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 今週のえーが 







        TIME/タイム








広告でちらっと見たのをきっかけに借りてきてみたが、かなりの良作であった。というより、現代の社会に何か訴えかけている深いものがあるのではないかと考えさせられた一本であった。


 


 監督は、アンドリュー・二コル。『トゥルーマン・ショー』や『ターミナル』の監督である。奇抜な設定が得意なのだろうか?今作も時間を通貨として扱う近未来を描いたということで、そうとう奇抜な設定である。今作のあらすじや設定詳細については追々紹介したいと思う。





やはり、出演者の中で一番馴染み深かったのは彼である。主人公と敵対する役を演じた、キリアン・マーフィーだ。『インセプション』ではターゲットとなる金持ちの息子役であったし、『バットマン』シリーズでは「スケアクロウ」を演じていて、どれも印象に残っている。








さて、ではここからはあらすじと作品の詳細について語るので、ネタバレNGな方はブラウザバックを推奨する。


 


 





 先ほど少し述べたが、今作の世界観や設定は非常に奇抜である。





舞台は寿命をコントロールすることが可能となった近未来。遺伝子操作技術の発達により、人々は25歳に達するとそこから生物学的に歳をとらなくなる。その代りに、それぞれの左腕に刻まれた「時計」が動きだし、それぞれ平等に「1年」が与えられる。以降、「寿命」は「時間」として取り引され、「時間」は経済活動の対象となる。つまり、貧しい者は「時間=寿命」のほとんどないギリギリの状態で生き、裕福な者は「時間=寿命」を有り余るほど有するという格差社会が生まれることとなる。





ここに、現代の資本主義における格差社会問題が示唆されていることは明らかである。そして、この映画は、その格差社会システムを打ち砕くのである。資本主義社会の終焉が叫ばれるこの21世紀、今作は今現在においてまさに重大なテーマを題材にしていると言えるだろう。


 


 主人公ウィル・サラスは、そんな格差社会の中の貧困層の暮らすスラム街に生まれる。朝、目を覚ますと「残り時間」が23時間ほどしかない状況から1日がスタートする。その日1日を生きることが第一の目標であり、また次の朝が来ればその繰り返しである。サラスたち多くの市民は労働によって、生きる「時間」を得るわけだ。人々は「時間」を得るために働いているのだ。自らの時間を使って。





ここにももう一つ、現代社会の、いや、人間の本質に関する大きな問題が横たわっているように思われる。このことについては後に触れよう。





そんな、貧乏(時間の無い)人サラスであるが、ある日、自殺志望の富裕層の人間から約1世紀分の時間を贈られる。言い忘れていたが、腕と腕を接触させることで「時間」の交換ができるシステムだ。モノの売り買いなども機械を使って腕の「時間」を差し引いて行われる。そうしてサラスは突然、ほぼ不死身の身体を手に入れるわけだ。


ここから、サラスの運命は大きく動き出す。時間管理局という組織に狙われ、それを逃れて富裕層居住区に踏み出し、大富豪の娘シルヴィアと恋に落ちる。シルヴィアやギャング、管理局を巻き込んでの「時間」の奪い合いが繰り広げられ、サラスとシルヴィアはついに100万年という「時間」を手に入れ、この格差社会システムを壊すために100万年を世界中にばらまくのである。そうしてついにシステムは崩壊し、社会が別の新たな段階へ進んでいきそうだというところでエンドクレジットとなる。





この映画は人間の持つ時間の概念、はたまた、経済や労働といった概念そのものに問いを投げかけているように思う。作中でのコーヒー1杯の値段は「4分」である。あなたは、コーヒー1杯を飲むために自分の「4分」を差し出すだろうか。あなたは今朝、コーヒー1杯を飲むのにどれくらい時間を使い、その1杯はそれに値するものだっただろうか。お金でも同じことが言えるだろう。「時間」を得るために「時間」をかけて「時間」を手に入れる。「お金」を得るために「お金」をかけて「お金」を手に入れる。こうした、現代社会における矛盾の核心を突き、疑問を投げかける、そんな深い作品だと感じた。








おまけ





ここでは、今作の少し細かいところに焦点を当て、違和感を感じたところやよかったと感じたところについて触れていきたい。





まず、シルヴィアについてだが、彼女は根っからの裕福層出身であり、常に父親に守られてきたような箱入り娘である。裕福層は、「時間」が有り余るほどあるため何に対してもあせらなくていい。つまり彼女は、生まれてから走った経験などほぼないはずであろう。(作中でもシルヴィアが、走るサラスに何故走るのかと興味を持つシーンがある。)そんな彼女が、劇中の6割走り回る。ここを指摘せずにはいられないだろう。





他にも、サラスの父親の話が何度も思わせぶりに登場するが、彼はこの物語に深く関与はしてこない。時間監視官のレオンとも過去に何かあったようだが、詳しくは説明されないまま終わってしまった。無理にレオンとの関係性を作ったから、尻切れトンボのように感じてしまったのではないだろうか。











総評





しかしまあ、難しい設定の作品ではあったが、最後まで物語自体に大きな齟齬も起こすことなく、最後まで描ききっていて、しっかりした作品に仕上がっていたと私は思う。映画のメッセージ性についてだが、現代社会への風刺を読み取らねば、「時間」を通貨とするという変わった設定を用いた、ただの娯楽アクション映画と化してしまうだろう。






また来週にでも映画のレビュー、分析等書いていこうと思っているので、どうぞお楽しみに。それでは、また来週!