転石苔を生ぜず☆彡 -8ページ目

転石苔を生ぜず☆彡

『音楽』のテーマが多いですが、「普段の日常」「何でもない1日」の中で《 ふと思うこと 》も書いています。元新聞記者志望で割と長文が多いですが、前向きに終わる様に心掛けています☆彡

 

田舎の長男

今どきの結婚したくない
条件NO.1でしょう

僕はそれである

しかも親戚で姓を継ぐ者として
唯一の男

今どきの話題じゃない事は
知っている

僕のおじいちゃんは
優しくて温厚

でも長男後取りに関してだけは
異常なまでの執着を見せた

保育園で行った遠足のルートを
思い出しながら
行方不明になった
4、5歳の頃

おじいちゃんは狼狽した

少し帰りが遅くなった
小学生時代

捜索願いを出された

由緒正しい家じゃない

父親が病気がちで
孫にかける想いは
余計に強かったのかもしれない

普段おじいちゃん
おばあちゃんっ子

大好きだった

でも

正直うっとおしかった

解放されたかった

父親の入院が多く
母親も不在が続き

おじいちゃんの跡取りへの思いは
更に拍車が掛かる中

大学は家を出て下宿して
就職も全国転勤で
家なんか出てやる

そうずっと心に決めていた

大阪の大学に推薦で受かって
下宿するって決めていたのに

神戸の大学を受験してほしいと懇願され
最終的には根負けして受けた大学

どうせ実力以上
落ちるに決まってる

結果は「合格」

まあ行かへんから
いいやって

その当時電話で
受験番号をプッシュしたら

録音で合否が聴ける
サービスがあって

試しに聞かせたら
録音の女性の声に

「ありがとうございます
これで〇〇は家を離れずに済みます
本当にありがとうございます。」

と電話越しに頭を下げて
泣いていた

・・・・・・

結局、神戸の大学に
家から通った

「就職も地元でして
  家を守ってくれよ」

また始まった
就職は絶対家を出る

「早く自立したい」
心に決めていた

その大学1年目に

おじいちゃんは
亡くなった…

急変もあって
死に目には会えなかった

母親に
〇〇を生んでくれて
ありがとう

と涙を流していたそうだ

将来は新聞記者に
なりたかった

第一志望の産経新聞
最後まで残ったけどダメだった

他の新聞社も受けていたし
民間も何社か通った

大手もあった

でも

最終的に選んだのは
地元企業

結局おじいちゃんの言う事には
逆らえなかった

今はおじいちゃんの家の後を
やりかえて住んでいる

父親は何度も手術をした

実家の横に住んでいるお蔭で
幼少期の子育ては楽だった

おじいちゃんが無くなって
16年目のお盆

おじいちゃんが昨日帰ってきてるのか

ふとそんなことを
思った今日です

今は心から感謝しています

田舎の長男と
おじいちゃんの愛情に


2年前のブログに加筆しましたm(_ _)m