「そういや、動物とふれあう機会が少なくなったよなあ。昔はあちこちに野良犬がいたもんだ」
「そんなにいたかしらね。ちょっと記憶がオーバー気味になってるんじゃない」
「子供のころに住んでたところは、品がよくなかった。ドブネズミやアオダイショウも見かけたよ」

まだ下水道も完備してなかったせいか、数年おきにシロアリの大繁殖がその一帯におきた。
あまりの数の多さにおどろいて、二階からころげおちて意識をうしなったこともある。

「あれはとんでもない悪夢だった。それ以来、シロアリは敵だ。ゴキブリなんてかわいいもんだ」
「よほど衛生がよくない地域だったのね。今の環境とくらべててもしかたないけど」
「だから、たまに東南アジアにいくとホッとするんだよな。俺の原点がここにあるって」
「じゃ、定年後はインドあたりに永住してみたら。私はそこまで悟りの境地になれないけど」

インドは未踏の地だが、いずれは通らずにはいられない。とくにガンジス川での沐浴は夢のひとつだ。

「牛や馬、象たちがわがもの顔で道を闊歩しているんだぞ。それがあたりまえの日常なんだ」
「たしかに動物園でしか出会えない動物たちが、市民権を得てるんだもんね」
「母の実家では農耕用の牛をかっていて、小さいころはそのフンを集める仕事をさせられたよ」
「いまなら児童虐待で訴えられるかもね。どっちにしても環境がちがいすぎて、想像できないわ」

べつに貧乏自慢をするわけではないが、知らないよりは知っておくほうが面白いこと。
まだ年端もいかぬころから生の動物たちとふれあうことによって、さまざまな耐性がつく。

「シロアリやゴキブリと親しくしなくてもいいけど、なにかのときに対処できるスキルは必要だ」
「私は自信ないわ。いつもあなたに退治をまかせてるから、わかるでしょ。とくに黒いのはダメ」
「俺の母親は手づかみで退治してたよ。あれは女なのに、ムダに男らしすぎた」

母子家庭で育ったため、父親役が必要だったのだろう。あの芸当だけは、いまだに真似できない。

「あんな繊細そうにみえるお母さまなのに、すごいなあ。私も、いつかそうなれる日がくるのかしら」

いざというときは男より女のほうが強い。退治されぬよう、ゴキブリ亭主と呼ばれないようにせねば。