離婚の時に作った公正証書。


弁護士への依頼から公証役場へ行くまでにかかった期間は約1ヶ月。


かかった費用は


離婚協議書作成費用:5万

代理人手数料:4万

公正証書作成費用(公証役場へ):2.5万弱

トータルで11万ちょっと。



夫が逮捕

なんてことがなければ、すべての手続きを自分で行うことも可能。


ただ、やはり法律の専門家に全てをお願いできるのは本当にラク。


離婚協議書のたたき台作成から、

こちらの希望を伝えて変更してもらうのも、全部弁護士さんとのLINEで完結。


また夫との

内容の読み合わせ、同意をもらう場面でも、

弁護士さんに立ち会ってもらえたことは物凄く心強かった。


また、依頼した弁護士さんは

養育費不払いに備えた保証サービス

「チャイルドサポート」もやっている方だったので、離婚後の養育費回収のスペシャリスト。

諸々安心感抜群だった。



ちなみにうちは

元夫が実刑判決を受けて服役、出所後も就職して安定収入を得られる見込みがない状態なので、今のところこのサービスは利用できないけど、

状況が違えば絶対に利用したいサービス。


離婚協議書で養育費について取り決めし、それを公正証書にすれば、万が一不払いがあっても裁判をせずに相手の給料を差し押さえるなどの対応がとれるが、実際のところは、それをやるためにも弁護士への依頼が必要になったり、自力でやるにしてもかなりの時間とエネルギーがかかるので(なんでこんなにも立場が弱いんだ…)

養育費回収を保証会社が代わりにやってくれるこのサービスはかなり魅力的。

 


①協議書たたき台作成

②夫と面会して内容に同意してもらう

③協議書完成 

④代理人(弁護士)と私と夫3人で読み合わせしサインをもらう

⑤公証役場へ代理人と私で出向き公正証書作成


この一連の流れの中で最大のピンチは公証役場に提出する夫の身分証明書と印鑑証明が見つからなかったことだった。


身分証は部屋を探して見つけたパスポートで代用してもらい、

印鑑証明は警察署に押収されていた財布の中にカードがあって無事に手配できたのだけど。


最寄りの公証役場は、いつもよく行く駅の商業施設の側にあった。

まっったく気づかなかった。


そして公証人の方は

のんびりとして柔和なおじいちゃん。

なんだか色々マイペースで大丈夫かしら?

と不安になったけど(失礼)

無事に手続きは完了。

書類に記入する時、いちいち筆で書いてたのがすごかった。


弁護士さん曰く、引退した裁判官の方なんかがこの仕事につくことが多いんだそう。


もう2度とお世話になることがないといいな。


そんなことを思いながら

公証役場の前でお世話になった弁護士さんに御礼を伝えて別れをつげた。

最近

かなりの方に読んでいただけているようで…


改めてこんな恥ずかしいことを

赤裸々に書きまくっていて、身バレしてるかもしれないな…

とかなんだか色々とドキドキしながら書いています。

 

まぁバレたからなんやねん、

って感じもあるので別に今更なのですが、

元夫のことに関しては

犯した罪のことも

現在進行形でまだまだ傷ついている方がいらっしゃることも事実なので

そこにだけは最大限配慮しながら書かねば…

と思っています。


もともと誰にも相談できずに苦しかった

不妊治療の記録をここにつけ始めたのが最初でした。


フルタイムで働きながら、

体外受精まで進めていくというプロセスは相当にしんどくて、だからこそ、ここに書き出すことで自分の考えや気持ちを整理したかったし、同じように悩んだりしている方にとって、一つの参考になれば、という思いもありつつ

書いていました。


そしてその後

ありがたいことに最後の挑戦で子どもを授かりましたが、今度はそこから始まった地獄のようなワンオペフルタイムワーママ生活。


子どもが産まれても

元夫は変わらず自分のやりたいことに生きるエネルギーのほとんどを費やし、

家庭とは寝に帰るだけの場所、ときどき可愛い子どもに癒される場所。


本当はその時のことも記録しておけば良かったのですが、あまりにも必死すぎて

書く余裕もありませんでした。


そうこうしているうちに

今度は大事件が起き

シングルになり仕事も辞めて…

と新たな展開を迎えることになりました。

最早、このブログがどこのジャンルに入るのかもよくわかりません。笑


こんな話をここに書く必要があるのか。

自問自答しつつも

自分が人生のどん底の時期をどうやって乗り切ったのかを自分のためにもきちんと記録しておきたかったこと、

そしてこの記録が、この先同じような状況で苦しむ人にとって何か少しでも役立つことがあったらいいな、と思って書くことにしました。


決して気分のいい話ではありませんが、

当時、事件直後は本当に分からないことだらけで

唯一「情報」が自分の救いになる場面が何度もありました。


ましてや、こんな内容のことを誰にも相談できないという思いもありました。

だから、同様の経験をされた方のブログなどは私にとっての数少ない貴重な情報源でした。


精神的にもだいぶ余裕を取り戻すことの出来た今だから書けることもあり、

これもまた一つ記録として残してあげたらいいな、と思っています。

👆こちらからお読みください。


引越しして、

少しずつ生活が落ち着いてきた私は

ずっとお休みしていた仕事にも何とか復帰した。


職場には

元夫と一緒に働いていた人もいるし

今回の一件も含めて全て知られている中で

「どのツラ下げて戻ればいいんだ」

と何度も何度も葛藤した。


でも子どもを抱えて

慰謝料も養育費も1円も取れない今の状況で

仕事を辞める選択肢はなかった。

とにかく家賃を払って

生活を継続していかなければいけない。



逆に

子どもがいなければそのまま実家に戻って

仕事も辞めていたと思う。



復職の前日は

とにかく眠れなかった。

怖かった。

そして戻ることがひたすら

「恥ずかしかった」


夫が逮捕され

更にその逮捕容疑が性犯罪。

嫁の存在はカモフラージュ

子どもが哀れ

などと散々ネットの掲示板にもかかれた。



だから職場の人達に

今回のことをどう思われているのか

と想像するだけでも、

まともな感覚ではいられなかったし

ましてやこんな状況で

多感な年頃の子どもたちの前に

再び出るなんて、「気持ち悪い」と不快に思う子も親もいるかもしれない…

などと考えれば考えるほどに憂鬱になった。


ただ行くしかない。

ここで逃げるという選択肢はなかった。

そしてなんとか出勤した。


2週間以上休んでしまい

その間職場の同僚にはとんでもない迷惑をかけてしまったのでとにかくお詫びしてまわるところから始めなければ、などと考えながら

朝一で管理職の先生に挨拶。


すると

「戻ってきてくれてありがとう。今日からまた頑張りましょう!」

と励ましの言葉をいただき

この時点で泣きそうになった。


そしてその後職員室へ入り自席に着くと

机の上には

「おつかれさま!おかえりなさい!」

とメッセージが書かれたお菓子が置かれていたり

その後直接声をかけにきてくれた同僚が

まともに食事を取れていないであろう私のことを気遣い、たくさんの差し入れやお手紙をくれた。


あえて

真正面から「心配してたよ!」と声をかけてくれる人、

一切触れずに、何事もなかったかのように今まで通り関わってくれた人、

どちらの対応も

ただただその気持ちがありがたかった。

今思い出しても泣ける。



そして私が不在の間にも

ずっと担任業務を引き受けてくれていた

先生にもお礼を伝えて、

教室へ向かい担任する子ども達と

久しぶりの対面。


正直、教室に入る瞬間は

子ども達の方をまともに見られなかった。


ただ教室に入って

教卓の前立って

頭を下げるしか出来なかった。


「本当に心配かけてごめんなさい!」と。


それでも子ども達は

「戻ってきてくれて良かったです」

「待ってましたよー」

と声をかけてくれた。


もちろん本心では

いろんな気持ちの子がいただろうと思う。

こんな気持ち悪い事件の関係者が

どうしてまた戻ってきたんだ。

まだまだ傷ついている人もいるのに。

それはきっと保護者も同じだったはず。


それでも

そういうネガティブな言葉や気持ちは

一切こちらに伝わらないようにしてくれた

生徒と保護者。

神対応とはこういうことを言うのだろう。


大人すぎるよ…と思いながら、

今は彼らのその大人の対応に甘えるしかない。


そんな風にして

私はなんとか仕事に復帰した。