大好きなSF作家の一人である、

J.G.バラード(1930~2009)の

最後から二番目の長編小説。

原題は、”Millennium People”。


千年紀の民 (海外文学セレクション)/J・G・バラード


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彼は2009年に亡くなっているので、

最後の長編小説”Kingdom Come”が

訳されるまでは、まだ新作を待つ喜びが

残されていることになる。


若い頃の彼の作品は、

『結晶世界』、『沈んだ世界』、『燃える世界』といった

異常な終末世界を描いた作品が有名で、

私もむさぼり読んだ記憶がある。


しかし、J.G.バラードは年齢を重ねるごとに

作品の雰囲気が、SFっぽさから乖離していき、

ある種、哲学的な一面を見せるようになっていく。


この『千年紀の民』という作品も

近未来のイギリスでのお話だが

いかにもといったSF的なものは一切出てこない。


出てくるのは、普通の人々による

殆ど意味のないテロの連続だ。


中産階級の人々が、

不満をぶちまけるがごとく

次々とテロに関わっていく・・・。


攻撃されるのは、ヒースロー空港や

ナショナル・フィルム・シアターだったり、

書店やレンタル・ビデオ店、ペット関連のイベント会場、

BBC放送局などだ。


主人公は、アドラー心理学協会に勤務する

精神科医のデーヴィッド・マーカム。


ヒースロー空港で起きた爆弾テロで

前妻が亡くなったことから、

何故彼女が殺されなければならなかったのか

ということを探っていくうちに、

彼自身も無意味なテロ活動に

加担するようになっていく。


そして、そんな主人公に

近づいたり離れたりしながら

まとわりつくのが、小児科医のドクター・グールド。


実は、J.G.バラードの小説には

主人公とからむ重要な立場となる医者が

時折登場する。


1964年の短編『終着の浜辺』には、

日本人医師のドクター・ヤスダ。


1995年の『楽園への疾走』には、

ドクター・バーバラ。


彼らは皆主人公と哲学的会話をするのだが、

その話題の中には必ず「死」についての

考察が含まれているのだ。


この小説の訳者である、増田まもる氏は、

登場する医者がどれも「死者」をイメージしている

と解説してる。


そう言われれば、確かにそう思えるのだ。


結末を書くのは野暮なので書かないが、

この作品もまたJ.G.バラードらしく、

実に思弁的だとだけは付け加えておきたい。