The Rubber Hand Illusion (ゴム製の手の幻想)


こういう名称の実験について

今までに聞いたことがあるだろうか?


現在、プリンストン大学所属の認知神経科学者の

Jonathan Cohen(ジョナサン・コーエン)と

友人のMatthew Botvinick(マシュー・ボトヴィニック)

の二人が、1998年に、雑誌"Nature"(ネイチャー)の

391号の756ページに掲載発表した

"Rubber hands feel touch that eyes see."

という論文で、初めて明らかにされた。


下の図を見て欲しい。



ウルペンのドリームピラミッド-ゴムの手の幻想
<図をクリックすると拡大表示される>


実験の手順はこうだ。


被験者は椅子に座り、

自分の前に置かれた小さな机(テーブル)の

左端近くに左手を置くように指示される。


そこで不透明な遮蔽物が被験者の前に置かれ、

その被験者からは左手が見えなくなるようにする。


次に実物大のゴム製のダミーの左手が

同じ机の上の被験者寄り(被験者から見て

遮蔽物のすぐ右側)に置かれる。

このゴム製の左手の手元側は布切れで覆われ、

被験者の左手のように見えるようにする。


これらの準備が整えば、

被験者はダミーの左手に視線を集中するよう

指示される。


実験者は、先の尖った「千枚通し」や

小型の刷毛を使って、ダミーの左手と

被験者の左手を同じ道具で同時に同じ指を

刺激していく。


例えば、刷毛でダミーの左手の人差し指をなでる

と同時に被験者の実際の左手の人差しを

刷毛で同じようになでる。


そして、同時に指を変えて

中指、薬指と刷毛でなでていく。


千枚通しの場合は、

同じように指先をつっついていく。


これらのことを続けると被験者はどうなるのか?


数分間続けると、

被験者は自分の左手への刺激が

次第に薄れていき、視線を集中している

ダミーのゴム製の左手への刺激に

反応するようになっていく。


この実験での被験者の感想は、

次第に実際の左手の感触が薄れて、

見えているダミーの左手への刺激を

実際の左手への刺激として感じるようになった

というものだった。


最後に、この刺激をさらに継続させて

被験者の脳にダミーに手の感触が

しっかり記憶されたタイミングで、

被験者に目隠しをしてもらって、

もう一つの実験を行った。


遮蔽物を取り除いてから、

机の下にあった右手を机の上に出してもらい、

そっと動かして自分の左手に触れてもらうように

指示すると、大抵の被験者は自分の左手ではなく

ダミーのゴム製の左手を触りにいったのだ。


これは、専門的な言葉で説明すると、

脳が自己感覚と境界のある物理的存在

(上記の実験ではゴム製の左手)とを

能動的に形づくっていることを示している。


このことは、ペンフィールドの神経外科的な

記録によって確認された、歪んだ体性局在地図

は間違っていることを示している。




ウルペンのドリームピラミッド-ペンフィールド:1



ウルペンのドリームピラミッド-ペンフィールド:2

<両図とも画像をクリックすれば拡大表示される>


ジョナサン・コーエンとマシュー・ボトヴィニックの

実験から、人間と道具の関係が見えてくる。


仕事として道具を使う人は多い。

中でもミュージシャンやスポーツ選手には

この脳内で道具と身体の同化が活発に

行われていることは間違い。


例えば、プロのヴァイオリニストは、

練習を重ね経験を積むことによって、

ヴァイオリンや弦の動きが

次第に脳内の腕や手や指の

動きを掌るニューロンを刺激して、

自分の腕や手、指先と同化されていくのだ。


あるいは、イチロー選手にとっての

バットやグローブもそうなっていると思われる。


しかも、このような脳の働きは

プロのミュージシャンやトップアスリートに

限ったことではなく、我々凡人でさえ、

使い慣れた道具で同じことを脳内で

行っているのだ。


自動車、マウス、ボールペン、腕時計、

手提げ鞄、靴、服、ナイフやスプーンなどなど・・・。


この事実は当然、将来、

様々な福祉用具や自立歩行器、義手などの

改良や開発に役立つに違いない。


反面、軍事用に戦闘用モビルスーツの

開発にも応用されるだろう。


インナースペース(脳)の探検は、

まだまだ始まったばかりなのだ。


The Rubber Hand Illusion の実験に関する

面白い実験を英国のBBCが放映したものが

YouTubeでUPされていたので、

次回、ご紹介したい。



(つづく)