アメーバブログをご覧の皆様、あらためましてこんばんは。
森田でございます。
先日、SBSラジオのらぶらじで
鉄崎さんが「ペットを飼うことの義務と権利」についてお話されていました。
それで、ふっと思い出したんですよね。
歌舞伎町や池袋の繁華街に
深夜になっても明かりが煌々と照らされたペットショップ。
どんな人が飼うのかは、目に見えているけど。
そういうのを見ると、そういう人たちが
「もういらない」って思って捨てるように感じますが・・・
実は、そんなことなくって
私たちのすぐ身近のほうがたくさんあるんですよね。
ドリームボックスってご存知ですか?
捨てられた犬や飼い主から「不要」とされて回収されたペットが
殺処分される部屋、ガス室のこと。
さっき、youtubeで見ていたら「不要ペット回収車」の特集がありました。
初老の男性の飼い主が自ら連れてきて、
他人事のように自分の愛犬を運び込むさまは、
見ていて鳥肌がたちました。
愛護センターの職員さんが言っていましたが、
「自分が老いた時に、こんなところに連れてこられたらどう思うのか?」
本来は、パートナーや家族であるべきなんですが、
たぶん、ペットはあくまでペットなんでしょうね、
こういう人たちからすれば。
もちろん、飼えない事情があることはわかります。
でも、でもですよ?
鉄崎さんも言っていましたが、
「ペットを飼う権利があるが、ペットを飼うなら、最後を見届ける義務がある」
「欲しい⇒飼う⇒いらなくなる⇒捨てる。 こんなことをするなら、最初から飼うな、と」
これって、理性を失って本能のままに動いてるだけ。
動物と一緒でしょ?
感情的になってしまうのは私の悪い癖でもありますが、
うちのワンちゃんや猫ちゃんを見ていると、こんな気持ちを言わずにはおれません。
幼いころに飼っていたビーグル犬のラッキーは買ってきたワンちゃんですが、
今うちにいるワンちゃんは、捨てられていました。
亡くなったヨークシャテリアのロコは片目が白内障で、
足を引きずって歩いてたところを母親が連れてきて、
食い意地は張っていたけど、人懐っこくてかわいかった。
今いるミニチュアダックスのリンは、片目が白内障でやっぱり捨てられていた。
私が実家に帰って「リンちゃーん」と呼ぶと
「ヒュンヒュン」ないて、歓迎してくれるとってもかわいいワンちゃんです。
猫のランは、私が小学校3年位の時に、家に来ました。
かなり長生きしていて、最近は「また帰ってきたのかー」という目で私を見ます(笑)
家族として接しているからこそ、
今も昔もいて当たり前の存在なんですよね。
テレビに出ていたワンちゃんの目。
あんな目をさせないでほしいです。
ご冥福をお祈りします。
もうちょっとでいいから、義務と権利を様々な場所で様々な人が様々な機会に意識しないと
「若いもんは」で片づけられない時代が来ると思います。
このブログに書くことで
少しでもそんなきっかけになったらいいなと思いました。
それでは、おやすみなさい。