沈香も焚かず屁もひらず

沈香も焚かず屁もひらず

徒然なるままに日ぐらしPCにむかひて、
心にうつりゆくよしなしごとを、
そこはかとなく書きつくれば、
あやしうこそものぐるほしけれ

Amebaでブログを始めよう!

最近、特に気になるのが「消費税増税は悪」というレッテル貼りです。
私は2013年10月の消費税増税可否には積極的に賛成の論陣を張ってきましたし、

「税と社会保障の一体改革」は民主・自民・公明の三党合意に基づくものです。

むしろ、そんな建前を申し上げるのではなくて、

この国の将来を皆さんどのように考えているのかと言うことに非常に危機感を覚えます。


たぶん、こういう話をすることは、世の中の全員を敵に回すものであることは重々承知しています。

私は別に財務省の回し者でもありませんし、一人の日本国を憂う民間人にしかすぎません。

「景気の腰折れ感」が叫ばれるこの時期になぜそんな話をするのか?と思われる方も多いと思います。


その理由は、私は日本人が「ダチョウの平和」に甘んじているのが心配だからです。

この国の世論および国民にあまりにもひどい「消費増税=悪」論がはびこっていることに我慢がなりません。異端児の言葉としてとらえていただいても構いませんので、お付き合いいただきたいです。

_______________________________


ダチョウの平和。

この言葉は「集団的自衛権行使容認の閣議決定」前に盛んに叫ばれていた言葉です。

ダチョウは、天敵を見つけた時に、頭を地面に 埋め、 見なかったことにする。ということから、 いやな現実からは目を背けるという意味となります。

憲法9条信者を揶揄してダチョウの平和と、私も便利に使っていた言葉です。


私は、消費税増税を反対される方も「ダチョウの平和」だと思います。




_________________________________


ある評論家が言います。
「消費増税を行って経済が持ち直した国など歴史上ひとつしてない」と。
ひとつとしてないかは、私もあずかり知らぬところではございますが
私は
「人口の1/4が65歳を超えている『超超高齢社会』の国家は日本が歴史上はじめてです」と申し上げたい。

因みに国連では人口の7%を超えると『高齢化社会』、14%を超えると『高齢社会』、ここで『化』という文字が消えます。そして21%を超えると『超高齢社会』と定義されますが25%という数字は国連も想定しませんでした。但し、伸びは2050年には37%台で止まるだろうと推定されています。(国立社会保障・人口問題研究所)


私は妻が障碍者ですので現在、「介護保険制度の第二号被保険者該当」「障碍者総合支援法」以外にも「障碍者基礎年金制度」「医療費(医療保険)の減免」等、様々な社会保障制度の恩恵を受けています。簡単に言うとわたしの暮らしは国に支えてもらっています。ある意味、情けないやつであります。

健康な方は言います。「年寄りが病院でサロン化して税金が無駄じゃないか」
ある意味、当たっています。医療費の抑制のため、介護保険の抑制のため、国民は健康で生き続け、ピンピンコロリで死ななければいけません。それがある意味、理想です。


しかし、よく考えていただきたい。
社会保障は「未来への投資」です。人間は動物ですから生きていれば必ずどこかにガタがきます。現状、後期高齢者は4人に1人は介護保険の御厄介になっていらっしゃいます。

少なくとも、現代に生きる65歳以上の高齢者が単純に「生活が苦しくなるから」という理由で消費税増税に反対するのは「無責任」というしかないと私は思います。もっと将来に責任を感じるべきです。


安倍さんは8%増税を決断されたときに記者会見を開きました。
「世界に冠たる我が国の皆年金・皆保険制度、これを次世代にしっかりと引き渡してまいります。少子化対策、そして女性が輝くための対策は、我が国の未来のため、喫緊の課題です。待機児童の解消をしっかりと実行してまいります。そのための一体改革です。消費税で安定した財源を確保し、社会保障を維持・強化してまいります。

 消費税収は、社会保障にしか使いません。当然、歳出の無駄は不断に削減していきます。あわせて、国の信任を維持してまいります。海外や市場からの信頼が損なわれれば、日本経済と国民生活に深刻な影響が出ます。そのような事態を招くわけにはいきません。基礎的財政収支の赤字を2015年度に半減し、2020年度に黒字化するという目標に向けて、大きな一歩を踏み出します。」とおっしゃいました。

簡単に言うと「持続可能な社会保障の実現」を目指すために苦渋の決断を政治家としてしたのだ、ということを安倍さんはおっしゃっていました。
私には「100年後、200年後にこの国がしっかりと続いていくために現代に生きる人たちは少し我慢してくれ」と聞こえました。


どこかのオツムのねじまがった方が「財務省財務官が悪代官」だと言われるようなことででは決してなく、重大な結論は政治家の長である総理大臣が熟慮の末なさるものです。
経済評論家が数字を並べて「税収が増えないのは意味がありません」などと、世論をおありたてるようなものでもありません。本当にその方々の言うことが「正確に未来を予測」したものであれば、その方々が政治家をやればよろしい、ただそれだけです。
批判するだけなら、こんなラクな商売はありません。


そうした評論が傾聴に値すると納得されている国民は、要は「税金」が嫌いなだけです。かくいう私も、もちろん税金は大嫌いです。しかし、国家が維持していくために不可欠なのは税金だとこの国はきちんと教えてくれなかった、それこそが諸悪の根源です。


故三宅久之は、中曽根内閣当時、「大型間接税(現在の消費税)導入」に関しての政府税調の一員でした。ある時期、家の応接間には業界団体からきた「大型間接税導入反対」のハガキが積みあがっていきました。毎日数百通入ったポストはパンクしていました。同居していた私は恐怖でした。
その後、竹下登さんが消費税を決断した際に父は総理に直言しました。
「総理、わかっていますか?そんなことしたら内閣はつぶれますよ」
竹下さんはこう答えたそうです。
「天下国家のために政治家が決断して、それで潰れたのなら本望じゃありませんか」
父は「金権まみれの政治家」をある意味嫌っておりましたが「竹下さんはなかなか大人(たいじん)の風格がある政治家」と再評価しました。


この話は、簡単に言うと「消費税」を口にしただけで、政治生命が失われるということです。それだけ、この国の国民は「消費税」に理解を示す度量すらありません。一方、政治家は、国民の嫌いなことは放置プレイをしがちとなります。臭いものにはフタをして責任をとりたくないからです。
だから「ダメ」なのです。


政治家というのは「国家観」をもち、現代と未来の両方を見据えて、重大な結論を下す人のことをさします。無責任な評論家の意見に耳を傾けながらも、最終的に自分の責任においてジャッジを下すのが政治家です。「何がこの国とって最善なのか・・・・?」
____________________________________________________


冒頭のダチョウの平和のお話。


なぜ、そんな「強烈なたとえ」をしたかというと

この国のオサイフ事情に、国民はあまりにも無頓着なことを危惧しているからです。


直近のデータで国の借金は1039兆円ということです。税収が50兆円そこそこ、一般会計予算で歳出が95.9兆円、ただし個人金融資産も1600兆円あるという数字を家計にするとどういうことか?


ミヤケ家は 年収500万円そこそこのくせに、支出を1000万円して、そのくせ借金が1億円あるということです。しかし主の「ミヤケ氏」は、借金をすればなんとかなるさ、町内会のタンス預金は1.6億あるというのでなんとかなるかも。むしろ将来の若者が何とかしてくれるに違いない・・・自分はそのうちにくたばるから、あとは知らぬが存ぜぬ、ということです。


もちろん、消費税1%増税してもせいぜい2兆円程度ということですから、何の足しにもならないならば、増税はハンタイ!とおっしゃるのも人情だと思います。


しかし、それは「ダチョウの平和」です。


「国民の嫌なことを、言いにくいことを言う」ことが責任ある政治家だと私は信じています。

ミヤケ家の家計の事情を知った「若者」は、むしろその無責任ぶりを怒った方がいいと思います。

繰り返しになりますが、消費税増税を反対するお年寄りを私は無責任だと思います。

ツケは将来世代に必ずやってきます。そして「お金持ちのお年寄り」は逃げ切る前に次世代へ財産を継承していかないといけません、それは、お金を国内で消費するということです。




____________________________________


お話が冗長になりましたので結論です。

私は「消費税が悪」という風潮を国民が改めない限り、

財政破たんという最悪のシナリオがいつやってきてもおかしくないという現状を

直視しないといけない。それが現代に生きる我々の最低限の責任だと思います。


「消費税増税を破たん回避のためには決して嫌がらない!」・・・この時期に「こんなことを言うヤツ」がいなければ、国の借金は雪ダルマとなり、いつかは溶けてなくなります。別におどかしているわけはありません。冷静になって「危機」であることを自覚しようということです。


ダチョウの平和。

ダチョウは、砂の中に頭をうずめるのではなく、スタコラサッサと危機を回避するのが務めです。