアマゾンから購入し、史上最強の第五を追及している。なかでも、とりわけ気に入っているのは、テンシュテット、ロンドンフィルは最高である。冒頭のトランペットが、身の毛がよだつ雰囲気を醸し出している。トランペットのソロが終わって、弦楽が入ってきた時が実に気持ちいい。何かの縁でここまで読まれた方は是を非テンシュテット、ロンドンフィルのマーラー第五を聴いてみてほしい。聴いた後はマーラーの持つ秩序と混沌を行き来する音に魅了されてしまうに違いない。これを聴けば、クラシック音楽の精髄をいくらかでも堪能すること請け合いである。他にもノイマンチェコフィルやカラヤンベルリンフィル、小澤ボストン交響楽団、インバルフランクフルト放送など、名盤目白押しだ。第5を聴き比べ新しい発見が見つかった時は、まるで難解な方程式を解いた時の喜びにも勝る気分だ。マーラーは躁鬱の患者に逆療法として効果があるのではないかとも思えてくる。バッハのように、整然とした冗長的なものより、何倍も音の密度がぎゅっとしていて、ストレス発散にもよいのではないかと思える。受動的音楽療法として、快適な精神的効果がある反面、依存してしまうあまり、集中力、注意力の欠如が出現するのではないかと自分は危惧している。まあ好きな音楽を聴くことは神から人類に与えられた営為だと考える。曲を聴く限り、クラシックの持つ静謐さや、曲から与えられる荘厳さは何にもまして、ロマンティックでさえある。モーツァルトの持つ流麗さ、ベートーベンから得られる意思の力、ブラームス特有の音の重さそれぞれに特徴があるわけだが、マーラーは全くつかみどころがない。それ故聴く者の心を懐柔するのではと恐れおののく。今後も私の高尚な趣味wである音楽鑑賞をさらにスケールアップする形で、マーラーはその音楽は、絵でいえば、具象と抽象を行きつ戻りつして鑑賞者の心を虜にするのではあるまいか。これこそが、音楽鑑賞の醍醐味であろう。