始める前に、ニュースを一つ。

金振杓教育部総理が辞意表明・・・来週に小規模な内閣改造

>経済副総理の場合、1年を超えて長期在職してきた
1年で長期って・・・

李朝かよ!(笑)

ってことで今日も、アジア歴史資料センター『各国内政関係雑纂/韓国ノ部 第二巻/1 明治30年7月20日から明治30年9月21日(レファレンスコード:B03050002800)』から。
これまで何度か報告されてきた、大院君の入闕に関する続報になります。
1897年(明治30年)8月22日付『機密第54号』。

大院君入闕に関する続聞

嚮に大院君が突然警務庁に往き入闕せられたる一件に関しては、機密第49号を以て及報告至候処、其後尚ほ聞く処に拠れば、同君が警務庁へ出頭の折り、彼の警務官魏弘奭(機密第49号に爽と記せしは誤)を見んことを求められたるに、警務使は、同人は夜来下痢の為め大患死に瀕する旨を答へければ、同君は帰宮後麻布2疋、葉銭100両(我が25円)を使者に齎し、警務庁に往き言はしめて曰く、魏警務官大患の後竟に死去せしならん。
聊か痛むべきの次第に依り、其賻として右金品を送附す。
届方、同庁より然るべく取計はれ度き旨申入れられたり。
初め警務使の答ふるに大患を以てしたるは、固より一時の遁辞に過ぎずと雖ども、一旦之を以て応答したる末事茲に至りたる以上は、今更改むるに其実を以てするに由なく、且つ之を返却するに於ては、再び同君と葛藤の端緒を買んことを恐れ、一時の権宜を以て右魏警務官未だ死去せざるも早晩死去すべきに付、其節回付すべしとて其品物を預り、使者を帰したり。
抑も魏警務官の人となるや、故閔后に重用せられ、多年の間捕吏に身を委ね峻酷を以て名あるもの。
曾て、朴泳孝家の墳墓挑発の時も同人其手を下したる由にて、閔后在世中は同君并に其一門に屡次煩累を与へ、門下を殺せしことも鮮からず、為めに久敷宿怨を懐き折もあらば大に酬んものと待構へられたるものに有之候。
然るに、料らずも今回のことありたれば、之を機とし故らに同人を死去せりと称し其賻を送られたる次第にして、実は同人を娑婆に生埋せんとする苦肉策に出でられたるものに有之候。
んー、魏弘奭の「奭」の字、6月27日のエントリーの機密第49号の時から「奭」でテキスト起こしちゃってますなぁ・・・。(笑)

で、6月27日のエントリーで大院君が警務使閔泳綺に魏弘奭を寄こせと言って、閔泳綺が奏任官だからと断ったところ、奏任官がなんぼのもんじゃい。
ワシを誰や思てんねん。
魏弘奭が来れないならおんどれが来い、アホタレ。
せやなかったら、こっちから押しかけるでぇ!と怒らせた話に出てきた魏弘奭。

大院君が警務庁に行った際に彼に会おうとすると、実は下痢で死にそうだ、と。
コレラか何かかな?
で、大院君は帰った後に、死去したものとして麻布と葉銭を送るんですね。
これに対して、いや最初は閔泳綺の言い逃れだったんだけど、一旦そうやって応対しちゃったしなぁ。
いまさら嘘だったとも言えないし、返せばまた突っ込まれるだろうし。
ま、遅かれ早かれ死ぬだろうし、仕方ないから預かっとけ、と。
どっちも酷ぇ。(笑)
つうか、閔泳綺嘘ばっかりじゃん。

魏弘奭は元々閔妃に重用され長年捕吏をしてた、と。
で、朴永孝の家の墓を挑発した下手人だそうですが、墓を荒らしたって事で良いのかな?
多分、風水的な意味合いだと思うので、「荒した」だとちょっとニュアンスが違う気もするけどねぇ・・・。

勿論閔妃が生きてた時には大院君一派とも激しくやりあって、大院君の門下を殺害したことも少なくないため、長年の恨みを晴らそうと待ちかまえていたが、今回のことがあったので魏弘奭を死んだものとして賻物を贈ったもので、実は娑婆に生き埋めにしようと閔泳綺の話を利用したんだろう、と。
「魏警務官大患の後竟に死去せしならん。」ですから、多分それで正解でしょうねぇ。

之れと同時に宮廷に於ては、同君の容易に宮中に出入せられては迷惑少からざるに依り、之を防禦するには先づ門衛を厳にするに如かずとて其事に取極めたるも、若し朝鮮官吏をして其命を門哨に伝へしむるに於ては、又同君が故障を唱ふるの地を作るに似たるを以て、寧ろ同君が容喙の余地なからしむるには外国人の手を仮りて施行するに如かずと、金鴻陸をして露国士官某に右の命を■ませたりければ、某は即ち同君が通行したる宮門(西門)に出張し、当日の守哨を召還し、何を以て謂れなく同君を入闕せしめたるやを詰りたるに、守哨は坦々として荅て曰く、同君の警務庁を出らるるや、一たび之れを陛下に報ぜり。
既に近づくに及んで二たび之を陛下に報ぜり。
既に門に至らるるや三たび之を陛下に報ぜり。
而陛下より何等の下命を奉ぜず、何ぞ之を謂れなしと言はん。
当們は能く其職を盡したるものなり云々と申陳たれば、何故に其門票を検せざるやと再び詰れば、公は陛下の生父なり。
之に向って門票の有無を検する如きは大不敬に属す。
下官の敢てせざる所なりと答へければ、否々何人たりとも門票なきものは入闕せしむべきにあらず。
故に其責爾等にありとて、竟に当日の関係守哨に1ヶ月の罸俸を命じ、尚ほ附するに鞭笞を以てし、以て大に之を懲罸し併せて将来を警戒したり。
其翌日に至り、李宮内大臣は態と無断にて入闕せんと試む。
守哨果して誰何す。
仝氏曰く、予は宮内大臣なりと。
守哨肯かずして曰く、既に厳命あり。
門票なきものは、何人たりとも入内せしむる能はずと拒みければ、去らばとて僕丁を私邸に馳せ、門票を取寄せ之を示し、始めて入る。
後ち、右の門哨を召喚して曰く、職を守る当に此の如く厳密なるべしとて、各々2円づつ賞与せり。
一方、宮廷では大院君が簡単に宮中に入ってくるようでは迷惑だとして、排除のためにまずは門の警備を強化する事を決めたんですね。
しかし、ここでいつもの責任回避癖が出るわけです。(笑)
ということで、大院君に容喙させないためには、外国人に拠るのが良いだろうってことで、金鴻陸からロシア士官にこれを依頼するんですな。
するとロシア士官は、早速大院君が入闕した時の門番を呼んで、なんで勝手に大院君入れたんだよと聞くと、門番は坦々と、いや、3回陛下に報告したけど何も命令なかったし、なんで「勝手に」とか言われなきゃならんのよ?
良い仕事してんじゃん、と。

続いてロシア士官は更に、なんで門標確認しねーのよ?と聞くと、いや、陛下の父親だし、それに向かって門標確認なんて恐れ多くて、と。
確かに、6月3日のエントリーで宮殿への出入りに門鑑が必要となった事が報告されてますが、朝鮮の慣習からいけば通すのが普通でしょうねぇ。
昨年の5月8日のエントリーなんかを見ても、日本の保護国時代になってすら門番はいい加減であり、門鑑を不携帯のまま押し入ろうとするわ、貸し借りはするわ、偽造はするわなわけですし。(笑)

そこでロシア士官は、今後門標が無い者は入れるなとして、その当日の門番に1ヶ月の減俸処分と鞭笞という厳罰を下すわけです。
でもなぁ。
6月27日のエントリーを見ると、大院君に警務庁から王宮に来いって言ったの、高宗なんだよねぇ・・・。(笑)
高宗に呼ばれた人を通して、3度も高宗に報告して、1ヶ月の減俸処分と鞭笞ってあんまりじゃね?(笑)
まぁ、ロシア士官も門番も、その話知らないだろうから良いんだけど。

翌日、宮内大臣の李載純が門標なしで入ろうとした所、早速これを止めて誰何。
いや、宮内大臣だけどと言っても、門標が無い者は入れるなっていう厳命があったから無効~♪
仕方なく李載純は、下人に自分の家に門標を取りにいかせて、ようやく入闕できた、と。
これについてロシア士官は、そういう風に厳しく職務行わないとねとして、報奨金各2円を与えたんですね。

夫れ如此賞罸を分明にしたるは、畢竟同君の出入に備ふるにあるを以ての故なるにより、同君聞て大に怒り、即ち左の如き■を議政署理南廷哲に宛て、之を詰問せられたり。

曰前詣内還帰聞有把門兵丁巡検罸減月給之説又自俄兵隊下士笞罸兵丁従今若又有某処行次捜検門標然後始可許入云此是政府命意耶抑或有甚■許耶(■■の内情ある歟との意)
幸詳覆示是不可一亳回互隠瞞之事有関体面亟冝明悉不在多言■■回■

依て南署理は、不取敢左の如き回答をなしたり。

曰前下問事今明間更為詳探仰達伏計耳

而て南署理は、閣臣と協議の上左の如き回答をなせり。

下問事政府諸議以為巡検兵丁各有攸■即此事初非政府所知俄下士事亦非議及於政府者則笞罸的否実無以詳知以此下燭伏望未即上答悚惶萬々

同君は之に接し、単に知らざるの■を以て瞞着し去らんとするを不満とし、尤も己の位地に関係ありとて更に左の如き公文を以て、右の回答を突き戻されたり。

接■覆亟内開下問事政府請義以巡検兵丁各有攸■則此非政府所知俄下士事亦非議及於政府者笞罸的否実無以詳知等因査政府乃百務■察之地萬口喧伝之事此乃無前変故而豈可曰不知也併推不知則政府之設乃為何事如此■語■非政府体貌且如此■■無礼之説尤非当於余之尊厳処地来復茲■還確示■否惟為自諒

然る後、政府の回答如何に依っては、■を外部に移し、同部より露館に照会して当日守哨に果して鞭笞を加へたるや否を慥しめられんことを申入、又自ら露館に書を致して其虚実を慥め、又一方には各公使に訴へ、凡そ各国の例として親王の入闕に門標を要するや否、而若し門標なく入闕したるも其門哨を処罸するの当否を問ひ質さんものと其文案迄脱稿し、目下議政府よりの回答を待居られつつ有之候。
然るに議政府は、再び滋事を生ぜんことを怕れ逡巡。
未だ何等の回答を発せず。
現に考案中に有之様に候。
右及報告候。
敬具

追て機密報告第49号大院君入闕対談の中、生離死別の■を以て訣別せられたる一段は、固と同君の自白に拠ると雖ども、他より聞く所に拠れば此の如く甚しからず。
是れは、同君が聊か為めにする所ありて、其言を誇張せられたるやの嫌有之候間、右の一般は、未だ■迄の極端に至り居らざるものと■存候間、此段更に申■候也。
ってことで、この話を聞いた大院君はウリを排除する気かぁ~!と議政代理の南廷哲に詰問。
ワシが行った時の門番、減俸や笞で打ったそやないか。
ほんで警備も厳しゅうするて聞いたけど、どういうこっちゃねん。
ハッキリしてもらおか、と。

これに対して南廷哲は、詳しい事調べてからねとして閣僚と協議。
で、その返事が、いや政府は良くわかんね、と。
正にそのためにロシア士官に押しつけたんだしねぇ。(笑)

勿論大院君は納得いかないわけで、何知らないフリしてんねん。
アホちゃうか、と。
んー、意訳はこれで良いのかな?(笑)

そして、政府の回答次第では、外部からロシア公使館に照会させて、当日の門番に鞭笞の罰を与えたかを確認し、更に各国公使に親王が入闕するときに門標が必要かどうかと、親王が門標無しに入闕した場合、門番は処罰されるかどうかを照会までするつもりで、その文書まで脱稿して返事待ち、と。
で、政府は返答保留中なわけですが、どうするつもりだろ、コレ。(笑)

最後に追伸として、6月27日のエントリー中の生離死別云々の話は、大院君の誇張でした、と。
こうやって、みんな嘘や噂だから、どれが本当なのか見極めるのって、かなり難しいんだよねぇ。>半島人絡みの史料(笑)


ってことで、今日はこれまで。



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