「いまごろになって、刺されたところが痒くなってきたわ。なんて忌まわしい虫だったんだろう」
「どれ、見せてみろ。おお、見事に発疹しているな。いっとくが、かくまわすなよ。絶対にな」
「わかってるわよ。でも、これじゃみっともなくてサンダルが履けなくなるわ。靴下で隠さないと」
「場所が場所だけに、壮大な水虫と勘違いされるだろうな。誰も近寄らなくていいんじゃないか」

そんなの絶対イヤ、と買ってきた軟膏を足の親指へぬる。痒みを抑えるのに特化したものだ。

「でもさ、夜中にひとりでにかきむしっているかもしれないぜ。寝てる間は我慢できないしな」
「そうよねえ。そんなに強い痒みじゃないんだけど、なんか気になってしかたないわ」
「よし、寝る前に両手をしばってやるよ。もしくは刺されたところを石膏で固めておこうか」
「あのね、楽しんでる場合じゃないのよ。夜通し見張ってやるってくらい、言ってよね」

明日から二人で釜山だから、睡眠不足はよくない。とりあえずの防護策で靴下を履くことに。

「まだ暑いけど、しょうがないわね。向こうでは友人の目を気にしなくていいから、裸足でいるわ」
「さっき天気予報をみたら、素足でいられるほど気温は上がらないみたいだぞ。やはり靴下だな」
「京都や愛知と同じ緯度らしいわ。でも確実に5度以上は下回っていて、上着が必要よね」
「めんどくさいよな、荷物が増えて。なんだったら手ぶらで行こうと思ってたけど、一着ふやすか」

現地で揃えられるものは、できるだけ荷物にしないのが信条だ。上着さえも現地買いしたい。

「そこまで意地になる必要ないのに。どっちにしろ、これから寒くなるんだから予習と思ったら」
「まあな。そういう意味では、靴下で寝るのも立派な予習だな。俺も末端冷え性だからなあ」
「というか、あなたの場合は平熱から少しでもずれると体が反応するからね。暑がりに寒がりね」

五本指の靴下を履く彼女。素足の親指で患部をなでていると、足指相撲を挑んできた。早く寝ろってば。