「なにをさっきからソワソワしているの。みっともないわね」
「いや、結婚式のスピーチなんて初めてだからさ。緊張はしてないつもりなんだけど」
「さっきから手の汗を拭きつづけてるじゃない。もっと気楽にいきなさいよ」

気持ちは落ちついているが、体をコントロールできない。人前でしゃべるのは久しぶりだ。
いくらクサレ縁の親友といっても、両家の親戚がそろう席での失敗はゆるされない。

「だれも気にしてないわよ。たとえトチっても、五分後にはすべて忘れられてるわ」
「それもいかがなものかと思うけど。ほぼ徹夜で書いた原稿だぜ」
「なんか、当たりさわりのない言葉を選んでたわね。くだけた文章のほうがよいのに」
「二次会ならともかく、披露宴ではなあ。本当はポーズを決めながら読みたいんだよ」

そんな度胸のカケラもないくせに、と冷めた目で見られた。また手に汗がしたたり落ちる。
一般的には、とどこおりなく式を進めることが最善だ。妙なハプニングは期待されていない。

「いかにもマニュアル好きな国民性ってとこかしら。私はもっと個性的にしたいわ」
「披露宴の料理があまりうまくないのも、マニュアル通りだ。これはなんとかしてほしい」
「数年に一度しか会わない親戚を招いたところで、どうかなって思うしね」
「江戸時代からつづく家制度が精神的に残っているんだよ。これだけは近代化しないなあ」

お年玉の総取得額が親戚の数できまった子供時分はよいが、大人になるとじつに面倒くさい。

「これだけ核家族化がすすんだのに、冠婚葬祭のときはなぜか集まるんだもんな」
「そうよね。それも普段からつきあいのある友人を押しのけて、なぜか優先あつかいなのよね」
「血縁とは恐ろしいものだよ。もう、そんな呪縛からそろそろ解けてもいいはずだが」

本当に世話になった人たちにこそ、祝ってもらいたい。旧来型の世間体など、どうでもよい。

「でも、両親だけは招待させてね。私を産んだ瞬間から、その日を夢見ただろうから」

反対する理由など微塵もない。そして、その言葉をスピーチの最後にいれさせてもらうぞ。