「私ね、妊娠したの」

突然、切り出した彼女。口調はしっかりしていたが、目が定まっていない。
話したいことがあると昨夜いわれ、なじみのイタリアンで待ち合わせた。
知り合ったのは去年の冬。月に一、二度は夕食をともにしていた。

「そうか。で、相手はだれなの」
「うん、三年ほど付き合ってた人。妻子持ち」
「・・・そうか。で、どうするつもり?」
「とりあえず、産もうと思っている。私も、もう歳だからね」

友人関係を保っていたつもりだったが、彼女の告白に気持ちが大きく揺らいだ。
何とかしてやりたい。でも、何ができるのか。単なる世話焼きになってしまわないか。

「彼のほうは、どういってるの」
「堕ろせって。そりゃそうだよね、妻子持ちだもんね」
「うん。でも、君は産みたいんだろう」
「なんかねえ、このまま一人だったら寂しいかなって。とくに老後はね」
「そんなことで産むって決めたのか。保険代わりってこと?」
「そんなつもりじゃないけど・・・どうしたらいいんだろう」

一筋の涙が、彼女の目からこぼれ落ちてきた。ハンカチで拭うが、とまらない。
思わず手を握る。強く握る。握り返してくる彼女の手にも、力がこもっていた。
しばらくお互いの目を見つめ合う。何とかしてやりたいが、言葉がでない。

「もうね、私どうなってもいいのよ。本音はね。でも子供は殺したくない」
「うん、まずは気持ちの整理から始めなきゃな。とりあえず飲もうよ」
「もう、あまり飲めないのよ。赤ちゃんのためにね」
「あ、そうか。これからは飲みに行けないって、このことだったのか」
「そうなの。でもごめん、この瞬間は許して。タバコも」

握っていた手をはなし、軽くワインを口にしてからタバコに火をつける彼女。
ため息混じりの煙が深く、そして大きくテーブルを覆った。
なぜか、無性に悔しさがこみあげてきた。さあ、どうしたものか。


(つづく)