新国立劇場小劇場で上演中の「エネミイ」の感想です。

見に行くかどうか迷ったのに、見に行って本当に良かった!!

チケットもらってびっくり。1列目でしたw まさかそんなによい席とは。ただ1列目って、あまりにも役者さんと近すぎるので、物語の世界に入り込むまでは、なんだか見ていて照れが出てしまう。照れってなんだっていう感じだけど、これが2列目だと他のお客さんが目に入るので、1列目と2列目にはかなり違いがあるようにも思う。
ただ1列目をもらったことに感謝です。

話としては、日常の家庭の風景の中に、学生運動や政治活動といった「闘うこと」が持ち込まれ、対する家庭の側は、婚活に励む娘や、フラメンコに励む母、定年後のご褒美としてヨーロッパ旅行に行こうとする父、派遣切りにあい30すぎてもコンビニバイトの息子と、家庭側はのほほんとして無為に時間をすごし、何も考えていないかのように見えるものの、

行き詰る会話を朗らな会話で和ませる母(けして抜けているわけではなく、わかった上での会話だろうと思わせる力強さが見事)
自己中のお局的性格のように一見見えるものの、面倒見がよい姉
そして、何も考えておらず、コンビニのバイトやネトゲを漫然と続ける青年に一見見えつつも、自分を主張できない意思のない子に見えつつも、本当は人の話を聞き、人のことを考え、真摯に自分の人生・他人の人生と向き合っている、心の優しい息子
という、非常にすてきな家族で構成されている。

父親は、なんともいえない感じではあった。が、瀬川(林隆三)に負けたくなくて、ゴキブリ殺しに格闘する様や、瀬川が自分の大事な本をわざとゴキブリ殺しに持っていったといって怒るものの、自分は息子の大事なシフト表フォルダをゴキブリ殺しに使ってしまった、という、そういう自意識と他意識の違いというか、人間としての様をよくあらわしているキャラクターだなあ、と思った。

啖呵を切って学生運動から抜けたわりには、今でも瀬川を怖がっていたり、
コンビニバイトをやめるように言い出せないで、弱気に息子と接するのに、瀬川に触発され、息子に八つ当たりして「お前がコンビニなんかでバイトしてるから、こういうことになるんだ!」と怒鳴ってしまったりと、まさに、ある意味人間らしいキャラクターであった。

瀬川は、オルグのプロなのだろうか。物腰があんなに柔らかいのに、けして引かない。インターホン越しでもそうだったし、ふとした会話の中でも、知らず知らずのうちに相手を自分のまな板の上に乗せているというか、非常に怖い男ではあるものの、でも優しい人だなと思った。
「40年後にはお前たちのやっている活動なんて淘汰されている!」と叫んで袂を分かった後輩の家を40年ぶりに訪れ、いつの間にか家族の中に入り込んではいるものの、でもそれは本当に、40年後の自分を見てもらいたくて、相手を見たくて、ねぎらうためなんだろうなと思えた。三里塚に誘ったりする気はもちろんあったんだろうけれども、でもそれも別にうまくいかなくてもどうでもいいし(断られなれているだろうし)、真意は40年経った今、どうしているだろうと懐かしむ思いだったのではないかと、あの冷静さの中にも思わせる優しさ、包容力がある。

成川は、がさつなようで、人の家に勝手に入り込んで、無神経な説教を続け、でも足りないけど心がべらぼうに優しいんだろうなwと思わせる。最初、家に入り込むシーンでは、まるで自分がさえ(高橋由美子)ちゃんと礼司(高橋一生)になったかのように、怖かった。いるだけで場を圧倒する、相手を制圧する演技が非常にお見事だった。

林隆三と瑳川哲朗を見て思ったのは、ベテランの役者は、台詞や間や体での表現だけじゃなくて、ただいるだけで場を圧倒する絶対的な存在感がほんとすばらしな、と思った。やっぱり俳優さんはうまいね。

心配しているとはいっても、こどもに強気に出れない親に対して、活動家で信念のある連中が子供たちに切り込んでいき、家庭が、人生が変わるというような、あほみたいな展開にはしないで、活動家側も優しさゆえに心配していて、親も優しさゆえに心配していて、一方子供側もいっしょうけんめい頑張って人生と向き合っているというところがとてもすてきだった。

高橋一生は、後半までは普通な感じだった。やる気のない若者風のキャラ作りか、弱い感じだった。ただ後半はさすが。友だちが酔って毒を吐く場面では、TVドラマの見過ぎかもしれないけれども、TVドラマだとよくこういう展開になって殺したりするので、見ていてハラハラしてしまった。しかしあんなひどいことを言われても暴発することもなく、父親にひどいことを言われ、前日の友だちの暴言と重なり、遂に感情をあらわにする…。

それも他人を攻撃するわけでも自己を正当化するわけでもなく、口下手でうまく自分のことを表現できなかっただけなんだな、というのが伝わってきた。話を聞いてないわけでも、怖がりなわけでも、適当なわけでもなくて、一生懸命優しく生きているのに、ただ口下手なだけなんだ。一生懸命生きているんだ。

あんなに優しくてすてきな人だもの。きっといつか出口が見つかるよ、と本当にうがつ心無く素直に感じられた、素敵な青年でした。

さえちゃんにむいている男の話も、よかった。面倒見のいい、きっぷのいい子だから、そういう相手の方がいいんだね。「Love Shuffle」の出る幕がほしいの、じゃないけど、自分が自分らしく輝ける相手というのが、いいのかもしれない。成川さんとの微妙な感じもすごくよかったw お母さんの「よかったわね」→さえの「なにが?」というところもとってもよかった。

高橋由美子を1列目で見たら、さすが美人だった。20世紀最後のアイドルですので、とてもかわいらしい。

見に行って本当によかった。
全体的に、穏やかな優しさと、下品とは無縁の雰囲気が流れていて、人ってすてきだなと思える、とてもすてきな作品でした。

「ガス人間」もよかったけど、「ガス人間」より役者さんの演技レベルが高く、かつ「ガス人間」より作品としても脚本家としてもアクがないのに、絶妙な間合いでの穏やかなメッセージが伝わってきて、すてきな作品棚と思った。

あと役者というか舞台全体の協調具合がすばらしい。林隆三と瑳川哲朗がすごくうまいのに、カンパニーというか全体の中で目立ってうまいというような目立ち方もせず、目だって下手な人もいず、バランスの取れたカンパニー。それがまた、活動家側・家庭側双方の穏やかな優しさに包まれている感じを醸し出していると思った。きれいなすてきな作品でした。