飛鳥の小説倉庫、イラストや雑感も混じるかも
まだ執筆中の小説。
見せれるところまでうpしてあります。
いつ完成するかは未定。
そのうちエロ要素あり。
未完成品のため、すでにうpしたものでも書き換えることがあります。
Amebaでブログを始めよう!

【小説】 タンデム-19の頃の俺(3)

19-03 ドライブインにて-1


喫茶店の中は閑散としていた。
もうすぐ夜中の12時になろうとしている。
窓際の4人がけのテーブル席に向き合って座った。
眠そうな顔の店員が水とおしぼりを持って注文をとりに来たので、アイスコーヒーを頼んだ。
彼女はホットレモンティー。
店員は怪訝そうな顔をして去っていった。
ワンピースを着たハッとする様な美人と、皮つなぎを着た薄汚い男。
あまり見ない組合せだろう。
注文を終えると、俺はいよいよ緊張しはじめた。

…一体、何を話せばいいんだ?!

彼女は手を拭いた後のおしぼりを丁寧に四つ折にしていた。
おしぼりを見つめる目には長いまつ毛がかかっていて大人っぽい艶やかさがあった。
汚れでも残っていたのか、たたんだおしぼりでテーブルの角を拭き始めた。

…うむむ、気まずい。

何か話さねばと思うほど何も浮かばない。
どう話しかけていいのかも分からない。
俺は、生まれて初めて女の子からお茶に誘われた幸運なんか放りだして逃げ出したかった。
ずいぶんと長い時間が経ったような気がする。
実際はそうでもなかったのだろうが。
俺のコップの水が底をついた頃、店員が飲み物を持って現れた。
少しほっとして、テーブルに飲み物が並ぶのを待つ。
ついでに、水も注いでくれる。顔のワリには気の付く店員だ。
仕事を終えると、伝票を置いて店員はカウンターに戻っていった。

彼女は砂糖を一杯だけカップに注いだ。
俺は、アイスコーヒーにガムシロをたっぷりと入れ、ガシャガシャかき回す。
その上にフレッシュを乗っけるように入れた。これはかき混ぜない。
アイスはこうやって飲むのがうまい。
彼女は、優雅にゆっくりとスプーンを回している。
俺は、ストローを使わずにグラスに直接口をつけた。
彼女もカップを口に運び、一口含んで皿に戻す。
俺は、グラスで顔を隠しながら彼女の所作や表情を観察していた。
何も読めなかった。
彼女は、つっとカップを皿ごと横にずらした。
両肘をテーブルの上につき、両手を軽くあごの前で合わせる。
目線を俺に向けた。
がっちりと目が合った。
カンニングを見つけられた小学生のように俺は固まった。
彼女は唐突に話を切り出した。

「あたしね、彼氏にサヨナラされちゃったの」

そんな事を言われても、返す言葉が見つからなかった。
ここに来たのはバイクの話をするためじゃなかったっけ?
何となく彼女が俺をお茶に誘った理由が見えたような気がした。
軽い失望感を覚えた。
だから、少しくらい冷たい対応になってもしようがないよな。

「え、あ、そう?」

やっぱり、俺の反応は彼女には少々不満だったようだ。
形のいい唇を少し尖らせた。
慌てて俺は言葉を接いだ。

「いや、その、サヨナラされた経験てないから」

彼女は眉をすこし上げて見せた。

「へー、意外。モテるんだ?」

付き合ったことが無ければ、サヨナラなんてこともあるが訳ない。
とは言えず、

「そうでもないけど…」

と、答えておいた。
「けど…」の後にどんな言葉が入るのか、俺にもわからない。
それから、彼女はとつとつと彼氏との思い出話をはじめた。
どんなプレゼントを貰ったとか、どこに遊びに行ったとか、何をしてあげたとか。
のろけ話が多かった。
正直、俺は聞いていて少々つらかった。
だって、そうだろう?
他人《ひと》ののろけ話なんか聞かされて面白い訳ないじゃないか。
俺には未知の世界だし、今まで望んでも手に入らなかったんだ。
痴話喧嘩のいきさつだって、何処が悪くてどうすれば良かったのかなんて、さっぱり分からない。
それと、自分をフッた男の話を幸せそうに(喧嘩の話でさえも、だ)話す彼女の気持ちも理解できなかった。
ただ、話しながら彼女の胸元で揺れる手の動きには興味を引かれた。
(実際、話しているときの女の子の手ってのはよく動くものだ。
 指を組んでみたり、そらしてみたり、ころころと表情が変わる。
 まるで一対の蝶々がダンスを踊っているようだ)
ふんふんと適当に相槌を打ちながらも話なんかろくすっぽ聞いておらず、絶え間なく続く手のダンスにただボーっと見とれていた。
そういえば、彼氏が彼女に別れを告げた理由って何だっけ?

小一時間もたった頃、俺はグラスに残った最後の氷をガリガリやっていた。
彼女ものどが渇いたのか、冷めたレモンティに口をつけた。

「ね、聞いてる?」

蝶の舞が終わったので、俺は我に返った。
視線を上げると彼女が俺を覗き込むように見ていた。

「もちろん、彼氏と別れて残念やったね」

とっさに反応したものの、セリフにどれだけ感情を込められたか疑問だった。
案の定、彼女の目は疑わしそうな色を宿していた。
俺は、砕き切れてない氷を無理に飲み込んだ。
慌てて、水のグラスを手に取る。
グラスは空だった。

「どうぞ、口つけてないわよ」

彼女が自分の水を差し出してくれた。
一口飲んだ。
氷は無事食道を通過した。
一息つけた。

「あ、ありがとう」

彼女はふと笑った。

「君は、今つき合ってる人いるの?」

「今はおらんけど…」

少し見栄を張った。今も昔もいたこと無い。

「好きな人は?」

脳裏に、今夜俺がバイクを走らせる原因となった女の子の顔が浮かんだ。
今日は新しい彼氏とデートだったはずだ。
頭を振る。

「おらんよ」

少しつっけんどんだったかもしれない。
俺はちょっと格好をつけて言葉を続けた。

「今は、バイクのほうが大事、かな…」

彼女は窓の外の駐輪場に目を向けた。俺のバイクが見える。
顔をそちらに向けたまま、頬杖をついて彼女は言った。

「あれね、そうなんだ…
 ねぇ、何でそんなにバイクが好きなの?
 バイクのどこが好き?」

「僕がいないと、一人で立っていられないトコかな?」

冗談を言ったつもりだったが、彼女の反応はなかった。
じっと、俺のバイクを見つめている。
背筋が妙に寒くなった気がして、少し慌てた。

「気軽に色んなトコいけるし、
 コーナーを曲がるたびに乗り味が違ったり、
 空気の温度や匂いの変化を感じられたり、
 とにかく新鮮なんだ」

今度は、俺がバイクの話を喋り始めた。
彼女は時々、うなずいたり、質問を返したりしてくれる。
こんなにスラスラと喋れたのは彼女の視線がバイクの方を向いてたからだと思う。
俺が話をしている間、彼女は頬杖をついたまま俺のバイクを見つめていた。(もちろん、全く俺の方を見なかったわけじゃない。博物館で学芸員の説明を聞く見学者のように、じっと説明の対象を見つめながら、頷いたり質問を投げたりする時にはちゃんとこちらに目を向ける。俺の不真面目な態度とは大違いだ。)
彼女の端正な横顔を存分に味わいながら、大好きなバイクの話が出来て俺は幸せだった。
話は峠を走り回るところに及んだ。

「ちょっと他に気を取られると、すぐに言うこと利かなくなるんだよね。
 さっきもガードレールに突っ込みそうになったし…」

彼女は俺のほうを向いた。
俺の口が止まった。

「そういうのって、危なくない?
 怪我したらとか、死んだらとか、
 怖くないの?」

いきなり責めるようにいわれて戸惑った。
少し考えて、俺なりの答えを言ってみた。

「ミスすれば怖いし、コケたら痛いけど、
 やっぱり止められないんだよね。
 怖い、痛い、もう止めようってその時は思っても
 すぐまた走りたくなる」

彼女はあきれたように少し口を開けて俺を見た。
それから、小さく首を横に振って言った。

「まるで、とり憑かれてるみたいね」

意外な言葉に、天井を見上げて考え込んだ。確かに…

「そうかも…」

彼女は一つ小さなため息をついてつぶやくように言った。

「あたしも、とり憑かれてたかも」

「え?」

「さっき、あのダムで、君が缶を捨てた時まで。
 何となくあそこから飛び降りたい気分だったわ。」

う、ナンかいきなり重い話題。
今まではワリと明るかったのに…

「彼氏と別れたかて、死なんでも…」

「別に死にたいとか思ってたわけじゃないけど、ダムを見てたら吸い込まれそうになった。
 世の中で自分ひとりだけが
 世界中の不幸を背負ったような気持ちになる事ってあるでしょう?」

頭を思い切り蹴飛ばされたような気がした。
鳥肌が立った。
ある。
今夜、俺がここにいるのはそう思ったからだ。
でも、俺より彼女の言葉のほうがずっと重かった。
実際に付き合ってたんだもんな。
勝手に片思いしてた俺とは訳が違う。
無言で頷いた。

「缶が落ちていく音で気が付いたの。
 ああ、ここって深いんだって。
 おかげで、今こうしてお茶していられる」

「あの時、それで…」

それで繋がった。初めて会った時の彼女の言葉

「ありがとう、助かったわ」

もう一度、彼女は言った。
俺は困った。

「お礼を言われても…、単なる偶然やし。
 でも、飛び降りたりしなくてホント良かった。
 死んだら終わりだもんね。
 それは本当にそう思うよ。」

彼女の顔が凍りつくのが分かった。
見る間に、その目から透明な液体がつぅーっと伝った。

「うん…、うん…、そうだよね」

俺をじっと見ながら彼女は涙を流していた。
俺には何がなんだか訳が分からなかった。
自分が飛び降りたところを想像して怖くなったんだろうか?
とりあえず謝る事にした。

「ゴ、ゴメ…、そんなつもりじゃ」

どんなつもりなんだ?
俺の方が泣きたかった。
キョロキョロと助けを求めて辺りを見渡した。
カウンターの向うにさっきの店員がいた。
グラスを磨きながらこっちを見ていたが、目が合ったとたん逸らしやがった。
処置無しだ。
彼女は、俺の慌てぶりを見て初めて自分が泣いてることに気付いたようだった。
指で涙を拭《ぬぐ》いだ。

「あ、ゴメンね、気にしないで。
 なんでもないから。」

なんでもないって言われても…
こんな時に俺はハンカチの一つも持ってなかった。
トイレで手を洗っても、ズボンでささっと拭くタイプだ。
使った後のおしぼりを差し出すのはいけないような気がした。
バイクには確かオイルを拭くための新品のウエスを積んでいたはずだ。
(本気でとりに行こうかと考えていたが、そんなバカなことは思いついてもしないほうが良いものだと分かったのはずっと後のことだ。女の子は、おしぼりやウエスではあんまり顔を拭いたりしないらしい。)
俺がアホな考えに取り付かれているうちに(自分のせいで誰かが泣いたとなれば動揺するだろ?それが近所の悪ガキとかじゃなくて女の子ならなおさらだ)、彼女は自分のハンカチを取り出して涙を拭いていた。

「優しいこと言われたから、思わず涙腺が緩んじゃったわ」

優しいことなんて俺、言ったっけ?

「君は、これからもバイクに乗るんだよね?」

また、話が変わった。
一応答える、分かりきった答えだ。

「え、もちろん」

「彼女が出来ても?」

「バイクを止める理由にはならないと思うけど…」

「大好きな彼女が止めてって言ったら?」

「止めない。別れるか…多分隠れて乗るかな、何でそんなこと聞くの?」

何で急にそんな話になるのか全然分からなかった。
突然泣き出したり、話題がころころ変わったり、女の子って謎が多すぎる。

「うーん、さっき死んだら終わりだって言ったから。
 大切な人が出来たら、
 死じゃうかもしれないような事は止めるのかなと思って」

俺はちょっと言葉に詰った。
よく考えて、噛み締めるように言葉を選んで答えた。

「それは、彼女も大切だけど、
 バイクも大事っていうか、
 そっちのほうが付き合いが長いっていうか、
 付き合うことと天秤にはかけられないっていうか
 死ぬとは限らないというか…」

結局、上手く言えなかった。
彼女は自分の指を俺の唇に押し当てるように差し出して、俺の答えを止めた。そして、薄く笑った。
細めた瞳はまだ濡れていて妖しい光を宿していた。
俺は自分の心臓が一回り膨れた様な気がした。

「そろそろ出ましょう。」

彼女はツッと伝票を持って立ち上がった。

「あ、僕の分…」

「いいから」

こちらも見ずに、伝票だけ差し上げてレジに向かった。
二人揃って店を出る。
彼女の車の方へ歩きながら俺は食い下がった。

「でも…」

車までたどり着くとドアのロックを解除して、クルリと俺の方を振り返った。

「乗って」

「へっ?」

「もう少し付き合って」

その言葉を聴いた瞬間、正直期待するものはあった。
何をかって?
俺だって男だ。いろいろ想像はするさ。
恐ろしく身勝手な妄想をかきたてられてた。
それくらい、この時の彼女の雰囲気は妖しかったんだ。

「いや、でも、もう遅いし帰らないと…」

邪な妄想を抱きながら、のってはいけない誘いのような気がした。
いや、単に臆病なだけだったか。

「そう…、帰るんだ」

彼女は目を伏せた。
俺は、後悔した。

 …もしかして人生最大のツキを棒に振ったんじゃ…

しかし、今夜は少し意地の悪い悪運に見込まれていたようだった。
彼女は、ドライブインから続く国道の彼方に目をやった。

「じゃ、あたしはあそこに戻ろうかな」

「あそこって?」

「ダム」

こちらを振り返った彼女の表情《かお》を見たとき、俺は自分が最低のダメ野郎であることを痛感した。もう少しマシな言い方は無かったのか。
彼女の真意が何であるか、果たしてそれが本気であるかなんて分からなかったが、女の子にそういう事を言わせてはいけないことだけは分かった。
彼女がどんな表情《かお》をしていたかなんてとても表現できない。
寂しさと絶望が混じると人はあんな笑顔を浮かべるのか?
人間はあんな表情《かお》をするべきじゃないし、まして、させるなんてとんでもないことだ。
次の言葉は、俺のこの日最大の勇気だった。

「あの、もう少し一緒にいたい、です」

俺は、車の助手席に乗り込んだ。
彼女は運転席に座るとエンジンをかけながら、俺に何かを話しかけた。
よく聞こえなかったので少し顔を寄せた。
エンジンがかかると勢いよく音楽が流れ出し、ますます声が聴きづらくなった。
俺はさらに身を乗り出し、彼女の口元に耳を寄せた。
彼女はニヤリと笑うとこちらに身を乗り出し、片手でオーディオのボリュームを落としながら、もう一方の腕で俺の頭をぐるりと巻いて顔を引き寄せつぶやいた。

「憑き物を落としてあげるわ。」

そういうと俺の唇に自分のそれをさっと重ねて離した。
あがらう暇も無い早業だ。(暇があったってあがらったかどうか怪しいものだが)
俺にとって初めてのキスだった。


車はドライブインから国道へ滑り出した。
街灯も少ない山道を車は走った。
どこに向かっているのか分からない。
というより、そんなこと考えてる余裕はなかった。
俺は、憑き物の落ちた顔をしていただろうか。
いや、逆に何かにとり憑かれたような顔をしていたのか。
ともかく、俺を乗せた車はやがて、山中には似つかわしくない洋風でライトアップと看板がやたらと派手な建物に近づいていった。
看板には『Hotel Liberty』とある。青く「空」の文字が光っていた。
視界の中でだんだん大きくなる建物に、俺の期待、いや妄想もさらに膨らんだ。
かろうじて正気でいられたのは、情けない体験に基づいた理性の拠り所が一つあったからだ。

 俺が想像した通りのことは起こらない

今までの人生で一度も外れたことのないジンクスだ。
だから、いろいろ妄想を膨らませはしても、それに流されずにいることが出来た。
期待を裏切られるのは予定調和。
イケナイ妄想はただの妄想に終わるはず、という妙な安心感があった。
 …だから、このまま真っ直ぐに通り過ぎるはずだ。
車は国道をそれてわき道に入った。
ホテルに続く山道だ。ホテルは国道をはずれて少し山を登った高台に建っていた。
かなり斜度のある道を登りながら、彼女はチラッと俺に視線をよこした。
うねうねと道がくねってるのですぐに前に戻す。
俺は一体どんな表情をしていたのか。

「ちょっと、賭けをするわね。
 駐車場の奥から2番目が空いてたらアタシの勝ち。
 空いてなかったら、一回りして戻るわ。」

俺は無言で頷いた。
ほらきた。駐車場はきっと一杯だ。空いていても一つか二つ。もちろん奥から2番目はキッチリ埋まっている。で、駐車場を一周して出てくることになる訳だ。
建物の前まで来た。
レンガ造りの門の向うに建物の入り口があり、なにやらビニール製のでっかい暖簾のようなものが垂れ下がっている。客は車ごと建物に入るらしい。
どうやら、1階が駐車場で2階が部屋になっているようだ。
車は道を外れて門を抜け、フロントガラスで暖簾をかき分けながら(これって、車に傷がつくとか文句言うやつはいないんだろうか?)建物の中に入って行った。



【小説】 タンデム-19の頃の俺(2)

19-03 峠にて-2


そんなことがあって、俺はその峠からしばらく遠ざかっていた。
別の峠に通ったりもしていたが、どうもしっくりこない。
サッカーで言えばアウェイのグランドで練習するようなものだ。
バイクブームの到来でバイク事故が多発し、どこの峠も警察の締め付けが厳しくなっていた。
二輪通行規制やらパトロール強化やらで、走る場所自体がなくなりつつあった。


この日の俺は、むしゃくしゃする事が重なって、
(くだらない事だ。
 バイト先に気に入らない奴がいるとか、
 親の小言がうるさいとか、
 気のある女の子が俺以外の男と付き合いだしたとか、
 そんな誰にでもあるようなこと。
 でも、世の中で自分ひとりだけが
 世界中の不幸を背負ったような気持ちになる事ってあるだろう?)
夜中にバイクで走り出した。

伝説のロックシンガーもそうしたと歌っている。

どこに行こうかと考えて、ふとあの峠が浮かんだ。
 …夜ならパトロールも来るまい。
深夜営業のガソリンスタンドで燃料を満タンにして山に向かう。
初夏の夜だ。昼間はうだるような暑さだが、夜は涼しい。
道もすいており、快適な道行きだった。
徐々にテンションが上がってきて、大声で歌いながら走った。


峠に着いた。
いつもの広場が迫る。
ちらりと目をやり、止まらず通り過ぎた。
いつもの場所でいつもの日課をこなさなかったのは、それを取りやめる理由が山ほどあったからだ。
快適に走ってきて疲れていなかったし、テンションを下げたくなかった。今日は、いまさら気合を入れる

必要ないほど気力が充実していた。
歌の途中だったし、
(その曲は特にお気に入りの一曲で、歌い始めたばかりだった。
 イントロの鼻歌が終わってAパートに入ったばかりだったんだ)
最も重要なのは、広場の駐車場には白い車が一台止まっていた事だ。
この辺りには民家もないので駐車場代わりにしているなんてことはありえない。
夜の十一時過ぎにこんなところに止まっている理由はいろいろあるだろうが、自分達以外の奴と会いたい

と思う理由なんか、お互いにある訳ない。

そのまま、峠に突入した。
街灯もほとんどなく、ヘッドライトが照らすところ以外は真っ暗だったが、なれた道であることと、いつ

に無く高まった集中力《コンセントレーション》のおかげでコーナーを順調にクリアしていった。
クリアするごとに感覚が研ぎ澄まされていく。
夜道の誘導はセンターラインと路側帯のラインを目安にする。
周りが真っ暗なので、少しでも光があたれば意外と遠くまで見通すことが出来た。
往路を順調にこなし、コースの終わりでUターンをして復路に入った。
その後も、思い通りにラインが決まり、バイクは俺の体の一部のように反応してくれた。
コースもほとんど終わりがけの頃、あまりの調子よさに俺はいい気になっていた。
いや、集中していたからこそ気付いたのかも知れない。
ゆるい右コーナーからきつい左コーナーへの切り替えしにさしかかった時、目の端に何かを捕らえた。
「ん?何だ?」
花束だった。
別に、珍しくはない。
コースを一度走れば花束(時には、牛乳瓶の一輪差し)くらい2,3回は目にする。
俺の目を引いたのは、それが妙に新しい感じがしたからだった。
ともあれ、気をとられた瞬間に集中力が途切れた。
ブレーキのタイミングを逸し、スピードを殺し損ねて外に膨らむ。
ガードレールがグングン迫ってきた。
必死のブレーキング。
何とかガードレールとのキスは回避できた。
ヨタヨタと惰性で走行する。
テンションはガスの抜けた風船のように萎んでいた。
もう一度攻めなおす気力もわかず、「いつもの広場」に戻ることにした。
勿論、ゆっくりとだ。

広場に戻った。
例の白い車はまだ止まっていた。
前向きに駐車していたので、後ろを通る時にちらりとのぞいてみたが、人影は無かった。
駐車スペース一つ分の間を置いてバイクを止める。
アクセルを一度あおってからエンジンを止めてキーを抜き、ヘルメットをホルダーに引っ掛けて、自販機

までいった。
さっきの失敗のショックで、喉がからからだった。
いつもの缶コーヒー(ジョージアの250mlだ。何で、他の小さい缶がこいつと同じ値段なのか俺には理

解できない)を買って、封を切る。
ベンチは夜露にぬれていた。
地べたにも座りたくなかったので、ダムの上をぷらぷら歩いてわたってみる事にした。
ダムは差し渡し150mほどあり、だれでも行き来できるようになってる。
外灯が4本立っていて、夜でも歩くのに不自由はなかったが、ダムの下流側は底も見えないほどの暗闇に

覆われていた。
覗き込むと吸い込まれそうな気がした。
ダムの両サイドに柵は無く、車輪止めのようなブロックが等間隔で並べられている。
コーヒーをチビチビやりながら対岸に向かって歩いた。
3本目の外灯を越えたところで足が止まった。
峠にて1

もうすぐ対岸だが、4本目の外灯の下あたりに白い人影が見えた。
女のようだ。
白いワンピースをまとっており、ダムの上流を食い入るように見つめていた。
ただならぬ様子に、
(こんな時間にこんな所に突っ立ているだけで十分ただならないが、
 何か思いつめた感じがしたんだ)
おれも、彼女が見ている方に目を向けてた。
満々と水をたたえた湖面の向こうに、さっきまでおれが走っていたコースのガードレールがかすかに白く

見える。
それ以外、これといって変わったものはなかった。
湖面を渡ってきた風が、彼女のスカートをヒラつかせた。
それでも彼女は身じろぎすることもなくただ湖面の闇を見つめていた。
近寄りがたい雰囲気でだったし、関わりたくもなかったので、俺は対岸に渡ることをあきらめ、その場か

ら引き返すことにした。
戻る途中で、コーヒーが空になった。
どうしようかと少し考え、俺は缶をダム下流の闇の中に捨てた。
缶は意外なほど大きな音を立てながらダムの斜面を転がり落ちていった。

バイクにたどり着いて、ヘルメットをホルダーから外そうとロックを解除した。
ロックは解けたものの、ヘルメットのあご紐がホルダーから外れない。
なんとなく気が急いてうまく外すことが出来ず、だんだん焦ってきた。
何かに追われているような気分だった。
しばらくヘルメットと格闘した後、ふと気付いた。

…何を焦ってるんだ?
 あの女の人が幽霊ってわけでもあるまいに。

考えてみればあそこに人が居ても何の不思議もない。
視線を上げれば一つ向こうの駐車スペースには車が一台止まっている。
白のカローラⅡだ。
(車のことはよくわからないが、ボディにそうプリントしてあった)
今夜の俺みたいな気分の奴が他にもいて、それが女であっても何の不都合も無い訳だ。
そう思いつくと少し落ち着いて、ホルダーを覗き込んでみた。
あご紐を止める金具がホルダーに噛んでいただけだった。
金具を少しずらしてゆすってみた。
外れたっ!
とりあえずこれで、帰途につくことができそうだ。

…最後が中途半端だったけど、まあいいか。
 途中までは快適に走れたし…

「君…、」

ホッとした所に声を掛けられて、俺は仰天した。
声がしたほうを振り返る。
黒い瞳とぶつかった。
さっきの女性がそこに立っていた。
射竦められるとはこのことを言うのだろう。
逆光で表情はよくわからないが、濡れたような瞳が強い光りを放っていた。
その視線は俺の体を通り越し、背後のバイクまで貫いているような気がした。
俺は、体が硬直してもう少しでヘルメットをとり落とすところだった。

「…え?」

喉に引っかかるような声が出た。

「さっき、何かを捨てたのは、君?」

近付きながら訊ねてきた。
外灯が、その顔をゆっくりと照らしていった。
美人だった。
髪は外灯の光に透けて栗色をしていた。
少し太めのキリリとした眉の下では、ちょっとつり上がり気味の大きな目が真っ直ぐに俺のほうを向いて

いた。
漆黒の瞳と肩まで垂らした髪が白い顔をより際立たせている。
鼻梁は優雅な曲線を描いて少し厚めで小さなピンク色をした唇につながり、細い頤《おとがい》を頂点と

してきれいに描かれた卵形の輪郭に、それらすべてのパーツがバランスよく配置されていた。
年のころは24,5か。古風だが白のワンピースがよく似合っていた。

「君、缶か何か捨てたでしょう?」

彼女はかんで含むように再び訊ねた。
この時、俺はさぞかし間抜けな表情《かお》をしていたんだろう。

「え、あ、はい。スミマセン…」

強い瞳に視線を合わせていられず、下を向いてしまった。
何で俺は謝っているのだろう?
やっぱり、空き缶はくずかごへ?
少しの沈黙の後、彼女から発せられたのは意外な言葉だった。

「ありがとう、助かったわ」

「え…?」

下げた顔を思わず戻した。
さっきよりは緩んだが、相変わらず透かすような瞳が俺を捉えた。
聞き違いか、それとも俺に意味が上手く理解できてないだけなのか。
テンパり気味の頭では判断がつかず、どう聞き返したものか迷った。
彼女は、怪訝そうに見返す俺の顔をしばらく見ていたが、ふと俺の傍らのバイクに目を移し言った。

「あなたのバイク?」

「あ、はい。」

「速そうね。」

どうやら怒られたわけではなさそうだ。
バイクを褒められて少し嬉しかった。

「はい。メチャメチャ走りますよ。なかなか乗りこなせませんけど。
 さっきももう少しでこけそうになりました。」

調子に乗って、いらないことをしゃべってしまった。

「そう…」

頷いたきり、じっと見つめられた。
やっぱり要らんことを言ったのだろう。
お気に入りを褒められるとすぐいい気になるのはオレの悪い癖だ。
居心地が悪いことこの上ない。
早くこの場から立ち去りたかった。
落ち着かず、顔のあちこちが痒くなり始めた頃、彼女は口を開いた。

「少し、寒いね」

自分を抱くように両手で二の腕あたりをさすった。
そりゃぁそうだろう。
彼女のワンピースは薄手の生地で仕立てられていて、ほとんどノースリーブ(袖の無い服ってこう言うん

だよな?)だ。ネックは胸の谷間が程よく見えるくらい開いている。
ともかく、あっちこっちたくさん虫に刺されそうな涼しげな格好だった。
初夏とはいえ、夜の山中では無謀に近い。

「もっとバイクの話聞きたいわ。
 もう少し、暖かいところに行かない?」

そう言って、彼女はここから10分ほど山を下ったところにある国道沿いのドライブインの名を告げた。
そして俺がどうしようか迷っている間に、さっさと自分の車に乗り込んでしまった。
車のエンジンをかけ、窓を開けて俺に向かって言った。

「先に走ってくれる?」

俺の答えなんか、俺が考える前に知っている風だった。
慌ててヘルメットとグローブを装着した。
数分後、俺は首を傾げながら彼女のカローラⅡを先導して山道を下っていた。

何故、俺は頷いてしまったのだろう?

下心があったからか?
おそらく大部分はそうだと思う。
何せ俺ときたら生まれてこの方、冴えないオタク野郎で女の子にもてた事など無く、キスはおろかデート

すらしたことが無かった。
女の子の手を握ったこともない。
(いや、この表現には少し語弊がある。
 俺にだって、フォークダンスの経験くらいはあるんだから。
 要するに、お互いに自発的に、ってことだ。これって重要なことだ。)
そんな男が、ちょっときれいな女の子から初めてお茶に誘われたんだ。
少しくらいは舞い上がろうってもんだ。
それに少しだけ、そうしてあげたほうが良いという気もしてた。
世間知らずな俺にだって、女の子が見知らぬ男をお茶に誘うには、それなりの理由と度胸がいるってこと

くらい分かっている。
しかし、シャイで人見知りでヘナチョコな俺はこの期に及んでも逃げ腰だった。

…どうしよう。ブッちぎってこのまま逃げちゃおうか?

山道で乗用車をチギるのは難しくない。
少しアクセルを余計に開ければ事足りる。
それだけで、今夜のツーリングを終わりにして家で眠れるって訳だ。
バックミラーを覗くと、後ろをついて来る車の中の彼女と目が合った。
相変わらず見透かすような目だ。
そのせいか、見られているのは俺じゃないような気もした。
何を見てるんだろう?
大体、母親以外の年上の女性なんてほとんど関わったことが無い。
いくら考えたって、見当がつくはずもなかった。
ともあれ、俺はそれ以上アクセルを開けることが出来なかった。
ドライブインに着いた。
ウインカーを出してドライブインに入る。
駐輪場にバイクをとめている間に、彼女は24時間営業の喫茶店のまえで待っていた。


【小説】 タンデム-19の頃の俺 (1)

19-01 峠にて-1.99


初夏でも、夜中の峠は肌寒かった。
ヘッドライトの中でセンターラインが踊っている。
その踊りに合わせて、俺もバイクをバンクさせた。
センターラインは右へ左へ曲線を描きながら視界の後方へと消えていく。
切れていく風と、引き剥がされそうな遠心力と、あごの下を流れ、突き出した膝を通して伝わってくるアスファルトの感触が、言いようのない快感となって背筋をはい上ってくる。



短い直線をスロットル全開で駆け抜ける。
バイクをコーナーの手前で外側に寄せ、ギリギリまで我慢してフルブレーキ。
フロントフォークがフルボトムし、フロントタイヤが悲鳴を上げる。
シフトレバーを蹴ってシフトダウン、スピードを殺しながらエンジン回転を維持。
チョコチョコとブレーキレバーにかける握力を調節してタイヤをロックさせないようにする。
キッチリスピードを殺したら、ブレーキを開放してフロントのトラクションを抜き、一気に車体を倒しこんでフルバンク。
内側の膝を突き出して、膝についたバンクセンサーを路面に接地させる。
バイクはバンクを維持しながらコーナー内側の一番深いところ《クリッピングポイント》を目指す。
膝を通して伝わってくるアスファルトの感触が心地よい。
このとき目線は地面ともっとも近くなる。
アクセルはニュートラルオープン。
クリッピングポイントまでそのまま我慢。
タイヤが少しずつ外側に滑っていく。
暴れだしそうになる車体を外側の膝で押さえ込む。
車体が小さく動揺するたびに背骨にピリピリと電気が流れるような恐怖と緊張が走る。
クリッピングポイントを越えた。
ジワリとアクセルオン。
トラクションがリアタイヤにかかり、バイクは一気にコーナー出口へと向きを変える。
車体のバンクを戻しながら、アクセルをさらに開けていく。
コーナーを立ち上がったときにはアクセル全開。
エンジンが吹け切る手前でシフトアップ。
そして次のコーナーが矢のように迫る。

〇〇県の山中にある真夜中の某峠道。
ここは、1ヶ月前まで俺のような走り屋のメッカだった。


大きなダムがあり、その上流の貯水池の周りをぐるり舗装道路が取り囲んでいる。
往復の片側一車線だが、山道にしては道幅広くてが路面状態がよいため、週末ともなれば、数十台のバイクが集まってスピードやコーナーリングテクニックを競っていた。
熱が入りすぎて毎年数件の事故がおこる。
(警察や救急車が来る規模の事故の数だ。
 軽い転倒なんか、いちいち数えていられない。
 直ぐに起き上がって、バイクを走らせる、
 あるいは引きずっていくんだから
 そんなの事故じゃないよな)
懲りない奴は、体とバイクが治り次第復帰した。
何人か戻ってこれなかった。
戻らなかった理由というのは、大方分からない場合が多い。
怖くなったのか、バイクが無くなったからなのか、乗れない体になったのか、あるいは誰かに止められたか。来れなくなったヤツはわざわざその理由を語りに来ないからだ。
戻らなかった連中でその理由が分かる事が多いのは、そいつが死んだ時だった。そういう話はすぐみんなに広まった。
コースの途中に誰かが供える花束が一つ増えて、そいつの武勇伝やら思い出話に花を咲かせた。
でも、だから走るのを止めようとか気を付けて走ろうなんて流れにはならなかったし、しばらくするとだんだん話題に上らなくなっていった。
悲しいことだったが、それが俺たちの当たり前の日常だった。
寂しいっていうのが近いかもしれない。
死がどんなものか、死んだらどうなるのかなんて真剣に考てるヤツが、俺たちブンブン走り回ってる連中の中にいたとは思えない。
少なくとも走っている時の俺はそうだった。
そりゃ、することも無くボーっとしてる時に(特にコケた翌日に多い)ちょっとくらい考えることはあるけれども、いつだって答えが見つかる事はなかった。ただ、死んだらみんなに忘れられるんだなってなんとなく思い付くだけだ。
それはそんなに特別なことなのか。
そんなに長く生きていない俺にとっても、誰かの死はそれが最初でもなかったし最後でもなかった。


1ヶ月ほど前にも俺たちの峠でまた死亡事故があった。
死者が出ると、週末には警察のパトロールが現れるようになる。
峠を走っていた連中は、警察の姿を見ると三々五々に散っていく。
運の悪い奴らは、捕まって違反切符を切られる。
そんなイタチごっこがしばらくの間続くのだ。
だが、いつものごとく何ヶ月かすると警察は来なくなり、峠はいつもの喧騒を取り戻した。






19-02 峠にて-1


死亡事故があった日の翌日に、俺はその話を走り屋仲間の1人から聞いた。
ダム近くにはちょっとした駐車場と広場があり、自販機やベンチが置いてあった。
そこからダムの上を渡って対岸に行くことも出来る。
峠を攻める前にそこでコーヒーを飲むのが俺の日課だった。
今日の俺は、バイトの都合で少し遅れて峠にやってきた。
夕暮れまでもう余り時間がない。
しかし、攻める前の一服ってやつだ。
気合を入れるためには必要だった。
いつものように、バイクを止めて缶コーヒーを買っていると、走り屋仲間の友人が、俺に

「今日は走るの止めとけ」

と声をかけた。
訝しげに振り向く俺に、彼は昨日この峠で死亡事故があったことを話してくれた。
彼は昨日も走りに来ていて、事故直後の現場に遭遇した。
バイクは「く」の字に折れ曲がってガードレールの鉄柱に張り付いており、その持ち主と思しきライダーがその脇に横たわっていた。
路面には血とオイルが飛び散っていて酷い有様だったらしい。
血はともかく(といってしまうと死んだ奴に気の毒だが)、オイルは厄介だった。
下手すると次のヤツがそのオイルを踏んで、そいつの二の舞になりかねない。
運良く巻き込まれるのを逃れた彼は、すぐさま他の仲間と協力して、後続のバイクを止め、救急車を手配した。
まもなく救急車が来て、ライダーは運ばれていった。そして友人が警察に事情聴取を受けている途中でそのライダーの訃報がもたらされた。
その翌日(つまり今日だ)、友人は来る奴みんなに走りをひかえるよう忠告しにきていた。


ベンチに座って、コーヒーの缶を傾けつつ、目の前を通り過ぎていくパトカーを目で追いながら俺は言った。

「事故るのは勝手だけど、死んだら俺達に迷惑だよな。
 またしばらく、この峠は使えねぇな…」

それは本心だったか、強がりだったか。
明日は我が身かと思うと怖かったし、顔も知らない奴でも死んだことは哀しかったし、そのためにここが走れなくなることは腹立たしかった。

「ああ…」

友人は、あいまいな表情で頷いた。

二人でぼけっとしていると、さっきのパトカーが戻ってきた。
俺達のいる広場に入ってきて車を止め、警官が二人降り立った。
広場を見渡しながら俺達のほうにやってきた。
俺たちの座っているベンチの正面に立ちはだかると、見下ろすように警官は話しかけてきた。

「あれ、君たちのバイク?」

指差す方には、俺と友人のバイクが並んでいる。
もう一人の警官が、そちらに向かって歩いて行くのが見えた。

「はい」

「そうだよ」
と、俺。

警官は俺をじろりと見て、友人に視線を戻して言った。

「何してるの?」

「ツーリング行くのに、ここで待ち合わせをしてたんです」

いけしゃあしゃあと言う。頭の回る奴だった。
俺はそっぽを向いて、目の前の制服が何故そんな分かりきったことを訊くのかと考えながら、もう1人の警官が俺達のバイクのナンバーを控えるのを眺めていた。

「本当に?」

「ええ、今から○○方面に行こうかって話してたんです」
すらすらと答えた。

よく言う。
二人とも転倒して傷ついたボロボロの皮つなぎを着ており、その膝には、擦り減ってペラペラになったバンクセンサーがついていた。
格好はどう見ても走り屋だ。ツーリングに行くようには見えない。
免許証の提示を求められ、仏頂面でそれに応じた。
バイクを調べていた警官が戻ってきた。
しばらく二人でぼそぼそ話していたが、意見がまとまったのか、俺達に免許証を返しながら言った。

「気をつけて走りなさい。
 昨日もこの先で事故があったばかりだから。
 また別の警察官が見回りに来るから、いろいろ聞かれたくなかったら
 早めに行った方がいいよ。」

要するに、今日は走らせないから、さっさと帰れと言うことだ。
もう一人の、バイクを調べに行ったほうの警官が帰り際に言った。

「あの赤白のバイクはどっちの?」

「あ、俺」
俺は手を挙げた。

「昨日、事故を起こしたのは、あれと同じバイクだよ。
 よく走るバイクだから飛ばさない様にね。」

言い残して、警官たちは去っていった。
走り去るパトカーを見送りながら、

「最初に現場を見たとき、お前がコケたのかと思ったよ。
 現場見に行くか、まだバイクは残ってるはずだぜ?」

友人が言った。
俺と同じバイクか…
脳裏にガードレールに張り付く愛機と自分のイメージが浮かんだ。
軽く頭を振ってイメージを振り払う。

「いや、止めとく。」

「そか、そのほうがいいかもな。あまり気色いいモンじゃない。」

なんとなく白けて、俺達もその日は帰ることにした。