決して金持ちの人をねたんだりとかそういう意図で書くわけではないことを
冒頭でお断わりさせて頂きます。
さて、貧乏ってつらいんですけど楽しいんですよね
というのも
以前、「慣れ」について簡単に触れましたが
まず、「楽しい貧乏に慣れている」状況ってどういうものをさすのか
というのをお話させていただきます。
助けを求めるのではなく、知識を求める
まさにこの一言に集約されているのだと思うんですけど
ないものからちょうだいって言うのはすごく簡単で
嫌がられてしまうケースが多いとおもうんですけど
ある程度自分で頑張ってやってみて、最大限の努力をしたあとに
「ここがどうしても足りなんだ、だからそこを良かったら教えてほしいです。」
なんてことを言うと、いやな顔する人なんて一人もいないんですよね。
ぼくの尊敬する父と同じくらいの年のおじさんに
「わからないという言葉は使うんじゃない、わからないことだったら
確認します!調べてみます!って言うんだぞ」
って20代に教わったことがありました。
そういうんですけど、そのおじさんは
僕が何か勉強し始めると、そっと周りに教材やヒントを
置いてくれるんです。
聞けばとある上場会社で技術者、指導者としての経験が豊富で
第一線で活躍していた過去があったわけです。
いかにそのおじさんがすばらしい上司だったか想像がつきますね。
少し話が脱線してしまいましたが、
要するに
意地を張って自分ひとりで全部がんばるわけでもなく
わからないからって全部人に頼ってしまうわけでもなく
周りの人と協力して課題や問題をクリア、解決していくってことなんですね。
貧乏だと何か行動を起こすときに
人の力をどうしても借りる場面がでてきて
そのたびに自分なりに深めた知識を持って
たずねたり周りに呼びかけてみたりするわけです。
時としてそれはとんでもない奇跡につながる場合だってあります。
※ブログ記事について
僕は障害の影響でときどき気持ちが盛り上がってしまい
言い過ぎてしまうことが少なくありません。
前回の記事でもそういう兆候がありました
しかし、それはこれからは消さずに落ち着いたときの自分が確認して
これも自分の意見のひとつなんだと昇華していきたいと思っています。