若い頃、写真関係の仕事をしていた。主にテレビやコマーシャルフィルムで使う写真。
私がいたセクションは、写真展の企画と、それに伴う現像、パネル貼り、展示会場への設置などをしていた。数々の有名写真家の写真に関わった。
テレビ局近くの台本を専門に印刷しているビルに間借りして現像所を持っていた。
昔は、ドラマの背景写真やテレビのセットのデザインで、モノクロ写真を貼り付け、その上から着色することがよくあった。
90センチ幅のロールの印画紙を暗室の壁一面に何枚も張り合わせ、それに映像を焼き付ける。これをカラーの印画紙でやると、莫大な費用がかかるからだ。
そこで着色をする職人が必要となる。この手法はもともと映画で使われていたものをテレビの時代に受け継いだものだ。ゆえに職人も映画上がりの人が多かった。
ある伝説の職人がいて、映画業界では、雲を描かせれば日本一と言う老人だ。
当時、映像業界の裏方列伝みたいな番組があり、それにも出演した有名な人だ。
新入りだった頃、その人が着色するときに立ち会う係にされた。何故かと言うとちょっと油断すると酒を呑んで現場に寝転がっているからだ。
奥さんに連絡して、バスの定期券だけ持たせてください。現金は一切いらないです。食事や飲み物はこちらで用意しますと言っているにもかかわらず、局の受付に行っては財布を忘れたとか何とか嘘をついてワンカップ代をせしめてくる。しかもワンカップ1杯でぐでんぐでんになるのだ。
雲を描かせたら日本一なのに、ドラマセットの窓から見える外のビル群の着色など、今から思えば、つまらなかったのかもしれない。
発注書に書かれてない映らない部分の空にまで雲を描いていた。
それが見事な雲なのだ!
どうしてそんなに雲が上手なんですかとある時伺ったことがある。
子供の頃からぼんやり雲を眺めていたからねと幸せそうな顔で笑っていた。
CGやVFXなどの視覚効果がもてはやされる時代になったが、無心に雲を描いていたあの職人さんの無邪気な顔がたまに脳裏をよぎることがある。
今日はこの辺で。