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夢語り人のブログ

前職の上場企業が倒産し、営業マンから会計士に転身!

キャリアアップのための会社の数字について、
一人でも多くの方に興味をもってもらう活動をしてます☆

『経済が元気になると人が元気になる』


大学4年次夏、まわりの仲間は就職活動に必死になっていた。

そのような仲間の流れに乗って就職活動をする気にはなれなれず、

夢のない少年はフリーターでも何とかなると思っていた。

ただ、みんなが就活をがんばっているなか、

あせっていないといえば嘘になる。

私も何かこの時期にがんばってみようと思いやったこと、


 “東京から実家のある広島まで自転車で帰る。”


池袋のドンキーホーテで購入した19,800円の自転車とともに3週間かけて旅をした。

いろんなハプニングもあったけど、


多くの素敵な出会いがあった。

各地で出会う人の優しさに触れた。


最終日は名古屋から広島に自転車で旅していた同世代の男子に休憩中のコンビにで話しかけ、

意気投合し私の実家に泊めてあげた。

その時、日本だけじゃなく海外でも様々な人と触れ合ってみたいと思い、

大学卒業後カナダに語学留学させてもらった。

本当に祖父母と家族には感謝している。


言葉が通じずともダンスが趣味であったためもあってか、多くの友達ができた。

10ヶ月がたったころ、当時通っていた語学学校から野外活動のお兄ちゃんの仕事のオファーがあり引受けた。

世界中から集まる生徒さんを遊園地に連れて行ったり、野球、サッカー、ボートクルーズパーティーやクラブイベントを企
画した。

ナイアガラの滝は10回近く引率した。


つたない英語だが、ダンスというコミニュケーションで、

語学学校の人気者スタッフNo.1になったことはちょっとした自慢!

このまま野外活動のお兄ちゃんとしてフリーターをしていても面白そうだなと感じていた。


そんな時、確かロシアの男の子に、

「ユーはなぜ、世界中の人々があこがれている日本の企業で働かないの?日本の大学にも行かせてもらってるのに…世界には働こうと思っても働けない人がたくさんいるよ」

と教えてもらった。


ちょうどその後、大好きな祖父母が倒れたとの知らせがあり日本に戻る決意をした。

祖父は悪性の癌、祖母は大動脈破裂だった。

しかし、奇跡的に祖父母は手術も成功し元気になった。

祖父母は大阪に住んでいたが、2人では心配なため広島で実家で暮らすことになる。

私は祖父母と一緒に暮らしたことがなかったので、広島で働き一緒に暮らすことにした。

ロシアの男の子の言葉があり、日本の成長企業で働き、挑戦してみたい気持ちが芽生えていた。


大学中のアルバイトの一つで新聞勧誘をしており、運よく成績はよかった。

単価の小さな新聞では何とかなった。

それでは、単価の一番大きなものを売ってみたい!


それは、不動産!


そして、成長企業、広島本社、上場企業!

とすれば、一つしかなかった。


直に一度話だけでもあってくださいと連絡した。

しかし、募集していないため丁重に断られてしまった。


諦めきれず、だめもとで履歴書や自己PRといった資料を送りつけ再度面接の依頼をしてみた。

すると、営業部長直々に面談してやるとの連絡が!

面接はうまくいったのか覚えてないが、2次面接の連絡をまっていると、


「2次以降の面接は省略し、内定をだす」

との連絡が。


『街が元気になれば人も元気になる』とのスローガンのもと業務に邁進し、

営業成績は悪くなく優秀社員賞を獲得するなどいろんな意味で調子に乗り始めていた。

当時の会社はバブルだった気がする。

しかし、サブプライム問題や建築基準法改正等に伴い不動産市況が悪化傾向にある中様々な問題が発生し、リーマン

ショック直前に会社が『黒字倒産』した。


なぜ利益がいっぱいあるのに潰れるんだ?!

『黒字倒産』について調べるうちに、財務会計に興味を持ち始めた。

そして財務や会計の専門知識によるアドバイスにより傾きかけている会社を建て直すことができるのではないかと考え

るようになり、公認会計士を目指そうと決意し、会社を退社した。

そうして、2年半の勉強の末、公認会計士試験に合格することができた。


現在は、『経済が元気になると人が元気になる』というスローガンのもと、

新たな地で、新たな夢に向かって進んでいる。