【讃岐秘話】細川京兆家重臣 長塩家と讃岐黒羽 永峰家の関係: 直系子孫が書いた家系図から読み解く
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今回は、讃岐黒羽の永峰家の子孫の方が書かれた永峰家 家系図から摂津守護代 長塩家と永峰家の関係性を考察します。
この家系図は、平成16年(2004年)に東かがわ市文化財保護協会から発行された『郷土東かがわ 第71号』の永峰雄吉氏に関する記事執筆に際して子孫の方から寄贈された家系図です。
目次
- 『郷土東かがわ市 第71号』(東かがわ市文化財保護協会 発行)
- 讃岐黒羽 永峰家子孫の方が寄贈された永峰家家系図
- 『全讃史』の記述
- 1467年8月に永塩因幡守氏継が創建した黒羽神社
- 『増補 三代物語』の記述
- 細川勝元の領地、丹波国、摂津国、阿波国、讃岐国
- 京都御所北側にある相国寺
- 角川日本地名大辞典の記述
- 『引田町史』の記述
- 応仁元年(1467年)10月3日、京都御所北側の相国寺にて安富元綱らと共に討ち死にした。
『郷土東かがわ市 第71号』(東かがわ市文化財保護協会 発行)


下記の※2に本『郷土東かがわ 第71号』(東かがわ市文化財保護協会発行)に讃岐黒羽の永峰家の子孫 住友倉庫の専務だった永峰千年氏が「永峰家家系図」を寄贈されたことが記載されている。

讃岐黒羽 永峰家子孫の方が寄贈された永峰家家系図


この家系図の冒頭部分には、永塩因幡守氏継が先祖として書かれています。
讃岐国 黒羽城主
永塩因幡守氏継(ながしお・いなばのかみ・うじつぐ)
↓
永峰
讃岐黒羽 永峰家の子孫 永峰千年氏の手書きにより冒頭部分に以下のように書かれています。
『応仁の乱に際し、讃岐の守護・細川勝元に属し、山名持豊軍と戦うため1467年(応仁元年)10月3日京都へ出陣。
1472年(文明4年)5月〜10月の相国寺の役で戦死。
1477年(文明9年)11月一族郎党は帰郷。 以後 永峰 と改姓した。
当時 武士を捨てる時は姓を改める習慣があった。』
讃岐の歴史書である『全讃史』や『三代物語』における黒羽城、永塩因幡守氏継の記述には下記のように書かれています。
『全讃史』の記述

黒羽城:
永塩因幡守氏継、之(黒羽城)に居る。応仁元年(1467年)、細川勝元に従い、洛陽の相国寺に戦死せり。

1467年8月に永塩因幡守氏継が創建した黒羽神社
最期を悟ってか、戦勝を祈願して妙見を祀った。上杉謙信をはじめとして戦国武将は妙見信仰を持つ武将が多かった。

『増補 三代物語』の記述
黒羽城跡:
永塩因幡守氏継の居城、細川勝元に属し、応仁元年(1467年)十月三日、安富元綱と同じく、洛陽相国寺合戦に戦死す。

細川勝元の領地、丹波国、摂津国、阿波国、讃岐国

京都御所北側にある相国寺

角川日本地名大辞典の記述
続き
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プロフィール
森 啓成(Yoshinari Mori)
語学をキャリアと収益に変えたい個人とインバウンドで成果を出したい企業を支える専門家
Bizconsul Office 代表
全国通訳案内士(英語・中国語)
海外ビジネスコンサルタント / ビジネス英語講師
米国大学経営学部マーケティング専攻。大手エレクトロニクス企業での海外営業職(北京オフィス所長歴任)や、香港・中国での外資系商社副社長・顧問を歴任し、計16年以上の海外滞在(米国、シンガポール、中国)を経験。
現在は、瀬戸内の海上交通や物流を数世紀にわたり支えてきた一族(阿波水軍・摂津守護代長塩氏・碁浦御番所役人八田家)の末裔としてのルーツを背景に、自身のビジネスバックグラウンドと高度な語学・ツーリズムスキルを融合させ、地方自治体や観光事業者のインバウンド人材育成、個人のキャリア支援を行う専門家として活動。観光庁インバウンド研修認定講師。
【保有資格・実績】
語学:
全国通訳案内士(英語・中国語)、英検1級、TOEIC L&R 965点(リスニング満点)、国連英検A級、香川せとうち地域通訳案内士(中国語)、HSK6級、他
ツーリズム:
総合旅行業務取扱管理者、国内旅行業務取扱管理者、国内旅程管理主任者、せとうち島旅ガイド、他
現場実務:
瀬戸内アートエリア(直島・豊島など)を中心に、海外の経営者や超富裕層VIP(メディア・ビジネス一線級のVIP)のプライベートアテンドを多数担当。瀬戸内国際芸術祭2019公式ガイド。

