エリシア・クロロティカ(Elysia Chlorotica)という

生き物がいる。


成長すると木の葉のような形で色は緑色という

体長数センチの「ウミウシ」の仲間で、

アメリカの東海岸の塩沼に生息している。

といっても、北はカナダのノバスコシア州から

南はフロリダ沿岸地域までの非常に広い範囲で

生息している。


大人になっても変身する前はこんな姿だ。

          



ウルペンのドリームピラミッド-エリシア・クロロティカ:2


この生き物が一般的にも有名になったのは、

New Scientistという雑誌の2008年11月25日号で

その奇妙な生態に関する報告記事が掲載されてからだ。


エリシア・クロロティカは、「植虫類(しょくちゅうるい)」

として分類されている生物なのだ。


「植虫類」というのは、植物と動物の両方の性質を

併せ持った雌雄同体の生物ということだ。


この奇妙な生物の一生を

是非とも読者の皆さんに紹介したい。


春になって水温が暖かくなると、

エリシア・クロロティカは、海岸近くの湿地に

卵塊を産みつける。


一週間ほどすると卵がかえり、幼生が姿を現す。


幼生たちは、次の数週間、その場で泳いで過ごす。


幼生たちは、その後

ずっとヴァウチェリア・リトレア(Vaucheria Litorea)という

藻類の緑の「糸状体(しじょうたい)」だけを

捜し求める。  



ウルペンのドリームピラミッド-Vaucheria Litorea


それが見つかれば、幼生たちはそこに付着し、

そこが彼らの居場所となり、小さな「ウミウシ」への

変態も行われる。


変態が完了すると、エリシア・クロロティカは、

すぐに付着していたヴァウチェリア・リトレアを

食べ始める。

但し、細胞膜を破り、細胞の中身を吸い出す。


細胞の中には、「葉緑体」と呼ばれている

楕円の細胞小器官が詰まっている。

この「葉緑体」は、「光合成」を行い、

日光のエネルギーを保存可能な化学エネルギーに

変える働きをする。


さて、エリシア・クロロティカが細胞の中身を

吸い出す時、本当に吸収しようとしているのが

この「葉緑体」なのだ。


エリシア・クロロティカは、「葉緑体」を吸収することで

体が緑色に変化する。



ウルペンのドリームピラミッド-エリシア・クロロティカ:1



エリシア・クロロティカの研究を専門に進めているのは、

メイン大学(University of Maine)の

メアリ・ランポ(Mary Rumpho)博士で

彼女が調べると、食べられた藻の細胞のうち

「葉緑体」だけは消化されず、

ウミウシの消化管(腸)の細胞の中に

丸ごと取り込まれていることが判明した。


その後、消化管は拡大し、いくつもに枝分かれして、

成長を続けるエリシア・クロロティカの全身に広がる。

これによって、貴重な「葉緑体」は、表皮の直下の

「融合層」と呼ばれる部分に送られる。


「葉緑体」で満腹になったエリシア・クロロティカは、

口を失い、その後は、生涯、太陽のエネルギーだけで

生きていくことになる。


木の葉そっくりの身体の中に、

無数の豆電球が埋め込まれたように見える。

その豆電球は、日光をあびると緑色に光るのだ。


ウルペンのドリームピラミッド-エリシア・クロロティカ:3


一旦葉緑体を獲得したクロロティカは、

水とCO2だけで最長9~10ヵ月も生きていた。


電子顕微鏡による観察で、取り込まれた葉緑体は

ウミウシの細胞中で変質せず、

植物本来の機能を維持していた。

「メカニズムは不明だが、ウミウシの細胞核と

藻の葉緑体が何らかの相互作用し合っているのだろう」と、

ランポ博士は報告している。



ウルペンのドリームピラミッド-メアリ・ランポ


ランポ博士は、以前の研究で、

2週間藻で食べさせた若いエリシア・クロロティカと

藻を食べさせない若いエリシア・クロロティカを

比較しするため、1年間の寿命を観察したところ、

2週間藻で食べさせた若いエリシア・クロロティカは

生きていたが、藻を食べさせない

若いエリシア・クロロティカは死んだと報告してる。


ウミウシ類が単独で、光合成に必要な遺伝子を

持っていないことも確認されている。

つまり、植物のDNAを盗んで、

まったく異なったDNAのコードを持った自分のDNAに

組み込む能力がエリシア・クロロティカにはあったのだ。


これは、とんでもないことで、

ウミウシ類は自己のDNAに関して、

重大な藻類遺伝子の1つが存在していることも判った。


しかし、それをどのように可能にしているかは

未解明のママ残っている。


但し、あるウイルスが関与しているらしいことまでは

分かっているらしく、その証拠も集まり初めている。

ウミウシの体内の細胞核などに寄生しているウイルスだ。


このウイルスは「レトロウイルス」の一種で、しかも

「レトロウイルス」の中でも古い系統に属するらしい。


この解明が進むと、

あらゆるモノが光合成で生き続けることが可能になり、
太陽がある限り、永久生命能力を持つことを可能にする

可能性を含んでいる。


この遺伝子を人間が持つと、

人間が光合成でエネルギーを獲得し、

何も喰わなくても生き続けることができるのだ。


さて、話にはまだ続きがある。


再び春が来て、

エリシア・クロロティカの命が終わる頃のこと。


卵の撃見つけが終わると、その直後に大人のウミウシたちは

病気になり死んでいく。

それまでおとなしかったウイルスたちが急速に増え、

あらゆる組織、器官に充満するからだ。


ウイルスは、この時、にわかに性質を変え、

ウミウシの身体を攻撃するようになるのだ。


つまり、

エリシア・クロロティカの中にいて、

生きていくのに欠かせない遺伝子操作に関与した

と思われるレトロウイルスが、

藻類から「葉緑体」に必要な遺伝子を転写し、

光合成ができるようにしてくれたウイルスが、

突如、敵になって攻撃してくるということだ。


ウイルスたちは、エリシア・クロロティカが大人になって

卵を産み、次世代の準備もできたとなれば、

大人たちはもう無用とばかりに殺してしまうようにも

見える。


参考文献の著者、Frank Ryan(フランク・ライアン)は、

このことを「攻撃的共生」と呼んでいる。


う~ん、実に不思議だ。


参考文献:「破壊する創造者」


破壊する創造者―ウイルスがヒトを進化させた/フランク ライアン
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この話から、SF小説が二つ三つ書けそうだ。



例えば、北朝鮮が自国の兵士に

このレトロウイルスの改良型を注入し、

「葉緑体」も注入する。


すると、食糧がなくても太陽さえ照っていれば

エネルギーを吸収できるという兵士になる。


常に食糧難に悩まされている北朝鮮にとって、

実に維持費の安い軍隊となる。



そんな遺伝子改良兵士が北から攻めてきた韓国は

気象コントロール兵器で雨を降らし続けて

意図的に日照時間を減らして、

北朝鮮の軍隊の動きを止めてしまうというストーリー。



まぁ、実際はアメリカ第七艦隊から

爆撃機がスクランブル発信して

数時間で戦闘は終わるんだろうけど・・・。