常磐高速の下をくぐって矢田部に抜ける道の左に、藁葺きの小さな「五角堂」がある。江戸時代、この地の名主「飯塚伊賀七」の家があった所で、今も子孫がここに住んでいる。
彼は「からくり伊賀七」と呼ばれた発明家で、五角堂は彼自身の作。周りの農民のために敷地内に時計台も作り、鐘・太鼓により自動で時刻を知らせたという。120年の時を経た昭和30年、この五角堂の梁の上から当時の時計の部品が一部発見され、昭和60年つくば万博のときに原寸大の和時計が復元された。この木製の巨大な時計、今は矢田部郷土資料館に、彼の発明した自動脱穀機の模型などとともに展示されている。
彼はまた、家の向かいにあった酒屋に酒を買いに行く自動人形も作ったという。道を歩いたロボットとしては技術史上初の快挙だったのかも。
次いで近くの道林寺を訪ね、住職に事の次第を説明して、一緒に彼の墓を探す。住職も初耳という。古い墓を一つずつ巡ってとうとう探り当てた。壬午院規矩誉丙甲器表居士という科学者らしい彼の戒名を確認して、今回の一連の探訪を終了。
写真説明: ①飯塚伊賀七の五角堂 ②木製和時計(複製品)
③自動脱穀機(模型) ④道林寺の伊賀七の墓