それでは、マルセイユ版「奇術師」の解説を始めたいと思います。

数字の「1」が割り当てられています。

グリモー版「奇術師」とウェイト版「魔術師」

 


マルセイユ系のカードでは「魔術師」とは訳さず、「奇術師」「手品師」「大道芸人」「ペテン師」などと訳されることが多いですね。ここでは取りあえず「奇術師」のタイトルを採用することにします。

では、グリモー版「奇術師」の絵柄全体に注目してみましょう。

つばの広い派手な帽子をかぶり、これもまたカラフルで派手な衣装に身をつつんだ大道芸人である奇術師の男性の姿が見えます。彼は右手にコインを持ち、左手にはバトンを持って、今まさに奇術(マジック)を披露しようとしているかのようです。彼の前にあるテーブルの上には、彼の商売道具であるカップやサイコロ、短剣、玉、そしてそれらの道具を収めていたであろう鞄が置いてあります。彼の足元には雑草が生い茂っていて、そこが荒野であることを物語っています。

「1」

マルセイユ版「奇術師」にも数字の「1」が割り当てられていますが、その意味合いはウェイト版「魔術師」の「1」とは大きく異なります。

ウェイト版の「1」は端的に言えば神の数字を意味しますが、マルセイユ版「奇術師」における「1」はカードゲーム上における切札としての強さを表わす点数に過ぎません。まあこれは「奇術師」にかぎらず、すべてのマルセイユ版大アルカナに付された数字について同じことが言えるのですが。

もともと遊戯用カードの切札として作成されたタロット・カードは「トリック・テイキング」というカード・ゲームで使用されていました。

トリック・テイキングの基本的なルールは単純で、プレイヤーが順にカードを出していって、プレイヤーの中で最も強いカードを出した人がその場に出ているカードを総取りします。この繰り返しによって、最終的に獲得した点数の最も多いプレイヤーが勝者となるゲームです。そのルールにも各地域でいろいろとバリエーションがあります。

ちなみに、アルフレッド・ダグラスの「タロット‐その歴史・意味・読解法」(河出書房新社刊)にトリック・テイキングの一種である「ピエモンテ・コード」と呼ばれるゲームのルールが詳しく紹介されています。

21枚の大アルカナの中でも、「奇術師」のカードはトリック・テイキングにおいては最弱の切札ということになります。最強のカードは、もちろん「21」の数字を持つ「世界」のカードです。数字を持たない「愚者」のカードは特殊札(ワイルドカード)として扱われていました。

「大道芸人」

マルセイユ版「愚者」で、カードに描かれた人物は放浪芸人としての道化師でもあると述べましたが、この「奇術師」のカードは、まさにその放浪芸人である道化師が大道芸としての奇術を披露しているところを描いたものであるとも言えます。

「奇術師」のカードは中世の放浪芸人である奇術師(道化師)を描いたカードであり、カードの絵柄にはそれ以上の特別な象徴は見受けられないというのが本音です。キリスト教美術や図像学の観点から見ましても、特筆するようなシンボリズムは見受けられません。

とは言え、それで終わってしまうのも味気ないので、もう少し「奇術師」のカードを見ていきましょう。

彼は右手にコインを、左手にはバトン(短い棒)を持っています。

コインにもバトン(短い棒)にも、キリスト教的な象徴はあるのですが、「奇術師」のカードで示されているコインやバトンにはそのようなキリスト教的象徴は関係ないと思われます。

奇術師がバトンを持っているのは、バトンを振るうことによって観客の注目を集め、その間に、トリックを仕掛けるためのものでしょう。ハリー・ポッターの魔法の杖とは違いますね。当時でも、奇術師の前口上として、手にしたバトンを「魔法の杖」と呼んでいたかもしれませんが。

キリスト教においては、杖よりも細く小さな棒は、物理的な武器ではなく、精神的な武器であり、しかも、それ自体の力ではなく、神自身から伝えられた力を保持する武器なのです。

「月とそのこどもたち」(版画集「惑星とそのこどもたち」所収)(部分)(1470年)
大道芸人が杖を持ち、奇術を披露しています。テーブルの上にはカップ、ボール、サイコロらしきものが置いてあります。鞄らしきものも置いてありますね。

 


奇術師のテーブルの上にはカップや短剣、サイコロ、玉が置いてあります。カップと短剣、コイン、バトンと合わせて、小アルカナの4スートを象徴するアイテムは揃ってはいます。しかし、これらのものが四大元素を象徴するものとして意図的に描かれたものでないでしょう。いずれも、当時メジャーであった奇術道具に過ぎません。

カップと玉のマジックなどは紀元前2500年頃から行われていたようです。

カップと玉のマジックとは、カップの中に小石や玉を入れて、それを目の前で鮮やかに消し去ったり、あるいは空っぽのカップに玉を出現させたりする奇術のことです。また玉がカップからカップへとテレポートする奇術もありますね。

よくある、カップと玉(コイン)を使って、どのカップに玉が入っているかを客に当てさせる博打なども行っていたと思われます。当然、トリックを使って客の小銭を巻き上げるわけです。

エジプトのベニ・ハッサム村の洞窟の壁画(紀元前2500年頃)
二人の男性が四つのカップを使って世界最古の奇術「カップと玉(Cups and balls)」を演じている絵といわれています。(パンを焼いている絵というのも有力な説ですが)

 


サイコロにもキリスト教的象徴はありますが、やはりここでは、キリスト教的なシンボルとして描かれているわけではないですね。ちなみに、キリスト教においてサイコロはイエスの受難具であり、サイコロやくじは神意のしるしとなることもあります。

カップと玉と同様に、サイコロとカップを使ってサイコロ賭博を行っていたとも考えられますね。もちろん、トリックを使ってイカサマを行い、客の掛金を巻き上げるのです。

そして、奇術師がかぶっているつばの広い派手な帽子。

秘教的解釈では、無限大記号「∞」の形をしているとされます。この解釈はウェイトにも影響を与えて、ウェイト版「魔術師」の青年の頭上にはそのものずばりの「∞」が浮かんでいます。

簡単ですが、マルセイユ版「奇術師」の解説はこれで終わりにいたします。