さて前回は、極東政策についてイギリスの利益が守られていないのではないかという、チャールズ・ジルク卿の質問に対して、カーゾンの貿易上の利益が侵害されるような、朝鮮が領有的・行政的にロシアに併呑されたり、朝鮮の国土や港湾が侵略の根拠地とされて、極東のパワーバランスが乱れたりしないようにする方針だからという答弁までで終わってしまいましたので、今日は早速その続きを見たいと思います。
勿論、アジア歴史資料センター『各国内政関係雑纂/韓国ノ部 第二巻/1 明治30年7月20日から明治30年9月21日(レファレンスコード:B03050002800)』。
1897年(明治30年)7月20日付『機密第61号』の続きから。

之を要するに、右カーゾン氏の答弁は、昨年末ソースベリー侯始め、有力なる現内閣員の対露的東方政策に関する語調とは、実にして多少人意を強むるに足るものあるが如くに相見へ候。
乍去、昨年と本年との間に於て、別に事情の変じたることも無く、其他一般の形勢を察するに、当国の対露策が近来に至りて著しき変化を来したる形跡は、更に相見へ不申候。
就ては、右カーゾン氏の語気よりして、直に英国の東洋に於ける政畧大に面目を改め、往年巨文島占領の当時に於けるが如き活気を回復し来りたりと想像するは、尚太早計に■有之。
尤も、露国に於て此際断然たる手段を■し、侵畧の意思を公然発表するに於ては、英も亦敢て黙止するものにあらざるべしと思考致候。
■■若し露に於て■立ちたる挙動に出でず、暗々の裡其勢力を半島に拡張するの策を取るに於ては、進んで英より其機微を察し、露の侵略を防遏するの手段を執るが如きは、尚甚だ■なきを得ざる義に有之候。
尚、カーゾン氏の答弁を精密に考察する時は、或は政■者の論旨に答へざる処あり。
之に答ふるも、隔靴掻痒の域を免がれざる処あり。
例へば其論旨は、主として将来の方針に係はり、目下の形勢に付いては深く論究せず、北支那若くは朝鮮に於て露国が貿易上、其他現に■占する処の利益に対しては、強て其分配を受くるか若くは■■の利益を他■に求むべきかの意思も十分に之を顕はさず、■■曰く通商上の膨張は何れも之を覚悟し、敢て競争に後れざる工夫をなさざるべからずと。
ソースベリー侯曾て本使の質問に対して曰く、露国が東洋に於て不凍港口を得るも其軍港にあらず、又は之を得たる後砲台等を築迭し侵畧的基礎となすにあらずして、純粋に通商の為めにするものなるに於ては、英は之に対して故障を入るべきの理由を見ずと。
今、カーゾン氏の演説を見るに、諸勢遙に之れよりは強硬なるも、尚両者全く相容れざるにはあらず。
唯夫れ、実際英の意気込如何に拘はらず、朝鮮の独立は其希望する処にして、彼は朝鮮が如何なる方法を以ても露国の支配に帰することを黙視すべきものにあらず。
又、露国が朝鮮の国土及港湾を以て、其侵畧的手段の用に供することをも傍観せざるものなることを明言したるは、外交上十分の価値を置きて見るべきものにして、仮りに露国に於て此際速に際立ちたる処分に出でんことを露に希望したることありとせば、其政略に対する一大故障あることを彼れに■■せしめたること疑なき処に有之。
即ち、少なくとも当分の間、露国をして果断なる政策を執ることを躊躇せしむるの効は有之事と存じ候。
右カルゾン氏演説の大要は、本日別紙の通第59号電信を以て報告致置候得共、尚其説明として茲に詳細の顛末を報じ、併せて御参照の為め、別紙■■■■相添えへ■候。
此段及具報候。
敬具
カーゾンの答弁を見るに、今までベネズエラ国境争議、トランスヴァール問題、トルコとのアルメニア人虐待に関する件なんかで、極東に関しては消極的だったのが、多少は介入していくように変わってきたように見えるが、昨年と今年で状況が大きく変わったわけでもなく、対ロシア政策が変わるようには思えない。
まして、巨文島占拠当時のような積極的介入は更に望みがない、と。
さすがに、半島のように脳天気に楽観視する国は珍しいですからねぇ。(笑)

しかしながら、ロシアが強硬手段に出たときには、イギリスも黙って見ていないだろう、と。
ただ、ロシアが表立った行動をせずに、秘かに朝鮮に勢力を浸透させていった場合、イギリスがそれを察知してロシアの侵略を防ぐ手段をとるような事は期待できない。
まぁ、イギリス、ロシアその他の大国の意向が重要なのは、この時期何も朝鮮ばかりではないわけで。
各列強がどのような政略・行動をとるかというのは、日本にとっても非常に重要。
そんな中で、大枠の方針は述べられたものの、現状については深く語らずに、朝鮮について具体的にどのような態度をとっていくのかについても全く不明なわけですね。

で、ソースベリー侯が昔、ロシアが東洋で不凍港を得ても、それが軍港や砲台等を設置した侵略的基礎となるものでなく、単に通商上のものなら構わないと言っていたのよりは強硬だけど、英露が全く相容れないものではない。
ただ、イギリスが朝鮮の独立を希望しているのは事実であり、朝鮮がロシアの支配下に置かれる事を黙って見ているような事はなく、またロシアが朝鮮の国土や港湾を侵略的手段のために獲得した場合、傍観しないと明言した事には外交上十分な価値があり、これによってロシアも拙速果断な政策を執るのに躊躇させる効果があるだろう、と。
まぁ、わずかな言質は得たとはいってもねぇ・・・。

さて、次はこれを受けてのロシアの様子。
1897年(明治30年)7月22日付『送第76号』より。

英国外務次官演説の件

英国下院に於て、外務省経費予算案付議之際、外務次官「カルゾン」氏が陳述したる外■諸問題に関する説明中、「英国は貿易上朝鮮と至大の関係を有せずと雖ども、同国に於て最も緊要なる英国の利益は朝鮮の独立を支持するに在るが故、朝鮮の港湾をして極東の均勢を破るべき他国の運動の■黙たらしむることを許さず、若し如此き企図を為すものあらんが、英国は其固有の利益を保護するに躊躇せざるべし云々」と公言したりとの電報当地に達するや、「ノウオエ・ウレミヤ」新聞は7月21日の社説で之を批評して曰く、「此説明は、■■に失し明晰ならず、土耳古問題に関する説明に比し、更に一層不完全にして且つ巧妙を欠くものと云はざるを得ず、露国政府は常に日本の侵害替地■に対し朝鮮を防禦し、之を以て露国の極東領土と接壌する一独立国と見倣し居ることは、「カルゾン」氏が夙とに了得するところならん。
朝鮮は、独り此強大なる隣外と親睦なる関係を有するに由り利益を■め得べく、露国も亦た如此き好関係を利用せんと思料したることなれば、最早同氏の諷言は其■■を及ぼすこと能はざるなく、露国が一般人類社会の公益を謀り企画したる西伯利鉄道の宏業をして、世界的意味を有せしめ得べき地位を極東に占有せんと勉むるは、全く正当之■■に出づるものなれば、将来英国は之に対し、如何に抗議を試むと雖ども最早其効力なかるべし。
既に英国政府は、欧州に於て孤独の地位に立ち、且つ北米合衆国と釁を生じ居る際、「カルゾン」氏が朝鮮問題に関し到底英国の実行し得べからざる霊名的約諾を与ふるは、決して■智なる処為に非らざるべし。
極東に於ける英国の利益は如何に大なりと雖ども、之を以て朝鮮の将来を支配する能はず。
■国の独立を保持する者は、英国に非らずして露国なり。
若し■保護を為すに■り、我艦船を同国の港湾に定繋するの必要を見るに至らば、露国は英国外務大臣及自艦の思料する如く、英国に■■するの義務を有せざるを以て、前記「カルゾン」氏の宣言は、最早極東に於て最後の地位を鞏固ならしめんとする露国政府の意見を変更すること能はざるなり」と論述致候。
右御参考迄、■■■■■■■■。
んー。
先ほど「わずかな言質は得たとはいってもねぇ」と疑問視したものの、結構ボディーブローが効いてるようで。(笑)
まぁ、イギリスにどれだけ大きい利益があったとしても、それで朝鮮を支配できるわけではなく、朝鮮の独立を保持するのはイギリスではなくロシアだ、と。
で、カーゾンの宣言はロシアの意向を変更することはできないよと、牽制するわけですね。
まぁ、牽制とは言っても新聞の社説ですが。

ということで、どちらも朝鮮を表向き独立国とはしているわけですが、現状保護が必要だっていうのはどちらも変わらないようで。(笑)


今日はこれまで。



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