「今日の国語の宿題は、読書感想文です。皆さんが図書館で借りた本のお話の感想を原稿用紙に書いてください。」
「先生。」
「なに?ポールくん。」
「”かんそうぶん”ってなんですか?」
「ポールくんが借りた本は何かな?」
「どうぶつ図鑑です。」
「…図鑑はだめよ。ちゃんとお話が書いてある本じゃないと。」
「じゃあ、”フランダースの犬”にします。」
「本を読んで、ポールくんが思ったことや感じたことを書くのよ。それが感想文。」
「おもしろかった、とかつまらなかった、じゃあダメなんですか?」
「どこがどう面白かったのか、それを書くのよ。」
小学生の頃、突然とぼくの前に現れた謎の言葉「感想」。
ぼくはこの読書感想文が大嫌いで、大人になった今でもそれは変わらない。
当時、TVばかり見ていて本を全くといっていいほど読まなかったぼくには、文章から何かを感じたり、情景を思い浮かべたりということ自体がまるでダメだった。
目に映るビジュアル要素の面白い、つまらないだけでしか判断していないのだ。
それでさえ、面白いことは「おもしろかった」で済ませていたし、その逆は「つまらなかった」だった。
思ったことや考えていることを言葉や文章にすることも下手なのである。
そんなぼくなので、何かについてまじめに感想を書いたり批評をしたりしても、駄文にしかならない。
しかし、そもそもぼくの意見など誰もまじめに聞いてくれないのだから、このブログで何をどう言ったり書いたりしても、たいした問題にはならないのである。
(だからといって、ブログに何を書いてもいいという社会ではないのだが。)
ちなみに、感想文の宿題は、
「絵が少なくてよくわからなかった」と書いたら、母親と先生にひどく怒られた。