先日の事。

 

会社の社員が在職中に亡くなった。

その亡くなった方は、私が今の部署の前にいた部署で一緒に仕事をしていた人。

 

そして、私が鬱になった遠因の一人でもある。

 

その人が亡くなった。家に一人でいた時に亡くなったらしい。病気だったという話は聞いたことないし事件性はないというから、脳か心臓疾患のどちらかだろう。あまりこういう事を聞いて回るのは苦手。これも聞くとはなしに耳に入ってきた話だ。

 

鬱になる遠因の事件後、この人とは表向きは普通に仕事をし、心の中では恨んでいた。鬱になって以降もずっとだ。

 

亡くなったと聞いた時「なんで!?」と思った。理解が追い付かなかった。そしてクズ人間の私の事である。心の中で「ざまあみろ!」と思う・・・事はなかった。不思議だった。なぜか虚しさだけが心に残った。

 

程度にもよると思うし人にもよるだろう。死んでほしいと思うぐらい人を憎く思う事もあるだろう。それは否定しない。言動に移らないなら、心の中に留めておくなら何を思っても自由だ。

 

しかし、いざ自分が憎いと思っていた人が思いがけず亡くなると、その人に対しての「怒り」「悔しさ」「恨み」などの感情は、とても虚しいものであったと気付いた。それに囚われている時間、感情そのもの。何の意味もない。ただひたすらに虚しかった。

 

いったいこれまでの時間、自分は何をしていたんだろう。とても無駄な時間を過ごしてきてしまったのではないだろうか。

 

虚しい。こんな感情を持つとは思ってもいなかった。