「ジョンと出会ったのは、去年の秋だったかな。イタリア旅行のときに偶然にね」

タバコの煙をくゆらせながら、彼女はゆっくりした口調で語り出した。
現地のミニツアーで一緒になった彼と意気投合し、
その後、メールやSNS等で連絡をとりつづけていたとのこと。
数ヶ月前には、彼の自宅があるサンフランシスコへ数泊したそうだ。

「なんかね、ずっと不倫を続けてきたわけじゃない。つかれちゃっててさ。
 そこにタイミングよくというか、ジョンが現れたわけよ。また優しかったのよね」
「春先にアメリカへ行ってきたのは、そういうことだったのか」
「うん、あれは三月の初めだったかなあ。彼の家族も迎えてくれて、楽しかったわけさ」
「そのときは、いわゆる不倫を終わらせようと思ってたの?」
「うーん、そこまではねえ。ただ、何となくすべてを忘れたい自分がいたわ」

10歳上のアメリカ人は自宅に招くさい、彼女を婚約者だと家族に紹介したそうだ。
とくに肯定も否定もせず、流れにまかせたまま数日間のリハビリを楽しんだのち、
気持ちの整理がつかぬまま、妻子持ちの彼とふたたび週末に会っていたらしい。

「やっぱり心の整理がつかないというか、ここまで付き合った情というか・・・」
「で、結局妊娠しちゃったんだね」
「そう。しかも、ジョンがあと三週間後に来てしまう」
「なんで彼がやってくるの?結婚前提で付き合うようなことを言っちゃったの?」
「なんかね、もうすぐ彼、自宅から追いだされるの。行き場がないからホームレスになるとか」

話の全体像が見えなくて呆然とするのを見透かすように、彼女は間をおきながら説明する。
彼は八年前に受けた交通事故のせいで羽振りのよかった生活が一変し、
後遺症の鎮静剤を飲みつづけながらベッドで横になる日々を余儀なくされているとのこと。
自動車保険の会社は治療費等の支払いを拒み続けており、
治療中であることを証明するために、働くことをあえてしていないらしい。
ついには両親からあきれられ、今月末に家をでるように勧告されたようだ。

「ちょっとおかしな話だなあ。ようは、今はニートってことだよね」
「まあ端的にいえばそうね。とにかく彼は病人なのよ。で、もうすぐ家から追いだされる」
「でもイタリアへ行ったり、君を自宅に招いたりで、とても病人がすることには思えないよ」
「私もねえ、ちょっと怪しいなとは思ってるんだわ・・・しかも彼、タイ人の嫁がいたの」

カオスな状況が頭を混乱させ、目の前が急に暗くなってきた。
マスターにコーヒーの追加をたのむと、彼女は三本目のタバコに火をつけていた。


(つづく)