「ようやく我が家だ。それにしてもよく歩いたよな。かなり疲れたろう、今夜は何も作らなくていいぞ」
「ありがと。あなたの行動にあわせたら、いかに自分がかよわき乙女だってことを思い知らされるわ」
「わるかったよ。俺のクセなんだが、どうしても訪れた街の全てを把握したいんだよ。貧乏性だから」
「私も街の散策はすきだけど、八時間も歩きまわることはないじゃない。面白かったからいいけどね」

とにかく刺激的な街だった。魚市場の活気は世界共通で、売り子たちの威勢よい声がこだまする。

「でもさ。正直、味はいまひとつだったよね。新鮮なのはいいけど、みょうに身がパサついていたわ」
「ああ。焼き魚はしょう油がなけりゃ、全部食べられなかったよ。何気にワサビには感動したがな」
「私も。二人して言ってたじゃない、ここだけ帰国した気分だって。なんかホッとした味だったわ」

基本的に韓国料理はトウガラシ付きである。もちろんそうでない料理も多数あるが、やはり赤い。

「だからさあ、飽きてくるんだよな。うまいのは確かなんだけど、たまには舌を熱くさせないでくれと」
「でも不思議だわ。そんなに極端な気候じゃないのに、トウガラシを好む文化ができたのってね」
「冬はそこそこ寒いから、内側から温まる食材がほしかったのかもしれんな。ちょっとやりすぎだが」
「コンビニの店員さんが赤いスープをすすってたわ。私たちのしょう油のようなものなのよ、きっと」

というわけで、夕食は近くの回転寿司屋でとることに。存分にワサビをきかせて喰らうに食らった。

「この辛味って、およそ他の国にはないんだよな。言いかえれば、それほど特殊な味なんだよ」
「外国人からすれば、ゲテモノを食べているようなものかしら。納豆や生卵もそういわれるわね」
「いいんだよ、言わせておけば。そして俺たちも、むやみに他国の食文化を否定してはいけない」
「国際結婚はむずかしそうね。明日からワサビやしょう油が禁止の生活って、想像できるかしら」

そういえば愛情と食事は似ているとの喩えをきく。ピリッとくるより、ツンとしたほうが今は好みだよ。