私が悩んでいるのは、
友達のことでも
将来のことでも
恋愛でもなく
あれでもこれでもなく
多分
親の死をまだ乗り越えられていないってことなのかもしれない。
乗り越えるって言葉が正しいのか
受け入れる?
受け止める?
なんでもいいけど、現実として。
中学生の頃から何年も会っていなかった母親に、久しぶりに会ったときお母さんは棺桶の中にいた。
警察官から渡された衣服は血まみれで、記憶にあるよりほんの少し老けてたあの人はもうそこにはいなかった。
いろんな人が泣いていた。
線香をあげて、お経を読んで。それを繰り返した。
通夜と葬式と初七日とか四十九日とか、100日法要とか何回忌とか。
なんのためにそれをしているのか私には分からなかった。
ただ、人が死んで焼かれて、骨になっただけでしょう。
それ以外には何も分からなかった。
人が死ぬってどういうことなんだろう。
あの日感じた疑問をずっと今でも持ち続けてる。
母親が死んだところで、一緒に暮らしていなかった私の生活は何も変わらなかった。
もういないよって言われてもなんの実感もなかった。
好きとも嫌いとも言えない人の死は、
悲しめばいいのか、どうしたらいいのか分からなかった。
どうでもいい人だから、好きでも嫌いでもなかった、訳じゃない。
その真逆だ。
わたしにはあまりに大きな問題すぎた。
もちろん、好きになって欲しかった。
それは私がお母さんを好きだったからで、そんな当たり前のことすら思い出すのに苦労することになってるし。
お母さんだから、わたしのこと好きって言ってもらいたかった。
それは本能的な欲求だったけど、
満たされることはなくって、
だから、いらないって言った。
私のこといらないっていう人のこと、
私はいらない。
それが十代の私にできた精一杯の強がりだったのかもしれない。
会えばよかったのだろうか、
彼女が生きてるうちに。
いやきっと、そんなことしても傷ついただけだろうし、お互いに。