努力ってほとんどといっていいほど、一流プレイヤーはしてますよね。

「祈るだけでは勇気は得られない。努力を重ねつつ祈るのだ。」
これはイベンダー・ホリフィールドさんっていうアメリカのプロボクサーの言葉らしいですが
この人はクリスチャンだったらしいです。

祈るってところはそこから来てるんでしょうけど、人事を尽くして天命を待つって感じでしょうか・・・

まぁイチローさんも
「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています。」
と言っていますし

一人の人としての「イチロー」さんが言ったから結果としてこの言葉が凄いんじゃなく

こういった努力を継続・実行できた「イチロー」さんだからこの言葉が凄いのだと思います。

ある言葉を聞くとき、また目にするとき、そうなのかなぁと思うことがあります。

「鳥は自由に空を飛べて」羨ましい。
僕も「鳥みたいに自由に空を飛びたい」
I wish I were a bird.

こんな風な言葉を聞いたことはあるんじゃないでしょうか。

どう考えるかは自由ですがね。

鳥は羽ばたく
努力を続け
結果自由に
空を飛ぶ

なんとなく都々逸にしてみましたが・・・ちょっと最近ハマってるんですよねー(●´ω`●)ゞ

羽ばたくから飛べるし、きついかどうかは分かんないけどね。

でもずっと永遠に飛び続ける鳥はいないと思うので、きっと疲れるのだろうと思います。

でもそういった努力をして空を飛べる事で、羨望かどうかは分かりませんが

いいなと思われるような存在になれるのだと

努力によって尊敬できる人や素晴らしい人が生まれるのであって、そうした存在の人がポンって生まれて、その人がすることが努力ではないと

小さな努力 小さな成果 見抜く努力の 積み重ね

長々失礼しました。
世の中には勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある。
(ミシェル・ド・モンテーニュ氏)
あっ、タイトルこんな感じにしたら結構頭良さそうな感じになるかと思いまして・・・申し訳ございません。あんまり関係ないかもしれません。

実際問題言葉というものは強い力を持っているものだと思われがちですが

それは立場というものが強く影響を与えているのではないかと思います。

例えば野球選手を目指している小学生がいたとして、またピッチャーをやっていたと仮定しますと

打たれに打たれ、散々な結果になって落ち込んでいるとき、確かに親の言葉というものは力になるかもしれません。

ですが仮に、プロ野球で一流として活躍している選手が

「自分も小学生のころは打たれに打たれた。だけど原因さえ分かればさらに強くなれる。自分はそうやって弱点を克服してここまで来た!!」

と言ったとすれば、それは間違いなくその子の力になるでしょう。

そしてまた、その子が自分の限界に気付いた時

「どーせ、プロになったから言えることなんじゃねーか」

とマイナスの方に働くこともある。

また順番というものも言葉の影響力を左右するポイントだと思います。

例えば、「君優柔不断だよね、まぁ皆に優しいってことだけど」と「皆に優しいってことだけど、きみ優柔不断だよね」だと同じ言葉を発しているのに意味違ったりしますよね・・・

たまーにふとこんなことを思うと、ちゃんと相手に正しく伝わるようにきちっと話せることが大切なんだよなぁって思っちゃいます。

って何の発表やねん