僕は30年ちょい前からバックパッカーをやってたんだけど、そのきっかけになったのが、僕の地元岐阜、柳ヶ瀬で会ったイスラエル人。当時、彼らに影響されてバックパッカーになった連中は結構いるはず。(イスラエル人とイスラエル国とは僕がその後色々関わる事になるんだけど、それはまた追々。)
昔、全国各地の飲み屋街にイスラエル人がいて道端で露天をしてたものだ。僕が知ってる限りでも、80年代半ば位にはすでにいた。盛り場を歩いてると、曲がり角なんかに外国人がいて、いつも「ドウゾ、ミテクダサ~イ!!」って人懐っこく声をかけて来た。男女のカップルとか、男1~2人で露天に立ってた。
彼らの多くは3~5人位で軽のワンボックスを借りて(4~5人ならキャリィバンとアルトとか)、車に商品を積んであちこち移動する。夜になると、飲み屋街で2~3箇所に分かれて店を出すというパターンが多かった。
売ってる物はというと、黒い台紙に貼り付けたキラキラ光るアルミの絵画、タイ製等の銀のアクセサリー、パチもん(鞄・時計・財布etc.)等。
彼らはほぼ皆、兵役を終えたばかりの20代の連中。イスラエルは徴兵制があって、18歳から男子は三年間、女子は二年間、兵役を務める。その後、兵役から開放された多くの者が「ヤッホ~~~~~~~~~!!」って海外を旅するんだけど(笑)、当時その中で人気の国の一つが日本。多くの若者が、日本で露天をやって稼いで、その金でタイやインド等でゆったり暮らすっていうコース。それを繰り返す者も多かった。
露天で売る商品はどこから仕入れるかと言うと、日本にイスラエル人の大元がいて、そこから仕入れる。その大元で一番大手だという「○○&△△」。殆どの連中がそこから買っていた。○○と△△っていう明らかにイスラエル人な名前の二人。僕は会った事が無いんだけど、皆口を揃えて、「○○は嫌いだ、△△はいい人だけど。」って言っていた。後に○○さんは捕まったと聞いた。
彼らから商品を仕入れて露天をしてた連中も、その後多くの者が警察に捕まる事になる。僕の目の前で捕まっていった連中もいた。彼ら若い連中の多くが、パチもん商売含めどれだけ法を犯している事を認識していたかは甚だ疑問だけど、彼等と接している限りでは、あまりに楽観的、というより、いい加減に見えた。
その10年後位に、たまたま郡上踊りの露天の中に、中年位の白人顔の人が店を出していて、話を聞くと現地に長く住んでいるイスラエル人との事。
僕が、露天をしているイスラエル人を何人も知っていると言うと、
「彼らと一緒にして欲しくない、俺はイスラエル人として彼らが恥ずかしい。」という。
「パチもんなんかを扱っている連中の事か。」
「それは別に大した事じゃない。」
「彼らの多くがドラッグをやってるのも知ってるが。」
「ドラッグやるのも知ったこっちゃない。日本でやれば捕まるのは当然だが、そう悪い事だとは思わない。問題は、それを売って商売しようと考える奴らがいることだ。彼らが本当に恥ずかしい。」
という、「ある個人の特殊な見解」に触れた(笑)。
ただ僕が日本人として彼らに接する中で、堂々と悪びれもせず日本でのルールを普通に犯す所を見るのは、どこか馬鹿にされた気分でもあり、法的に微妙な(いや違法だよ違法。)ビジネスで、莫大な数の若者を使って荒稼ぎする当時なお巨大化しつつあった勢力にはどこか恐怖すら感じた。
補足:ここでは、日本で露天をして商売していたイスラエル人の若者の事をイスラエル人バックパッカーと呼んでいるので、わざわざ断る必要すら無い当然の事だと思うけど、イスラエル人バックパッカー=違法なビジネスに手を染める若者 でもなければ、まして、イスラエル人が比較的平気で他国で犯罪を犯す人々でも無い事、決してそういう印象を持たれない様に、念の為。