経験
前の記事にコメント、メッセージくれたみなさん、
本当にありがとうございました。
すっごく救われました。
手術が終わって3週間過ぎて、
やっと出血も止まって、術後の経過も問題なし。
ちょっとホッとしました。
やっとシャワーのみから湯船に浸かれる。。。
身体もココロも漸く普通に戻ってきて、
気持ちの整理もついてきました。
以下、生々しい内容あります。あと長いです。
あの日、いつもどおり妊婦検診に行って
内診してもらってる時、ちょっと時間長いな、って思ってたら
先生たちがボソボソ何か話してて・・・
いつも身に着けてるお守りをギュって握り締めて祈っていました。
内診終わると先生が言いづらそうに、
「今回は残念ながら・・・」って。
出血があるとかおなかが痛いとか、
そういう自覚症状が全くなかったから、わけがわからずでした。
診断の理由を説明されて、すぐに手術の話に。
でも突然言われたから戸惑っちゃった。
というか、あんまり先生の話も頭に入ってなかったような。
夕方、家に帰ってきて、
何となくテレビつけたらニュースやってた。
座った横には、「初めてのたまごクラブ」の雑誌。
妊娠がわかって、ダンナさんがすぐに買ってきてくれたもの。
恥ずかしかった~って嬉しそうに。
6時になったから、「あ、野球・・・」とチャンネルを替えて。
このあたり、もう本能だなぁ。
でも試合見てるような見てないような。
ドラゴンズの選手がヒット打ったりしたら「お~」と拍手して。
これもまた本能だなぁ。
ダンナさんは仕事早く切り上げて帰ってきてくれた。
病院でのことを話して。
二人で野球の試合、見てた。もうこのあたりの記憶があんまりないです。
私は泣くまいと、顔を見られないようにしてたんだけど、
ダンナさんに引っ張られて肩に顔を埋めるような格好になって。
そしたらぶわぁ~って涙が出ました。
この日初めて泣きました。
いい加減泣いたあと、ごはん食べました。
インスタントの焼きそば。私の大好物。
ずっと食事の内容とか気をつけていて、インスタント物は食べないようにしてたんだけど。
結局その日はドラゴンズ負けちゃった。
次の日仕事に行って、店長に事情を話して、
2週間お休みをもらいました。
接客業で、時々力仕事もあるから、早めに職場には話していました。
せっかくみんな喜んでくれていたのに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
人生初めての手術、入院。不安でした。
母が仕事を休んで付き添ってくれました。
午後から入院で、早めの朝ごはんの後は絶食、絶飲。
何も飲めないのが結構辛かったかも。(飲むなって言われるとノドが渇いちゃう)
すぐに病室へ案内されて、パジャマに着替えました。
主治医の先生から処置の詳しい内容を説明されて。
他にも手続きやら、いろいろ。
暫く母とテレビ見ながらしゃべってたら、看護師さんに呼ばれて、処置室へ。
入った瞬間、いかにも手術室、って感じでいろんな機械とかいっぱいあって
正直逃げようかと思いました。
パジャマのポケットには、こっそり大島くんのリストバンドを入れてました。
処置台にあがって、いろいろ機械つけられて、静脈から全身麻酔。
酸素マスクもつけられて、もう逃げられない。
先生が処置室に入ってきたくらいから、ノドが何だか痛くなってくるような、ジワジワ熱くて、
そしたら目の前が(目は閉じていたけど)ぐわ~って真っ白になってきて、
意識が朦朧としてきた。それが結構しんどかった。
手術が始まった時はもう意識がなかったけど、
途中から少しずつはっきりしてきて。
夢なのか現実なのか、その狭間にいるような感覚。
異次元にいるみたいだった。
痛い感覚があって、一瞬看護師さんに身体を押さえられたような気がしました。
「もう終わりますよー」って声がどこからか聞こえて。
目が覚めても身体が自分の身体じゃないような。
ベッドに寝かされたまま病室に戻りました。
それからどれくらい時間が経ったのかわからないけど、
隣に母が座っていてくれてるのがわかって、
思わず「・・・おかあさぁん、いる?」って聞いてた。
「いるよ。まだ寝とりゃあ」って。
その後しばらくして、看護師さんが出血量の確認をしにきて
結構出血してたみたいだけど、異常なしの範囲だったみたいでよかった。
でも私は麻酔がなかなか抜けなくて、ずーっと気持ち悪くて起き上がれなくて。
病院の食事どころか水分もとれなかった。
母がテレビのナイターつけてくれて、何とか音声だけ聞いてて
でもドラゴンズのチャンスになると必死で身体を動かしてテレビ見ようとしてました。
本能・・・。
やっとちょっとずつ水が飲めるようになってきて、
看護師さんに支えられて、トイレに。
売店で買ってきてもらったプリンをちびちび食べて、一人で動けるようになった。
もうこの時には病院の面会時間もとっくに過ぎてた。
母は、就寝時間過ぎて私が寝る時までずっと一緒にいてくれました。
帰ったあと入れ替わりで、ダンナさんが仕事の後に寄ってくれました。
手術終わったらメールするって言ったのに、麻酔で動けなくてできなかったから
心配かけちゃった。
産婦人科の病棟だし、病室の外からは赤ちゃんの産声が何度も何度も聞こえてきました。
夜中はますます声が響く。
おなかもズキズキしてたし、なかなか寝付けなくて。
朝も早くに目が覚めちゃって、時間が長く感じました。
朝ごはんを食べて、ほぼ24時間ぶりの食事。
おいしく食べられただけで幸せでした。
朝いちの診察でも異常なかったから少し安心。退院の許可が出ました。
病室に戻ったら母がもう来てくれてました。
退院の手続きとかいろいろして、術後の生活の説明などなど受けて、
お昼前には退院できました。
そのまま母と実家に一緒に帰って、お昼ご飯も晩ご飯も作ってくれました。
しばらくは安静にって指示だったから、すぐ横になれるように布団も敷いてくれて。
母はずっと、普段どおりというか。
それが逆にすごく安心できて。
流産だったって話した時も、私の身体のことをすごく心配してくれました。
今まで大きな怪我も病気もしたことなかったから、
私が手術中の時とか、待ってる間どんな気持ちでいたのかなぁって
そういうこと考えるだけで涙が出てきます。
夜にはダンナさんが迎えにきてくれました。
それから1週間くらい、ダンナさんは早く帰ってきてくれて、ご飯作ってくれたり、
洗濯も手伝ってくれたり・・・。
感謝してるとかそんな言葉で表せないくらい。
せめて早く元気になるように、笑っていられるようにと思っていました。
辛いのは私だけじゃない。
でもいつも明るく振舞ってくれて、私の気晴らししてくれたり。
食欲が出てきて、外食して何を食べようか私が迷っていた時、
ダンナさんはちょっと目頭を熱くしてたみたいで、
「食欲が出たことが嬉しい」って。
でもその気持ちすごくわかる。
ありがとう。
だけど術後数日は、外に出るのがイヤというか、
人と会うのが億劫というか、人とコミュニケーション取るのがイヤで。。。
仕事に復帰するのが不安でした。
お店には家族連れや、小さい子供さんたち、妊婦さん、いっぱい来ます。
そういう光景を見ながら自分を保っていられるかなぁって。
でも、小さい子の笑った顔とか見て、自然に笑い返してる自分がいて、
正直すごくホッとしました。
術後の検診で何度か病院に行った時。
待合室はほとんど妊婦さんだし、みんな嬉しそう。
超音波の写真見ながら幸せそうに笑ってる人が印象的だった。
みんな無事に産まれるといいな。
って思えた。
でも、ちょっとそれが切なかったりして。
複雑な気持ち。
決してみんな、当たり前のように産まれてきたわけじゃなくて、
この世に産まれてくることは、奇跡のようなことなんだなぁって。
大事なことって、何かを失って初めてわかるってよく言われるんだけど
本当にその通りだと思いました。
私にはあまりにもその何かが大き過ぎました。
どんなにどんなに小さくても、一つの命。
この2ヶ月の間に、本当にいろんなことがありました。
今はやっぱり悲しいけど、
妊娠がわかってからの約1ヶ月、楽しかった。幸せでした。
まだ次のことは全然考えられないです。
もしまた次も、、、って気持ちのが強くて。
だけどいろんなことを教えられました。
この経験を無駄にしたくないなって思ってます。
次のブログで最後の更新にしますね。





