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dramatist harem

かつて見た極楽浄土と太平天国のはざまにある、楽園の名残り。

はー、またつまらぬものを書いてしまった。

なんてね。

とにかく完成!
シナリオライターってなんだろうね。
お話を作る人?企画を立ててお話の筋を考える人?原作小説や漫画をドラマに改造する人?
これは、プロのシナリオライターになったばかり人や、プロになってこれから徐々に有名になって行く方々には、怒りを買われそうなことなんだけど。
まずプロになると、誰もが通る道として、企画書を提出するという作業がある。
自分がどんなドラマを書きたいか、それをプロデューサーが分かるように目に見える形にしていく作業が待っている。
大抵のライターは、嫌がるよね。
うん、分かる。だってボツにされる確率がとっても高いし短期間で書けと要求され、できたらできたで完成度を上げろと書き直しを要求され…。

でもそれを経験して、みんな有名になって行くし仕事をもらう。もしこの世界を目指すなら、その修業に耐えなきゃならない。
強い意思と覚悟をもってこの修業に臨まなくてはならない。
まあ、自分はその入口にすら立っていない者であるため、これは想像でしかない。正直、説得力は全くない。
シナリオライター(脚本家)は、ドラマを作るのがお仕事なんです。
中には、嫌々この仕事をしている人もいるかもしれない。でも基本、自分で望んだ職業だ。

モノを作るお仕事。
だったら、ドラマを作るのが好きなはずだよね?
だったら、企画を考えるのが好きでなくちゃ。

・・・企画書を書くのが大好きにならなくちゃいけないんじゃない?
「あーまた直しか・・・かったりーなぁ」とか考えながら書いてると、もっと嫌になるよね。
むしろ「わー嬉しい~!また企画書を書かせてもらえるなんて、超幸せ~!!」
って思いながら書いた方が絶対いいよね。
その方がいいものが書けるんじゃない?

わっはっは。
こんなコト書いたらプロのライターさん達がマジギレすることでしょう。

だったらお前が書いてみんかい!って。
プロの厳しさを知りもしないくせに、と。うん、確かに知らない。

でも、知らないからこそ、言えることがある。
分からない外側からしか、見えないこともある。
今の段階でははっきり言えないけど、内側からの視点だけで物を見ていたら、物体を正確に捉えられない時もある。
イヤイヤやるより楽しみながらやった方が遥かにいい結果を生むよ、と思っただけ。

どうかな?
やっぱり間違っているだろうか。厳しい世界だからこそ。
今、傑作を産み出すことが難しい業界だからこそ。
新しい試みを渇望されているからこそ。

試行錯誤は必要だ。

サービスというものについて、ふと。

自分自身、サービス業に20年前後関わってきたからこそ言えるんだけど、今、この時代にサービスに対するイメージを改める必要があるんじゃないかって考えてる。
ただでさえ、全産業の中でサービス業に携わる人々の労働単価が下がっていて購買物価も下落して、現場は悲鳴を上げつつある。飲食店のなりふり構わないコスト削減の結果が数々の食品事故を引き起こしている。

最先端のサービスって、限界までお客に尽くすことじゃない。むしろ値段に見合った質を提供することなんだな、と考えるようになってね。
もしお客様がそれを求めていなかったら、あえて提供しないのも相手への心遣いだなと。
つまり、「過剰なサービスより値段を下げてよ」とお客さんが言うなら、ベタベタひっつくサービスはやめて、ほっといてあげる。
そんでもって値段を下げる。
今の日本人が考えるサービスは、自分達にできる最高のサービスを限界いっぱいいっぱいまで提供すること、だよね。
でもそれって押し付けに過ぎないんじゃないかな。
だって「もっとサービスするからお金もっと払えよ」ってことでしょ。

現状今の日本では、どの店へ行ってもそこまで丁寧にやらなくていいよ、って思うくらいにサービスする。コンビニ店員のお釣りこぼさないように差し出す両手とか、もうね。
いやいや別に落としたら拾うからいいよそこまでしなくても、って思わない?あ、もちろんコンビニのサービスを否定するわけじゃないよ。それが店員さんの心遣いから来ているならそれはいいこと。ただ、それらを共通化して常態化まで持っていくのはどうかな、ってことよ。

本当にそこまで求めてるの?って思うよ。そんな過剰なサービスを欲しがる人ってどんだけわがままで寂しがり屋で構って欲しがり屋だよ?

過剰なサービスが欲しい人は、それに見合う対価を支払えばいい。それだけのこと。

サービスには確かに人懐っこさも重要だけど、最高だからお客さんが満足するのかなぁ?
違うよね。
そんな丁寧さを求めている人なんて、20年前ならいざしらず、今どきいるんだろうか?
「何でもかんでも最大限にやっとけよ」はむしろ放任主義みたいなもので、こんだけやっとけばお客も喜んでくれるだろと適当に当たりをつけているだけで、その実、何も考えていない状態なのかもよ。

人対人って、相手のことを考えるってことだけど、行き過ぎた丁寧さは、逆に相手のことをあまり考えないようにしているんじゃないかな、とすら思ってしまうんだ。

試しに、やってみたいことがある。
同レベルの商品を提供する店で、一方はサービス過剰、値段高め。
もう一方はサービスほとんどなし、値段安め。

みんなどっちに行くだろうか。