先月、ペースメーカーの電池の入れ替え手術をした父。

病院からも本人からも電池交換だけだから手術に立ち会いは要らないと言われたので、翌日見舞いに行くと伝えて当日わたしは普通に仕事に行ってました。


すると夕方病院から電話☎️。出ると看護師さんからで、

「あのー、〇〇様の娘様ですか?今どちらにいらっしゃいますか?お父様が無事に手術を終えられましたが、娘が来ているから呼ぶようにと仰ってますが」


え?滝汗

「あ、すいません。父の勘違いです。認知症です。 明日様子を見に行くのでそう伝えてください。お世話になり申し訳ございません。」

そう伝えて切電。


しかし、また違う看護師さんから

「あのー、娘さんはご自宅ですよね?お父様が間違いなく娘さんがいるとおっしゃるので一応確認です」と


あちゃニヤニヤニヤニヤニヤニヤ


「はい、すいません。私は病院には行ってません、居れば良かったですね、申し訳ございません。明日様子を見に行くと伝えていただけますか?」と言って切電。


手術が夕方だったので、すでに夕方18時ごろ。

もう、看護師さんにお任せして明日を待つのみ。


認知症は環境が変わるとワッと症状が出るなとつくづく実感。

(施設に引っ越ししたしばらくが大変でした)。

翌日会いに行くと、「お父さん間違えとったんかな?」とすっとんきょうなお顔で良い子してました笑


退院後は、安定した生活に戻り認知の症状もまた小康状態でご機嫌よく日々を暮らしてくれています。


そんな子供に戻った父ですが、

若い頃はむちゃくちゃで、世はバブルの真っ只中、毎夜毎夜新地で飲んではベロベロで帰宅。


戦士のように働き、接待飲みの嵐、悪さも(女性関係)もし、稼ぐことだけはしてくれていたけれど、娘のわたしからしても目に余る父でした。


数年後バブルが弾け、日本経済に暗雲が立ち込め、父の会社も経営が苦しくなり、そしてやり直し人生の最中に母(妻)を失い、1人になった父。

ここ数年で認知症を患い、無鉄砲やりたい放題のがむしゃら人生と仕事にも幕を閉じました。


今は週に2回デイサービスで運動をして、それ以外はバスに乗って駅までお買い物に出かけたり、通院したり、生き残っている笑友人と月に一回夕飯に出かけ、私とも月に一度母のお墓参りに行ってランチする。

まさに余生を超お気楽に過ごしております。


そんな父が大嫌いな長女(私の姉)とは絶縁し、頼りは私のみ。


来月80歳になる父にお墓参り後のランチで聞いてみた。


私「死ぬの怖い?」

父「いやぁ、別に〜」

私「寝たら起きないかもとか思う?」

父「いや、まだまだ大丈夫〜」

私「病気は嫌よねー」

父「せや、だからな朝も散歩しとるで!運動が大事やな」


うん、長生きしよるなニヤニヤ


父をみていて、

呑気って最強

施設の保証人も資金繰りもわたしの役目やしな、気楽でいいな!

ほんとにそう思うランチタイム笑い泣き


私「天国のお母さんに、私がくたばる前にお迎えきたってって頼んどくわ」

父「せやな、そうして〜」


そんな会話をしながら

気合いの入らない更年期娘と

認知症父のゆるゆる時間は過ぎに来ました。